「今から僕の家に来て」気になる彼との食事中、女がショックを受けた男の対応
都会に生きるOLの収入源は、ひとつじゃない。
昼間にweb編集者として働く水島結花は、副収入を得るための“夜の顔”を持っている。
―だけど、もう1つの姿は誰にも見せられない。
しかし彼女のヒミツは、ある日の出来事をきっかけに暴かれていく…。
◆これまでのあらすじ
大手出版社のデジタル部門で働く結花。一見、普通のOLに見える彼女には1つだけ秘密があった。それは、周囲に内緒でネットアイドル活動をしているということ。
▶前回:「今度、家にあがらせて…?」25歳OLのもとに届いた、ゾッとするメッセージ
「よし。これで大丈夫かな?」
結花はスマホのインカメラに映った自分を見つめ、ピンクベージュのジェルネイルが塗られた指先で前髪を直した。
先週美容室に行ったばかりのグレージュの髪が、日の光を浴びてツヤツヤと輝いている。
―待ち合わせまで、まだ時間あるな。どこで暇を潰そうかなあ。
そんなことを考えていた時、結花のスマホからLINEの着信音が聞こえた。
「ごめん。5分くらい遅れそう」
今日は、柳井と2人きりで会う約束をしている。待ち合わせに指定された場所は、二子玉川の蔦屋家電の前。柳井が現れるまで、中の書店を適当に見て回ることにした。
『柳井さんって誠実そうに見えるけど、なんか裏がありそうっていうか、ああ見えて意外と遊んでるんじゃないかなって思うんだよね』
結花の頭の中には、涼香に言われたあの言葉が何度も響き渡っている。
―ダメダメ。そんな風に考えたら、柳井さんのことを普通の目では見られなくなっちゃう。
「今日は楽しまないと」と、結花は心の中で自分自身にそう言い聞かせる。その時、背後から結花を呼ぶ声が聞こえた。
「水島さん、ここにいたんだ。ごめん遅くなって」
思わずドキッとして振り返ると、柳井がデニムにスティーブンアランのシャツというリラックスした服装でそこに立っていた。
結花が感じ取った異変
「あっ、いえ!全然です」
普通の人だったら気の抜けた格好だと思うかもしれないが、柳井が着ると何だか都会的で、店内の雰囲気ともマッチしている。
「…なんか、いつもと雰囲気違いますね」
「まあ、この辺は近所だからね。せっかくだし、ここも見ていこうか」
そう言うと、2人は2階の家具や雑貨のフロアへと向かう。スタイリッシュな家電や雑貨がディスプレイされた空間は、まるで憧れの生活を映し出しているようだ。
―もし、こんな素敵なものに囲まれて柳井さんと暮らせたら、すごく楽しいだろうな。
ふと、結花はそんなことを妄想してしまう。
展示されたコーヒーメーカーを何気なく手に取ろうとすると、隣にいた柳井も同じものに手を差し伸べ、偶然指が重なった。
その瞬間、柳井はこちらを見つめ、さりげなく笑いかける。
―やっぱり、柳井さんはカッコいいな。
結花は、柳井の笑顔を見ると不安だった心がほどけていくような気がした。
その後、2人はお互いの趣味や家族のことも話しながら周辺を見て歩いたが、これと言って柳井の“裏の部分”は見えてこない。
―噂なんて、あてにならないよね。
◆
「ちょっと歩き疲れたし、どこか入ろうか」
スマホの時計をチラッと見ると、16時を過ぎていた。
「そうですね…。ゆっくりお喋りしたいです」
それなら良い所があると言う柳井の案内に従い、2人は多摩川沿いにある『チチカフェ』に入った。通されたテラス席からはちょうど夕日が見える。
「何か天気も良いし、飲みたくなってきたな」
柳井はそう言うと、シャツのボタンを1つ外しながらビールを注文した。結花も合わせてカクテルを頼む。
2人はしばらく当たり障りのない話をしていたが、次第に柳井が恋愛の話題を持ちかけてくるようになった。
「水島さんって、どんな人が好きなの?」
「えっと…。知的でオシャレな人、ですかね」
答えを用意していなかった結花は、咄嗟に柳井に当てはまる条件を答えてしまう。
―私が柳井さんを気になってること、柳井さんは気付いてるのかな?
そして彼もまた、結花に好意を持ってくれているのだろうか。結花は思わずそんな淡い期待を胸に抱く。
「…柳井さん、今日は何で私を誘ってくれたんですか?」
柳井は少しうつむいて考えるそぶりを見せると、こう答えた。
「水島さんが本当はどんな人なのか、知りたかったから」
―えっ、どういう意味?
柳井の言葉は、結花の期待からは少し外れたものだった。
結花を見つめる柳井の目は、少し充血している。飲み始めた頃は、柳井の様子に変わりはなかったが、2杯目にワインを飲んでから、目や顔が赤くなってきているようだ。
「どんな人って…。別にいつもと変わらないですよ」
そう言うと、柳井は軽く笑う。
「本当〜?絶対、僕の前では見せてない顔があると思うな」
単純に冗談で言っているのか、それとも何か他意があるのか、結花には分からない。
「水島さん、もうちょっと飲んだら?」
「あっ大丈夫です。私、そんなにお酒強くなくて…」
結花のその言葉に、柳井の反応は…?
結花がそう言った瞬間、なぜか柳井の目つきが少しキツくなった。2人の間に、少し緊張感のあるピリリとした空気が流れる。
「僕と一緒にいても楽しくないの?」
―えっ。柳井さん、なんで怒ってるの?
結花は首を横に振り、柳井の顔色をうかがった。
「水島さん、この後予定ないよね?もっとちゃんと話したいから、今から家に来てよ」
「家、ですか」
このタイミングで家に誘うのは、どう考えてもおかしい。だが柳井は、鋭いまなざしでジッと結花の目を見つめている。
「うん。来やすいと思ったから、今日は二子玉川にしたんだ」
―はじめから家に連れ込むために、待ち合わせ場所を二子玉川にしたってこと?
最初からそういう目的だったのだと分かると、自分に好意があるのではないかと期待してしまったことが恥ずかしい。
結花がうまく言葉を返せずにいると、柳井は1人で話し続けた。
「あのさあ。僕だって忙しいのに、こうやって何日も前から予定空けて会ってあげてるんだよ?」
柳井の口調がさらに強くなり、結花はこの時初めて、三浦や涼香が話していた“柳井にまつわる噂”が真実なのかもしれないと思った。
―なんだか面倒なことになりそうだから、逃げよう。
「私、この後ちょっと用事があるの忘れてて…。すみません、もう帰らなきゃ」
急いでバッグを取ろうとすると、柳井が結花の腕を掴んできた。その力は、驚くほど強い。
「水島さん、自分のこと可愛いと思ってんの?」
「…えっ?」
柳井の発言の意味が分からず、結花は思わず聞き返してしまった。
「ウケるんだよな、あのライブ配信。ちょっとイタズラしただけで怖がって、バカじゃないの?」
「…イタズラ?」
結花は、柳井の急な変貌ぶりに頭が追いつかなかった。柳井の発した言葉の意味を、上手く理解することができない。
「あれ、気付いてない?僕、2回くらいコメント残してるんだけどなあ」
結花は真相を知るのが怖かったが、聞かずにはいられなかった。
「それって、いつですか…?」
「最初は、初めて会う日の前日と…。あと、この前。水島さんが他の男とも2人きりで会ってる所を偶然見たんだよ。あれ誰なのかなと思って、コメントで聞いてみた」
「…!」
結花の中で、全てが完全に一致した。
―あのレインボーブリッジのアイコンは、柳井さんだったの…!?
「僕、元記者だからさ。人のこと調べるのとか得意なんだよね。メールの署名だけで、その人のことなんてだいたい分かるよ」
柳井はメールの署名から結花のフルネームを知り、Facebookで検索していたらしい。…つまり柳井と会う前から、自分のことはくまなく調べあげられていたというのだ。
最初は一目惚れに近い形で柳井のことが気になっていた結花だが、もはやそんな気持ちを抱いていた自分自身に嫌気がさす。
「すみません。ちょっと気分悪くなってきた…。今日はここで失礼します」
結花は掴まれた腕をついに振り払い、駅のタクシー乗り場まで走って逃げる。
―柳井さんがこんな最低な人だったなんて…。
結花はショックで、自宅に帰ってからも上手く寝付けなかった。
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次回最終回。追い詰められた結花が選んだ道とは…?
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