リファイニング建築「ヴァロータ氷川台」外観(筆者撮影)

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「リファイニング建築」という手法を使うと築44年のマンションでも新築並みによみがえるという。三井不動産と青木茂建築工房が手掛けた完成事例の見学会に参加したのだが、知らされていなければ新築のマンションだと思うほどだ。しかし、before/afterの写真を見ると、確かに骨格は同じだ。どうやって再生するのだろう。

【今週の住活トピック】
リファイニング建築サロン&物件竣工見学会開催/三井不動産

「ヴァロータ氷川台」のリファイニング前の外観(画像提供:三井不動産)

リファイニング建築「ヴァロータ氷川台」外観(筆者撮影)

建て替えでも耐震改修でもない、「リファイニング建築」という選択肢

現行の耐震基準(1981年6月以降に適用)より前の旧耐震基準の建築物は、今後発生すると予測される巨大地震で倒壊のリスクがある。そのうえ、集合住宅であるマンションでは、各戸に水まわりの設備があり、給排水管が縦横に張り巡らされている。こうしたものの老朽化で、日々の生活に困難をきたすようになる。さらに、今の生活にはインターネット環境やセキュリティの強化など、時代に応じて必要とされる設備機器などもある。

こうした課題の解決のため、旧耐震基準のマンションは、「建て替え」をするか「耐震改修を含む大規模な改修工事」をするかになる。ところが、第3の選択肢があるという。それが「リファイニング建築」だ。リファイニング建築は、建築家の青木茂氏が提唱する、旧耐震基準の建物を解体することなく新築同等に再生することが可能な建築手法だ。

一般的な耐震改修工事では、マンションの外壁やバルコニー側にブレースと呼ばれる「四角の中にV字型」などの骨組みを追加する。見た目の外観も悪くなり、部屋からの視界を塞ぐことになるので居住者に不満が生じやすい。一方、リファイニング建築では、外観や眺望を損なわないような耐震補強をする。

加えて、現行の法規制に適合させる再生を行うことで、新たに建築確認の検査済証を再取得する。築年数の古い建築物では、建築当時の法規制に適合していても、法改正によって現行法規に適合しないことが多い(既存不適格という)。すべてを現行法規に適合するように再生して、建築確認を申請することで、増築が可能になってより柔軟な設計プランができるようになる。

具体的には、完成事例を見た方が分かりやすいだろう。

リファイニング建築で室内も新築同様に

冒頭のリファイニング建築の外観写真は、三井不動産が商品企画を手掛け、青木茂建築工房が建築的な再生をした「ヴァロータ氷川台」だ。スタイリッシュな新築のマンションという印象だが、室内の印象も全く違う。

「ヴァロータ氷川台」のリファイニング前後の内観(画像提供:三井不動産)

通常のリフォームでも間取りや内装の変更は可能だが、リフォームではできない変更がいくつかある。画像では分かりづらいが、元あったバルコニーの右半分側が室内の居住空間に変わっている。サッシも交換されているが、室内空間を広げたことで右側のサッシは天井までのハイサッシを入れることができ、開放的な室内空間になった。

外から見えないところでは、壁に耐震補強に加え、床や壁に断熱材を入れて断熱性能を引き上げ、隣戸との壁には遮音材を入れるなどして、住宅としての基本性能も引き上げた。

マンション全体のプランについても、屋外廊下を屋内廊下に変えて、エレベーターを増築した。また、エントランスの位置を変更して、元の駐車場の場所を居住空間として有効活用できるようにした。1階部分の平面図を見ると分かりやすいが、容積率に余裕があったことから、共用部の増築(黄緑色部分)や専有部の増築(水色部分)、ウッドデッキの新設(黒色部分)などを行っている。

1階平面図(画像提供:青木茂建築工房)

その結果、1階住戸には専用デッキが設けられ、外から直接扉を開けて、デッキを通って室内に入ることもできる動線を確保した。デッキからの玄関口にあたる部分は、フローリングではなくタイル張りにしている。さらに、床を下げたことで上階の天井高は2400mmのところ、1階は2700mm確保できるようになった。

1階住戸には出入りできる専用デッキが新設された(101号:筆者撮影)

また、エントランスの位置を変えたことで、元のエントランス部分は居室空間に変わった。その結果、広いウッドデッキとアイランドキッチンのある魅力的な住戸が誕生した。

元のエントランス部分は居室空間になった(102号:筆者撮影)

建築技術によって新築並みに生まれ変わったものの、検査済証を再取得するには多くの法規制に適合させる必要があった。まず、現行の日影規制に適合させるために、屋上の階段室の塔屋を撤去することで課題をクリアした。さらに、東京都の建築安全条例では、主要な出入口に一定の幅の通路を確保することが求められるという課題があった。この物件では通路幅を3m以上確保する必要があったが、通路幅は2.5mであったため、エントランスに庇(ひさし)を設けることでクリアした。

エントランスに庇を設けることで条例に適合させた(筆者撮影)

このようなさまざまな制約を工夫して解消しながら、新築並みのマンションとしてよみがえらせることができたわけだ。

分譲マンションでは管理組合の合意形成が高いハードルに

さて、「ヴァロータ氷川台」は19戸の賃貸マンション。三井不動産と青木茂建築工房が提携してリファイニングした物件の5事例目に当たる。5事例はいずれも、不動産オーナーが所有する賃貸マンションだ。実は、賃貸マンションでは、リファイニング建築を活用するメリットが大きいという。

まず、「建て替え」と比べると、建築費を約7割に抑えられ、工期を2年程度から10カ月程度に短縮できる。工事期間は賃借人を入れることができないので、無収入期間をかなり短くできるわけだ。それでいて、賃料は新築の場合の約9割と高めに設定できるので、投資額に対する回収期間も短くできる。耐震改修で耐震性を引き上げても、改修後の賃料を以前の額より上げることは難しいというので、新築の約9割まで上げられるリファイニング建築なら建て替えや耐震改修より賃貸経営上のメリットは大きいといえるだろう。

では、分譲マンションではどうなのだろう?
青木茂建築工房のこれまでのリファイニング建築の実績を聞くと、公共施設や学校、病院、旅館まで幅広く手掛けているが、分譲マンションの実績はわずか2事例だという。相談はあるものの、管理組合の合意形成に至らずに話が先に進まないことが多いのだそうだ。

青木茂氏によると、建築物のほとんどはリファイニング建築による再生が可能だという。構造となる躯体(くたい)そのものがよほど劣化して使用に耐えないなどの事情がない限りは、技術的には再生が可能だという。

建て替えが必要な老朽化した分譲マンションも、建築費を抑えられ、工期短縮によって仮住まい期間を短くできるリファイニング建築のメリットは大きいはずだが、区分所有者が高齢化するなどで建築費の捻出が高いハードルになってしまうのだろう。

SDGsに資するリファイニング建築の普及を目的に協会の設立も

さて、老朽化した建築物の大規模改修では建築費の融資を受ける場合が多いだろうが、これまでは金融機関ごとにそれぞれの事例を審査して融資条件を決めていたため、十分な返済期間が確保できないことが多かった。しかし、リファイニング建築のように新築並みの長期的な融資が一般的になれば、老朽化した建築物の再生も促進されることになる。

他方で、リファイニング建築は躯体の約8割を再利用するので、建て替えに比べると廃棄物もCO2の排出も少ない。持続可能な社会の実現のために、SDGsが注目されているが、SDGsにも貢献する仕組みとして、一層の活用が期待される。

こうした背景を受けて、リファイニング建築の普及促進を目的に「一般社団法人リファイニング建築・都市再生協会」の設立が予定されているという。筆者自身も、老朽化したマンションは建て替えざるを得ないと思っていた。第3の選択肢があることをもっと多くの人が知るようになれば、今後ますます増えていく老朽化マンションの手立てになるだろう。


(山本 久美子)