9月8日の自民党総裁選告示を1週間も前にしながら、岸田文雄政調会長を担いだ岸田派の幹部はぼやくしかなかった。

「二階俊博幹事長と麻生太郎副総理兼財務相にあっという間にやられた。支援を期待していた安倍晋三首相にも、見事に梯子を外された。政治経験の差だ。『お公家』ばかりの我々では、全く相手にならなかった」

 石破茂元幹事長率いる石破派の若手も嘆くことしきりだった。

「二階さんと菅さんが二枚も三枚も上手だった。うちは単なる当て馬にされただけだった」

 持病の潰瘍性大腸炎を悪化させ、8月28日に辞意を表明した安倍氏の後継を選ぶ自民党総裁選(9月14日投開票)は、菅氏と岸田氏、石破氏の3氏が争う構図となったが、勝敗は戦う前から決していた。

 二階派(47人)と麻生派(54人)に加え、安倍氏の出身母体で最大派閥の細田派(98人)、竹下派(54人)、石原派(11人)と、5派閥が続々と菅支持を打ち出したからだ。菅氏に近い無派閥議員も加わり、国会議員票394の7割以上をわずか2、3日で制圧したのだ。

 それにしても、なぜ菅氏は早々に優勢となり、ここまで圧勝できたのか。当初、安倍・麻生氏の支援が期待できる岸田氏を有力視する向きもあった。石破氏が秋波を送ってきた二階氏の支援を得られれば、石破氏優位の展開もありえた。

 流れを決めたのは、8月20日夜の菅・二階氏の密談だった。2人は、持病の悪化に苦しむ安倍氏が12日に甘利明自民党税制調査会長との会談で「身体が持たない」と漏らし、15日に麻生氏と会談した際にも「もう任に耐えない」と訴えたことをつかんでいた。

 密談場所は国会近くの『ザ・キャピトル東急ホテル』の日本料理店『水簾』。2時間半にわたる会談で「やるなら応援する」と背中を押す二階氏に、菅氏は謝意を述べ、首相への意欲を隠さなかった。この情報はすぐに安倍・麻生氏にも伝わった。

 安倍氏の本命はこれまで岸田氏で、麻生氏も同じだったが、菅・二階氏は、岸田氏には大局観がないとして、一貫して首相後継には否定的だった。安倍・麻生氏もコロナ禍に十分な対応ができない岸田氏に失望感を募らせていた。
「安倍・麻生氏としては、ここで岸田氏を推せば菅・二階氏を石破氏側に走らせかねない。仇敵の石破氏が後釜に就くよりは菅氏の方がいい。2人の意向が一致すると、麻生氏も菅氏に乗ろうと麻生派の取りまとめを急いだ。28日の辞任会見より前に流れはできていた」(全国紙政治部デスク)

 29日夜の菅、二階氏の会談を受け、二階派がすぐに支持を表明すると、雪崩を打ったかのように、残る4派閥が次々と菅氏支持を表明した。

 二階派幹部は周囲に「これが二階幹事長の(流れを作る)空気技だよ」とほくそ笑んだという。
(明日に続く)