-理性と本能-

どちらが信頼に値するのだろうか
理性に従いすぎるとつまらない、本能に振り回されれば破綻する…

順風満帆な人生を歩んできた一人の男が対照的な二人の女性の間で揺れ動く

男が抱える複雑な感情や様々な葛藤に答えは出るのだろうか…

◆これまであらすじ

絵に描いたような清純な婚約者・可奈子(25)がいるにも関わらず、魔性の女・真珠(26)に出会い本能的にキスしてしまう誠一。惹かれる思いと葛藤しているときに、バーで運命の再会をしてしまう・・・

▶前回:「あのキスが忘れられない」結婚直前に別の女に心を奪われた男の"最低な本音"とは




「運命」


ー運命を信じますか?

僕は、人生は天によって定められていると思っている。

この家に生まれたことから始まり、進学、就職、結婚、何もかも定めに従って生きてきた。

帰り道にふらりと立ち寄った『オークドア』で真珠(マシロ)と居合わせてしまったことは、運命ではなく、ただの偶然だと自分に言い聞かせている。

僕は可奈子と結婚する。それが僕の運命だから。

それにしても真珠は、人を惹きつけるオーラを持っている。

この薄暗いバーの中でも、髪も肌も目も笑顔も何もかもが輝いていて「あの美人は一体誰」と囁く声が聞こえてくる。

僕はあの夜、確かに真珠とキスをしたのだが、物理的にも心理的にも彼女は遠く離れた場所で輝いている。

とろけるようなキスをしたくせに、突き放してしまったのは僕の方。一瞬にして目の前から消えた真珠を追いかける勇気なんて僕にはない。

婚約者がいるのだ、そもそも真珠とどうにかなる資格すらないのだ。

これ以上凝視すると真珠と目が合ってしまう気がして、僕は咄嗟に視線を背けウイスキーを注文した。

ートントントン

肩を三回叩かれ、振り返ると冷んやりとした人差し指が僕の頬に突き刺さった。

「あ、引っかかった」

真珠が、僕の顔の近くで悪戯な笑みを浮かべていた。どうリアクションをとるのが正解なのか、僕にはわからなかった。


真珠と運命の再会をしてしまった誠一が味わった“人生初の屈辱”とは…1?


「ねぇ、さっき私のこと見てたでしょ」

黒々とした大きな瞳で僕を見つめる真珠は、自信に満ち溢れていて圧倒されてしまいそうになる。

女性との会話でイニシアチブを取るのはいつだって僕の方なのに、真珠と話していると調子が狂う。

「いや、別に…」

「素直じゃないなぁ、もっと本能に忠実に生きたら?」

真珠は、僕の全てを見透かしているかのような不敵な笑みを浮かべた。

「私はまた会いたいって思ってたよ」

僕も会いたかった…という言葉が喉まで出かかったとき、見知らぬ男が近寄ってきた。

「誰?知り合い?」

ギラギラしたオーラを放つその男は、僕に冷たい視線を向けた。

黒髪短髪で浅黒く焼けた肌に輝りのある紺色のスーツを合わせ、全身から外銀男たる空気を放っていた。




「友達なの。みんなで一緒に飲まない?」

真珠がその男に提案するが、即却下された。そして、しかめっ面をした男に連れられ、そのまま蝶のようにヒラヒラと奥の方へすすみ、僕の席からギリギリ見える位置に腰掛けた。

別の男とデート中に僕の元へ赴き「会いたいと思ってた」と言うなんて、真珠はやはり軽い女なのだろうか……。

ーいや違う。

軽い女だと切り捨てることができたら楽なのに、僕には真珠がただただ素直なだけの女に思えてならなかった。

外銀男は僕を意識してか、わざと見せつけるように真珠にしつこくちょっかいを出している。真珠はそれを上手くかわし、キャッキャと楽しそうに笑い声を響かせた。

-何を見せられているのだろう…

物心ついたころからずっとモテ続けてきたし、欲しいモノは全て手に入る恵まれた人生を送ってきた自負がある。

それなのに…、僕は今、初めて屈辱を受けている。心にチクチクと針を刺されるような、初めての感情を味わっている。そして、沢山のしがらみに捉われて、ただ黙って観ていることしかできない自分の不甲斐なさに落胆した。

不愉快な気持ちに襲われた僕は、残りのウイスキーを飲み干しチェックをお願いした。

それと同時に外銀男は出口に向かい、後に続くようにして真珠も席を立った。しかし、真珠は出口ではなく、こちらを見つめながら真っ直ぐに歩いてくる。

「帰る前に教えて欲しいの、あなたはどう思ってた?」

「え?」

「私は会いたいと思ってたけど、あなたはどう思ってた?」

今日の僕は不本意ながら酷く女々しいような気がして、悔しい気持ちになった。

「あぁ、僕も会いたいと思ってたよ」

「そうなんだ、嬉しい。じゃあ遊びましょう」

「ああ、また今度」

男らしく自分の気持ちを伝えられたと思ったが、真珠はポカンとした顔で首をかしげた。


まさか、嘘でしょ?!真珠のとった驚きの行動とは…


「今度じゃなくて、今!一期一会を大切に。次に会うときは気持ちが変わってるかもよ」

「…今?だって、君は他の男とデート中じゃないか」

「あの男、全然楽しくないから、これ以上一緒にいたくないの。連れ出してくれる?」

僕が真珠の誘いに乗れば、罪に罪を重ねてしまうような気がした。

でも、なんだか胸が高鳴ってワクワクするのだ。

不安と期待の入り混じった得体の知れない感情をいっぱい含んで冒険に行く、少年の頃のような興奮が僕の背中を力強く押した。

「はやくはやく」と、子供のように無邪気に笑う真珠に手を差し伸べられ、僕は思わず吹き出しそうになった。

僕は真珠の手を取り、勢い良くバーを出た。

ケラケラと笑いながら全速力で走り、エレベーターの中に入ると安堵に包まれ笑みが溢れた。

「真珠って本当おもしろいね」

「誠一の方がおもしろいよ。デート中の女を連れ去ったんだよ?」

真珠は罪深い女だと思った。

密室で見つめ合った僕らは、どちらからともなく自然にキスをしていた。




「キスしていい?」なんて聞くまでもなく、お互いの魅力に引き寄せられるように気が付けば唇が重なっていた。

なんの違和感もなく、当然のように。

そういえば、キスってこういうものだよな…と感慨深い気持ちになった。

「どうしよ、今頃あの男、私を探し回ってるよね」

真珠はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべると、エレベーターの操作パネルにカードキーを差し込み、21階を押した。

「え、どこ行くの?」

「最上階。どうする?今なら引き返せるよ?」

一瞬躊躇したものの“男はオスであれ、冒険者たれ”という誰かの言葉が脳裏を過る。

ここで引き返したら男が廃る。

僕は真珠の手を掴み、21階に降り立った。

そこには2つの重厚なドアがあった。

ドアの向こう側に飛び込めば、僕の何かが変わってしまうような気がした。

どうして男は、大人になっても少年の心を忘れることができないのだろう。

どうして男は、結婚前に冒険がしたくなってしまうのだろう。

結婚したら“良い夫”になるのだから、独身最後の思い出をそっと彩ることくらい許してくれないだろうか。

このことは墓場まで持っていくから、どうか安心してほしい。

▶前回:「あのキスが忘れられない」結婚直前に別の女に心を奪われた男の"最低な本音"とは

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真珠と誠一はホテルの一室でどうなってしまうのか…



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