岸部四郎さん

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 タレントで俳優の岸部四郎さんが8月28日、拡張型心筋症による急性心不全のため、千葉県の病院で亡くなっていたことが分かった。享年71。朝のワイドショー「ルックルックこんにちは」(日本テレビ系)で13年半に渡って司会を務めたが、1998年に自己破産。2003年には脳内出血で倒れ、後遺症で視野狭窄に。その後もパーキンソン病の疑いで入退院を繰り返していた――。

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 岸部さんは京都市出身。キャリアスタートは1969年、沢田研二がボーカルを務め、兄の岸部一徳がベーシストとして所属していた「ザ・タイガース」にギタリストとして加入した。71年にバンドが解散すると、タレントに転向。78年、テレビドラマ『西遊記』(日本テレビ系)に沙悟浄役で出演し、人気を集めた。

岸部四郎さん

 84年10月、沢田亜矢子の後任として『ルックルックこんにちは』の2代目の司会者に抜擢され、朝の顔になる。年収が1億円以上になったことで、放蕩生活が始まる。ポルシェやベンツを何台も買い、アルマーニのスーツを次々と買った。愛人を3人も作り、初版本や陶磁器などに数億円注ぎ込んだ。お金がなくなると、高利貸しなどから借金をしたという。

 借金は5億円以上に膨らみ、債権者は個人、銀行、闇金融など69にも及んだ。『ルック〜』を緊急降板し、自己破産を申し立てたのは98年4月のことだった。

金融地獄

 週刊新潮(1999年4月1日号)は、ワイド特集『自己破産「岸部シロー」年収100万円の逃亡生活』で、岸部さんご本人に話を聞いている。当時、以下のように語っていた。

《「当初は都内のホテルを転々としていましたが、最近は、友人所有の神奈川県下のリゾートマンションに、妻とひっそり暮らしています。友人がシーズンオフに使わせてくれると言ってくれたので……」》

 リゾートマンションで“巣籠”生活を続けたというのである。

《「外出すると目立つので、部屋に籠もったまま。毎日、テレビを見て、妻が作ってくれた料理を食べるだけの生活です。ストレスがたまってどんどん食べるので、体重が100キロを超えました。僕は心臓がよくないから、こんなに太っては危険なんですが、降圧剤を打ってしのいでいます」》

 かなり不健康な生活を送っていたようだ。

《「昨年(1998年)10月、自分の体験を書いた『金融地獄』という本を出版し、版元から印税100万円を貰いました。それが、この1年間の私の収入です。その他には、降板後、雑誌やテレビのインタビューに応じて貰った謝礼が少し」》

 1億円以上あった収入が100万円に激減……。

《「最近、女性誌に、私が懲りもせずキャバクラへ通って遊んでいると書いてあったので、当の私が一番驚いているんです。驚くといえば、私の口から言うのも変ですが、テレビのワイドショーは酷いですね。私が降板直後にインタビューに答えた場面のうち、私がふてぶてしく見えるところだけを選んで放映しているんですよ。あれでは、私だって、岸部というのは嫌な奴やなあ、と思ってしまう。芸能界というのは実に恐ろしいところですね」》

大腿骨骨折

 東京地裁が岸部さんの破産を宣告したのは、99年3月だった。収入や支出の報告書を毎月管財人に提出することを義務づけられ、月収が夫婦二人の生活に必要な額(25万円程度)を超えると、没収された。

 もっとも、さらに不幸が待ち構えていた。2003年に脳内出血で倒れ、後遺症で右目が視野狭窄となり、歩行が困難になった。07年には、再婚した妻が心臓発作で急死してしまう。

 週刊新潮(2013年1月24日号)のワイド特集『「岸部一徳」が全て話した「ザ・タイガース」再結成の舞台裏と「岸部四郎」』で、兄の一徳が岸部さんの当時の様子について語っている。一部を紹介すると、

《「昨年(2012年)2月に千葉の姉の家にいて、夜中にトイレに行ったときに転んで大腿骨を骨折。手術してしばらく入院し、リハビリセンターを経て、今は千葉県の、病院と提携しているリハビリができる施設にいます」》

 破産、脳内出血、そして大腿骨骨折……。まさに満身創痍だった。一徳は、こうも語っている。

《「痩せちゃいましたね。骨折後、寝たきりの時期もあったので、筋力もかなり落ちて……。食欲はあるんですが、朝6時や7時に起きて20時には寝る環境で、本人は“健康的な生活すぎる”と言っているみたいですよ。太りたいけど太れないところがあるのかもしれません。姉が身の回りの世話をしに行って、だんだん喋れるようになってきましたし、歩くのも前よりはよくなったのかな」》

 2013年、42年ぶりに「ザ・タイガース」が再結成。その年の12月27日の東京ドームでのツアー最終公演に岸部四郎さんが車椅子で登場。ビートルズの『イエスタデイ』を歌った。これが最後の公の場となった。

週刊新潮WEB取材班

2020年9月16日 掲載