トーランス市内にあるレストラン「Matsui」。7月13日に投石の被害に遭い、ガラス2枚が割られた(筆者撮影)

カリフォルニア州トーランス市。人口の4割がアジア系住民のこの市には、ホンダのアメリカ本社や、多数の日本食レストランがあり、日本人や日系人にとっては、全米で最も住みやすい場所の1つだ。その市内にある日系レストラン「Matsui」が7月13日、何者かによって投石され、店のガラスが2枚割られるという被害を受けた。

そして翌14日、その投石をした張本人が、道端で、同店の日本人マネージャーに向かって「おまえはアジア人か!?」と叫びながら、ナイフを手にして迫ってくる傷害未遂事件を起こし、警察に逮捕された。ヘイトクライム被害に遭った同店の日本人マネージャーに直接取材をすると、彼は匿名を条件に、事件の一部始終を語ってくれた。

右手にナイフを持った男が…

「道端で、男が『おまえはアジア人か?』と大声で叫びながら、いきなりどんどん迫ってきたんです。相手が数メートルの距離まで近づいて来たとき、初めて、彼が右手にナイフを握っているのに気づきました」。「Matsui」のマネージャーのAさん(仮名)はそう語る。「思わずダッシュで後ろ向きに走って逃げました。ナイフの刃先は10センチほどで、一足飛びで来られたら、確実にやられてしまう距離でした」。

このショッキングな事件の発端は、13日に起きた「Matsui」店舗への投石事件だった。Aさんは当日をこう振り返る。「朝の10時30分ごろ、アラーム会社から、店のガラスが割られたという連絡が私の携帯に来たんです。普通、ガラスが割られたら、犯人が店内に入ってレジを荒らすじゃないですか。でも、その形跡はなかったんです」。

投石によってガラスが割られた時刻は、まだ開店前で、店長を含むスタッフは誰も出社しておらず、店内は完全に無人だった。だが、そのとき、たまたま、店の前の駐車スペースに、野菜を届けに来た配達人が、車に乗車したまま、同店のスタッフが出社するのを待っていた。

犯人は、その配達人の車と、同店の斜め前のダイソーの店舗に向かっても石を投げ、さらに同じモール内の台湾系の飲食店にも投石して、去っていったという。その際に、犯人は「日本人が911のテロを引き起こした」と叫んでいたという報道もあった。

その日のうちにトーランス市警察が店内の鑑識作業を行い、Aさんはその現場に立ち会った。

「投げ込まれた石を見ると、溶岩みたいにゴツゴツしていて、工事現場や採石場にあるような大きな石でした」とAさん。道端に偶然落ちているような形状の石ではなく、あくまで投石する目的で、犯人が複数の石を運んできたのではないか、と語る。

さらにAさんは、すぐに店の防犯カメラに映っていた犯人の映像をじっくりチェックした。「黒い細身のジーンズを穿き、赤いタンクトップを着て、黒いバックパックを背負った背の高い人物が映っていました」。トーランス市警にこの映像を証拠として提出するため、Aさんは何度もビデオを見直し、映像の切り出し作業を自ら行った。

ガラスの修理代は2000ドル以上

割られた2枚のガラスの修理代は2000ドル以上かかった。コロナ感染防止のため、店内営業が禁止となり、テイクアウトのみの営業で、売り上げが減っている同店にとって、この修理費は、泣きっ面に蜂とも言える負担だった。


「 Matsui 」レストランと同じモール内にある台湾系のベーカリー85℃。この店のガラスも投石によって割られた(筆者撮影)

翌日、Aさんが同店の近くのカーソン通りを車で走っていると、昨日の防犯カメラに映っていたのとまったく同じ服装をした背の高い男が、自転車を押して歩道を歩いていた。「九分九厘、こいつが犯人だと思いました。前日に穴が開くほど見たビデオ映像と、まったく同じそのままの格好でしたから」。

警察に通報するため、Aさんは近くのショッピングセンターの駐車場に車を停め、車の外に出た。歩いている男を見失わないように注意しながら、携帯にすでに登録してあるトーランス市警の電話番号をプッシュした。緊急通報の911ではなく、警察のオフィス番号だ。

「昨日の投石事件の容疑者らしい人間を見かけたのでリポートしたい」と伝えた。だが、Aさんが男を目撃したその場所は、トーランス市警の管轄ではなく、ロサンゼルス郡保安警察のカーソン市支部の管轄であることを告げられ、カーソン保安警察の電話番号にかけ直すように言われた。

「教えられたカーソン保安警察の電話番号にかけると、英語で通話の方は1番、スペイン語で通話の方は2番という案内が流れて、番号を間違えないようにプッシュするのに、手元の携帯を見て集中する必要がありました。その間、相手からちょっと目を離したんです」とAさん。

その数分の間に、男がAさんの存在に気づき、Aさんを凝視した。「あ、目があっちゃったなと思いました」。すると男は突然、「おまえはアジア人か?」と大声で叫び、Aさんの方向に近づいてきた。

ちなみに、男は、Aさんが「Matsui」のマネージャーであることは知らず、警察に電話をかけていたことも知らない。また、このとき、Aさんはサングラスをかけ、マスクをしていたため、男にはAさんの人種が判別できないようだった。

男は「アジア人か?!サングラスをはずせ、目を見せろ!」と大声で叫びながら近づいてきた。「アジア人かと聞かれて『アジア人じゃない』と言うのも抵抗があったんですが、彼を見た瞬間、これはまともに話が通じるような相手じゃないと感じたので、『違う、アジア人じゃない』と答えたんです」とAさんは言う。

男はぶつぶつと何かを叫びながら再度「おまえはアジア人か?」と叫び、接近してきた。約4メートルの距離まで男が近づいてきたとき、Aさんは、男の右手に刃渡り10センチはあるナイフが握られているのに気づいた。
「ものすごく怖かったです。やられると思い、全力疾走で、後ろ向きのまま走って逃げました。『あいつ、ナイフ持ってるぞ!』と叫びながら」

ショッピングセンター内の店の近くまで必死で逃げた。すると、男はそれ以上追いかけてくるのをやめ、別の方向に向かって歩き出した。

Aさんは、保留していた電話を慌てて切り、迷わず911の番号をプッシュした。3〜4分ほどで、カーソン保安警察のパトカーが10台到着。警察官に事情を伝えると、付近で捜索が始まり、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)系列の病院付近にいた男が見つかった。

「パトカーの後部座席に座って、少し離れた所から、路上にいる男の姿を確認するように言われました。まるで警察ドラマみたいだな、と思いながら、犯人に間違いない、と伝えたんです」。凶器であるナイフも警察から実物を見せられて確認し、男はその場で逮捕された。

男の罪は?

ロサンゼルス郡検察の記録によると、男の名はアーロン・アンジェリーズ、年齢は36歳だ。アジア人を狙ったヘイトクライムであることは明確なうえ、ナイフを使った傷害未遂のため、罪状は「Felony(重罪)」だ。

犯人は前日の「Matsui」への投石と破壊でも有罪に問われ、さらにメスアンフェタミンの違法薬物を所有していたことで、薬物所持の罪にも問われている。だが、裁判所によれば、この犯人には精神鑑定の必要があり、通常の裁判所ではなく、精神疾患などを抱える容疑者を対象とした「メンタルヘルス裁判所」で裁かれる可能性が大きいという。その鑑定結果によっては、犯人は刑務所ではなく、精神病院に収容される可能性が高い。現在は、地元裁判所の判断待ちだ。

筆者がカーソン保安警察に確認したところ、犯人の人種は「ヒスパニック」で登録されていた。「ただ、人種については、あくまで犯人本人の弁なので、本人がウソをついていたり、ミックスの人種である可能性もある」と警察は言う。

Aさんいわく、犯人はメキシコなどの中米系ではなく、どちらかというと南米系っぽいカーリーヘアの風貌で、背は180センチぐらい、英語はネイティブだったという。前日とまったく同じ服装をしていたことから「多分、ホームレスだと思う」とAさん。

アジア人かどうかを執拗に聞いてきた犯人に対し、もし「イエス」と答えたり、「アジア人で何が悪いんだ」と反撃していたら、さらに危険な状態に陥っていたかもしれない、とAさんは振り返る。「そういう意味では、正直に答える勇気がなくてよかったんだと思います。本当に怖かった」。

トーランス警察から「その場所はうちの管轄ではない。目撃した容疑者の写真を撮っておいて」と電話で伝えられたときは「心が折れそうになった」というAさんだが、気を取り直して、言われたとおり、カーソン警察の番号にかけ直しているところを、犯人に見られる結果となった。

「その時点では、そこまで危ないとは思っていなかったんです。もし石を投げられても届かない距離は取っていました。ただ、車から出て相手を確認してしまったことが、僕の勇み足でした。犯人をちゃんと見ていないと、歩いてどこかに行ってしまうと思い、外に出たんです」

アメリカに12年間住み、日系レストランの現地採用のマネージャーとして働いてきたAさん。もし、自分と同じ状況に置かれたら、おそらく誰でも同じ行動を取ったのではないかと言う。

被害にあった日本食店は今

「僕は経営者でも駐在員でもないのですが、現地採用のスタッフの1人としてそれなりに長く働いてきて、その自分の店が被害を受けたわけです。お金をかけてガラスを直し、コロナ禍で、いったいどこに当たっていいのかわからない中、せっかく犯人らしい人間を目撃したら、警察に連絡し、ちゃんと罰を受けてほしいと思うじゃないですか」

Aさんは、犯人はもしかしたら、コロナ禍でこの数カ月間で失業し、自分がこうなったのは日本人や中国人などアジア人のせいだ、コロナのせいだ、と逆恨みをしたのではないかと推測する。「どこでもいいからアジア系の店舗を狙い、たまたまうちの店がそのターゲットになっちゃったのではないかと。運が悪かったというか」。

店のガラスが破壊された事件と、Aさんの命が狙われた事件は、同一犯による2つの別々の犯罪だが、どちらも「アジア系」への憎悪が根底にあることには変わりない。

ヘイトクライムの被害はこれだけにとどまらず、「店内で誰かが刺されたんだって?」などという事実とまったく違う情報が流れてしまうことにAさんは心を痛めていた。「投石時、店内は無人でしたし、スタッフもお客さんも誰もおらず、誰も怪我などしていないんです。個人的な恨みがあってうちの店が狙われたわけでもありません」。

レストランである以上、顧客や住民たちに「トーランスの日本食店に行くのが怖い」と思われてしまうとしたら、そのこと自体が、ヘイトクライムの2次的な被害でもあるのだ。

メキシコ人店長がいま感じていること

事件後の昼時に「Matsui」を訪れると、ひっきりなしにテイクアウトの注文が入っており、店長のアルトゥロ・ラミレスさんが大忙しで笑顔で対応していた。「幸い、事件後も多くのお客さんが来店してくれ、私たちは1人じゃないんだ、と励まされています。今、店内での飲食はできないし、スタッフの数も減らさなければならなかったけれど、お客さんの数は安定していてほっとしています」と語る。


「Matsui 」店長のアルトゥロ・ラミレスさん。メキシコのオアハカ出身。同店で19年間勤務している(筆者撮影)

ラミレスさんはメキシコ出身で、2001年から実に19年間もこの「Matsui」で働いており、なじみ客の子どもたちが成長するのもずっと見守ってきた。自身の3人の子どもたちはメキシコ料理よりも日本食になじんでおり、今年は家族で初めて日本旅行するはずだったが、コロナで延期したという。

「レイシズムが原因の犯罪が起きたことはショックですが、犯人は精神的な問題があったと聞いています。私個人は、メキシコ人に日本食レストランの店長が務まるのか、とずっと昔に1度だけお客さんに言われたことがありましたが、日本人ボスたちが私を起用して、信頼し、店を任せてくれていることがすべてです。そして、それがカリフォルニアという土地なんです。人種にかかわらず、私たちは皆、お客さんのために、一生懸命仕事をして、喜んでもらいたいだけです」。

トーランス市長のパトリック・フェーリー氏は「この市の人口の約40%がアジア系で、市内では80カ国の言語が話されている」と言い、差別廃絶を目指すと宣言した。

Aさんは言う。「事件後、アジア人がほとんどいないような店は、避けるようになりました。今までは気にしないで買い物に行っていたドーナツ屋さんもやめておこう、とか。正直、そう思ってしまうのが、悔しいんです。アジア人だけと関わっていればラクで安全だと思ってしまうのも、ちょっと悲しいですしね」。

誰もが自分をマイノリティーだと感じながら、お互いを思いやって暮らせる街──。Aさんはトーランスをそう形容する。他国から移り住み、この街を自らのホームだと感じているAさんやラミレスさんは、今日も、作りたての寿司や天ぷらなどの日本料理を、コロナ禍の住民たちに提供し続けている。