メールを用いた指導やアドバイスがパワハラに認定されるケースも……(写真:taa/PIXTA)

今年6月から、パワーハラスメント(パワハラ)防止対策が大企業に義務付けられていることを知っている人はどれだけいるだろうか。この通称「パワハラ防止法」に呼応するかのように、コロナ禍でのテレワーク導入を背景とした、従来にはなかった新種のパワハラが増えている。

加害者として告発される管理職は、無自覚で行為に及んでいる場合も少なくない。管理職は突然訴えられることがないよう、日々のマネジメント業務を遂行しながら、どのような点に気をつければいいのか。取材事例を通して考えたい。

メール指導が「無自覚パワハラ」に拍車

「異動してきて間もない若手のことを気遣って、手取り足取り指導してきたのに……。それがパワハラだなんて、まったく納得いきません。恩を仇で返されたようなもんですよ」

20歳代後半の男性部下からパワハラを受けたとして訴えられた、大手メーカー勤務の佐々木誠さん(仮名、44)は、無念さをにじませながらこう心境を語った。

営業部次長だった佐々木さんは、かつて上司から「仕事が取れないなら、辞めてしまえ」などと厳しく鍛えられて成長できたと考えている。だが、昔ながらの‟鬼上司”が、本人いわく「打たれ弱い」若い世代に通用するとは思っていなかった。パワハラには、注意を払っていたつもりだったという。足をすくわれたのは、コロナ禍の緊急事態宣言に伴う外出自粛で在宅勤務となっている最中、メールを用いてたびたび行ったある指導だった。

「期待しているのだから、もっと頑張るように」「この間紹介した〇〇社の〇〇さん、会えなくても頻繁に連絡して懐に入るんだ」──。勤務時間外の夜や週末にもメールを送り、長時間労働を強いる結果となった。これがパワハラと認定され、譴責(けんせき)の懲戒処分を受ける。しばらく後、部下のいない総務部の専任部次長に。実質的な降格人事だった。

「メールで指導していると、部下はこうあるべきという思いがエスカレートして歯止めが利かず、感情をぶつけてしまっていた」

テレワークが招いた惨劇を悔やむ。

6月に大企業を対象に施行された(中小企業は2022年4月施行)改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)では、パワハラとは職場において「優越的な関係を背景とした言動」で、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、「労働者の就業環境が害される」ことと定義づけされている。

だが、業務命令など「業務上必要かつ相当な範囲」と、それを超えたパワハラとの境界線は曖昧でグレーゾーンは広い。その一方で、「優越的な関係」を背景にした行為であることは明確なため、管理職にとっては厄介だ。

パワハラは年々増加の一途をたどり、都道府県労働局などに寄せられた個別労働紛争相談のうち、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、2019年度は8万7570件と8年連続トップ。2009年度(3万5759件)に比べ2.4倍に増えている。

認識せずに行為に及ぶ‟無自覚パワハラ”も、相当数含まれていると考えられる。‟無自覚パワハラ”は、相手の気持ちを読み取りにくく、体面では抑えていた感情を表に出してしまいがちなメールなどICT(情報通信技術)を活用したテレワークが、拍車をかけているといえるだろう。

テレワーク下の働き方改革の誤算

働き方改革がパワハラを招くケースもある。業務効率化など仕事量を減らす対策をとらず、上司が部下に「残業するな」と強いるのはいわゆる‟ジタハラ”(時短ハラスメント)として、管理職にもある程度の認識はあるだろう。これがコロナ禍では、業務の効率化が期待されるICT活用により、逆に仕事を抱え込ませるという誤算も生じている。

中小の食品卸業で営業部長を務めていた森健太郎さん(仮名、51)は、コロナ前から出先や移動中にパソコンなどを使って業務を行うモバイルワークを積極導入し、「残業ゼロ」を目指した業務効率化を進めてきた。

ところがコロナ禍の在宅勤務で、部内のコミュニケーションと情報共有が滞り、事業仕分けでなくしたはずの業務に取り掛かる部員や、ほかの部員がすでに着手しているとは知らず同じ業務を複数の部員で行うなど現場が混乱。当然、部員たちの労働時間はみるみるうちに増えていった。

森さんが気づいたときには、大量の仕事を抱え込んだ30歳代前半の男性が「うつ病」の診断書を提出して休職。1カ月半後、職場復帰の直前、この部下からパワハラ告発を受けた。

「働き方改革は、メールやオンライン会議では伝わりにくい微妙なニュアンスを対面でのコミュニケーションでカバーしてこそ、うまくいくことを思い知らされました」

パワハラとは認められなかったものの、マネジメント力不足と部下のうつ病による休職が問題視され、顛末書を書かされた。「近いうちに左遷されるでしょう。働き方改革を率先してきた自分がこんなことになって、まだ現実を受け止めらない」と森さんは沈痛な面持ちで語った。

女性の管理職登用を推進する過程で、いつしかパワハラ行為に陥っていたケースもある。

中堅建設会社で施工管理部長を務める加藤昌彦さん(仮名、48)は、手厚い指導で能力を身につけさせ、2年前に社内で初めてとなる女性の現場監督(施工管理者)を誕生させた。20歳代後半の女性現場監督との関係に亀裂が生じ始めたのは、コロナ禍でソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保が求められ、以前のように現場には出向かず、メールで指示するようになったときだった。彼女はその半年前に結婚していた。

女性現場監督からパワハラで訴えられたのは、その1カ月後のこと。

「せっかく現場監督にしてやったんだから、しばらくは出産を控えて仕事に専念してくれよ」──。このメール文がパワハラ認定の根拠となった。「出産を機に、責任のある仕事に就くことを拒む女性を見てきたので、そうならないためのアドバイスだった」と、加藤さんは釈明する。

パワハラと認定され、1週間の出勤停止の懲戒処分を受ける。女性部下は告発直後から欠勤が続き、2週間後、退職願を郵送で提出してきた。

「実は彼女から相談を持ちかけられ面談する予定でしたが、コロナ禍に見舞われて実現しなかった。面と向かって話していたら、状況は変わったかもしれません。辞職に追い込み、無念です」

やるせない心情を明かす。

マニュアルでは対応できない今後のパワハラ防止策

パワハラは被害者の精神と肉体を蝕み、辞職、さらには自殺をも招きかねない。加害者側にもキャリアに大きな傷がつく。非常に深刻な問題だ。一方で、メディア報道やSNSの影響もあり、情報の受け手が十分に理解する前に知ったつもりになり、「パワハラ」というキャッチーな言葉も相まって、本来の深刻な意味を離れ、独り歩きしている感も否めない。

管理職はパワハラ防止に最大限の努力をしなければ、容易に「加害者」になってしまう可能性がある。だからといって、告発を恐れるあまり、部下への指導などができなくなっては元も子もない。管理職はまず、自身の価値観を部下に押し付けないこと。仕事に対する考え方の違いを認識し、それを前提に指導にあたる必要がある。

上司世代は競争心が強く、上司の言うことにたとえ異論があっても従ってきた人が多いだろう。一方、部下の若手世代は競争よりも協調、仕事よりも私生活を重視する人が少なくない。


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テレワークは、コロナ禍の一過性のものではない。近い将来、育児、介護に取り組み、またリカレント教育(社会人の学び直し)を受けながら、多様な働き方を実践するために必須となるだろう。対面でコミュニケーションを取らないことによるリスクを踏まえ、ICTをうまく使いこなさない限り、今後も想定外のパワハラは増えていくと考えられる。

パワハラ防止は、単にマニュアルを頭に叩き込めばよいというものではない。新型コロナウイルス感染症がいつ収束するのか不透明な中、管理職にはあらゆる職場環境を想定し、対策を実践できる柔軟性と発想力が求められている。