マクロン大統領

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 9月12日、フランスで新型コロナウイルスの新規感染者数が1万人を超え、過去最多数を更新しました。レッドゾーンと呼ばれる感染者の増加が著しい地域も37から42と増え、第二波を懸念したロックダウンが話題になっていましたが、ジャン・カステックス首相は決断を地方に任せるとし、引き続きソーシャル・ディスタンスを守ることなどが強調されています。

 そんなフランスでは、新型コロナの流行初期段階から感染者の少ない日本にメディアが注目しています。

 もとより親日的なイメージの強いフランスですが、新型コロナウイルスの感染予防のおかげで“日本化”現象が起き、さらに親日の印象が強まっているようです。

 最も分かり易いのはマスクでしょう。新型コロナが騒がれ始めた春の時点では、「私たちの文化にマスクはない」と言う人もいましたが、今はマスク着用が義務づけられ、違反すると罰金まで取られるようになり、日本よりもマスクの着用率が高い光景を目にします。

マクロン大統領

 またフランス政府は、国民に対し、感染予防のため手洗いや消毒などの衛生習慣を奨励していますが、日本人からしてみると、「どれも当たり前」なことです。

 感染者や死者数も少ない日本は、フランスのメディアに度々紹介され「日本型の生活がコロナを遠ざける、予防に効果的」などと紹介されています。

 私も周囲から「日本人はどんな生活をしているの?」、「私も(日本式の感染予防策を)実践しているわよ」と言われることが少なくありません。

大統領も合掌

「日本人は距離を置いて挨拶する」と多くのメディアで紹介されました。つまりフランスと違いハグや頬へのキス、握手をせずにお辞儀をする。これが接触を避けて感染予防になるというわけです。フランス政府は、国民に日本人のような挨拶をするよう呼び掛けているため、今は家族や親しい人とも肌を接触させずに挨拶するようになりました。私としては、少し寂しくもありますが…。

 実際、テレビで政治家がお辞儀をしたり、手を合わせて挨拶したりする光景をよく見かけるようになりました。

 合掌スタイルの挨拶は日本ではあまり見かけないと思いますが、フランス人の中には日本もしくは仏教と聞くと手を合わせて挨拶のジェスチャーをする人が一定数いるのです。

 とはいえ、アジアの他の国、例えば中国や韓国の衛生習慣なども紹介されているかというと、むしろ逆なのです。衛生習慣などに関してフランスが日本に抱くイメージは、明らかに特別なようです。

 例えば、「Le Parisien」というネットメディアでは、「日本は、中国と韓国に近いにもかかわらず、コロナの影響が最も少ない国の1つ」と紹介され、フランスは「中国と韓国から多くの観光客を受け入れたため、コロナに冒された最初の国の1つ」と紹介されています。

 さらに「日本人は自分自身や他人を守る文化があり、コロナ危機が起こる前から定期的にマスクを着用していた。またキスや握手をしない日本人の習慣も流行を抑える一因だと思われる」と述べています。

 コロナ禍の発端を作ったのは中国だ、と考えているフランス人は少なくありません。コロナ以前はフランスにも多くの中国人観光客が来ていましたが、「彼らがウイルスを持ち込んだ」と言う人さえいます。

 韓国はコロナ禍が始まり、PCR検査を積極的に導入し徹底したという点では話題になっていました。しかし、それ以上の衛生習慣や暮らし方に関する話題は聞かれません。

 それに対し、日本は、元々日本食や映画、漫画などの文化を通じて生活習慣が知られており、日本へ旅行するフランス人が多いということもあり、フランス人から「日本人は清潔」という印象を持たれています。

 パリでは、不動産を探していると、「日本人は部屋をきれいに使うから日本人に貸したい」という大家さんの話も耳にします。

 コロナに関する日本の話題はそれだけではありません。

「Kanpai!」という情報サイトは、日本人がコロナに感染しても死者が少ない理由は、「肥満が少ない」からだと紹介しています。

 2020年、3月から6月の間に日本の病院で治療を受けたコロナ患者の死亡率は7.5%だったのに対し、中国及びアングロサクソン諸国では20〜30%と、たしかに日本のコロナウイルスによる死亡率は他国より低いようです。

「2016年の時点で世界の成人の40%近くが過体重(BMIが25を超える)。コロナウイルスの影響を受けた国のリストを見ると、過体重が大きく相関している」とのことです。WHOによると、成人の肥満率は米国の67.9%など50%台後半以降の国が多い欧米に対し、日本は27.2%だそうです。

 日本人は普段バランスの取れた食事をしているため、肥満が少ないのだと指摘しています。

 また、日本人は電車内など(新幹線等を除く)公共交通機関で飲食をしない、車内でも携帯電話の通話が禁止されていて、大声で話す人もいないから飛沫感染の確率が低いと述べられています。

「Le Point」というニュースサイトでは、日本人の食習慣について、「免疫システムを強化するといわれる、ビタミンDが豊富な魚をよく食べていること、発酵食品の「納豆」を食べる食習慣が良い」と、分析しています。

 もっとも、フランス人は納豆と聞くと顔をしかめるか、そもそも納豆がどんな食べ物なのか知らない人が大半です。あるTV番組では罰ゲームに「納豆を食べる」という設定があったほど、フランス人には受け入れがたいようです。

「Le Point」の別の記事では、「(日本は)トイレがきれい、すぐに手を洗える…非の打ち所のない衛生状態の、規律ある日本人」とまで書かれ、日本は至る所にきれいなトイレがあることを賞賛しています。

 日本に住む人は、外出時でもすぐに手を洗えるのがすごい、と言われてもピンとこないでしょう。

 まず日本にある公共のトイレは、清掃が行き届いて非常にきれいで、心理的にも入りやすく、無料で使用できるというのが普通だと思います。

 フランスの公共のトイレは衛生的でなかったり、駅やデパートではトイレに入るのに1〜2ユーロ(約125〜250円)払わなければならない所もあったりで、手を洗いたいからちょっとトイレに…というわけにはいきません。

 またファーストフード店などでは、お客以外の人が利用できないようにするため、化粧室が施錠されていて、店員からわざわざ鍵をもらったり、ドアの暗証番号を教えてもらったりしないと、客でも気軽にトイレを使えないこともあります。

 少し話はそれますが、日本で一般家庭にも普及しているウォシュレットトイレは、「トワレットジャポネ(日本式トイレ)」と呼ばれ、フランスで見かけることは稀です。便座の蓋が自動開閉し、水も自動で流れるので、あちこち手で触れる必要もなく、清潔な日本を象徴するイメージを持たれています。

 トイレだけではなく、フランス在住の日本人にとって、日本とフランスの衛生観念の違いに悩まされることは日常茶飯事です。

 私は、飲食店で食器を洗うスポンジで床を拭いているフランス人を見かけた時のことを今でも忘れられません。従業員が靴を履いたままテーブルの上に乗って、壁にかけているものを取っていたり…。その後テーブルをアルコールで拭いてはいましたが、土足で食卓に上がるという行為自体に目を丸くしました。その人が特別なわけではなく、意外に多くの人が行っていることなのです。

 日本は海外の旅行客から驚くほど清潔な国に見られていても、私たち日本人にとってはそれが当たり前という意識がかなり強いと思います。そのため、フランスを含む欧米の国では「何をしたら汚いか」「床や道はきれいではない」といった衛生観念自体が存在しないのかな、と感じることが多々あります。

 その結果、衛生的であることが病気の予防になる、という概念もフランスにはないかもしれない、と感じたことのある在仏日本人は私だけではないと思います。

 大手メディアの「Le Monde」は「日本では伝統的に、病気の発生を未然に防ぐために注意を払う。ヨーロッパやアメリカと比較して、そのライフスタイルがコロナウイルスの感染を初期段階で止めるのに奏功した」と日本を評価しています。

 具合が悪くなってから薬を飲む、という対症療法の西洋医学に対して、日本は手洗いうがいやマスクをすることで病気を予防する、東洋医学などの「予防医学」が自然に身に付いています。風邪をひかないように暖かい服を着る、窓は閉めておくなど「未然に防ぐ」ための行動を無意識にとっています。

 フランスで風邪をひいた人に「昨日薄着だったからじゃない?」と、「なぜ」風邪をひいたか、を指摘しても不思議そうな顔をする人もいます。

 コロナ禍をきっかけにフランスでも、手指消毒だけでなくあらゆる場所をアルコール殺菌し、家の中の衛生にも関心を払うようになってきました。

 たとえば欧米ではホテルだけではなく、個人の家でも靴のまま入るのが普通です。

 外を歩き回ってきた靴で室内やバスルームまで入るのですから、日本人の感覚としては衛生的とは言えません。また日本のように幼稚園や学校で上履きに履き替える、という習慣もありません。

 家の中で靴を脱ぐフランス人も以前からいましたが、衛生的だからというより、「靴を履いていると窮屈、裸足の方が気持ちいいから」という人も多かったのです。それが今は、衛生面を考慮して家の中で靴を脱ぐ人も増えているのです。

 もっとも、にわかに屋内で靴を脱ぎ始めたフランス人に対し、SNSなどでは日本人の戸惑いの声が聞こえます。

 あるパリ在住の日本人は、家族5人分と思われる靴をアパルトマンの内廊下に全部出しっぱなしの家を見て「靴箱に入れるわけでも、きちんと並べるわけでもなく、見た目もきれいではないし、その家の前を通るたびに邪魔だし、何より臭いがひどい」

 とぼやいていました。

 また「コロナで靴を家の外で脱ぐようになった家族。廊下をふさいで邪魔だと思っていたら、数日後に全員の靴がなくなっていたそう。盗まれたのか、捨てられたのか、どちらにしてもフランスらしい」という声もありました。

 実際どれほど効果があるかはさておき、「とにかく靴(=コロナの感染リスク)を家の中に入れなければそれでいい」とばかりに、極端なやり方をするフランス人も見受けられます。

それでも受け入れられない日本の習慣とは

 ただし、フランス人にとって、衛生面では良くても心理的に抵抗があるものもあります。日本の「食品の個包装」です。

「日本はどこに行ってもきれい」と多くの外国人旅行者が言うのは、街や建物だけではなく「食品がきれいに個包装されている」ということも含まれています。

 一方、フランスではマルシェ(市場)で野菜や肉、魚等を買う人がまだまだ多いです。マルシェでは商品は包装されずに陳列されているため、現在はコロナの感染を予防するためにお客は商品に触らないように言われ、お店の人が必要量を袋に入れてくれるところが増えています。

 ご承知のように、フランスは環境先進国です。

 日本での個包装は衛生的かもしれないけれど、プラスチックの消費量も膨大と捉えられているのです。フランスに住んで5年経つ私も含め、日本の商品を過剰包装ととらえている人は少なくありません。

 ただでさえ外出制限の期間にウーバーイーツなどのデリバリーやテイクアウトによる飲食店の使い捨て食器が増え、使い捨てマスクなども含めた環境への負荷が高まっていることを嘆くフランス人も多く、メディアでも話題として取り上げられています。ウイルスから守られるとはいえ、フランスの食品が日本のような個包装になることはないかもしれません。

 新型コロナによって多くのフランスの衛生習慣が「日本化」してきているのは嬉しいことですし、日本人としては衛生的には住みやすい国に変化している気がします。

 フランス人の国民性として、自分たちが良いと思ったらすぐに取り入れるという特徴があると言われます。フランスに住んでいると、法律もしょっちゅう変わるので戸惑うこともありますが、良いもの、効果があるとわかったことへの変わり身の早さは見習いたいと思います。

 ここまで書くと、日本が大絶賛されているような印象を受けるかもしれませんが、PCR検査の少なさにより感染者数が正確ではない、という指摘も報じられていることも付け加えておきます。

 また、感染を抑えられた理由としては衛生面だけではなく、早期に国境封鎖をしたことが奏功したとも言われています。

 フランス人の生活スタイルが少しでも衛生的に「日本化」したのはコロナによる偶然の成り行きであったかもしれません。

 それでも、新型コロナに関する報道では、“清潔な国の日本はすごい”という論調であることは間違いなく、フランス人の親日度がさらに上がったのは事実だと思います。

ヴェイサードゆうこ
翻訳家・ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒。ITベンチャーから転身し、女性向けweb媒体のライター、飲食専門誌の編集記者として執筆。2016年よりフランスに移住し、現在はYouTubeで現地情報を発信中(http://bit.ly/2uQlngQ)。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月21日 掲載