わずかの「変化」をとらえることで、さまざまなことが可能になる(写真:metamorworks/PIXTA)

変化を計算する微積分は、クルーズコントロールや天気予報、建物の構造、選挙公約の経済効果予測、腫瘍が大きくなる速さの割り出しなど、じつにさまざまな場面で使われている。

微積分では、どんな場合でも変化に注目する。「何の」変化かはあまり関係ない。必要な数学は同じだからだ。ここではなるべく単純な例で説明してみよう。

スピード違反を取り締まる

例えば、スピード違反を取り締まるとしよう。このとき、走行する車の速度はどうすればわかるのだろう。

拙著『公式より大切な「数学」の話をしよう』でも詳しく解説しているが、いちばん簡単なのは、一定の区間を設定して速度を求めることだ。必要な警察官は2人。1人は測定区間の起点に立って車両が通過した時刻を記録し、もう1人は1キロ先の地点で同じように車両が通過した時刻を記録する。

そしてこの2つの時刻から、車両が区間の起点を通過したときの速度を出すわけだが、そのためには車両がその区間の走行に要した時間も計算する必要がある。車両が時速120キロで起点を通過したとすると、区間を走行するには30秒かかる。つまり区間の起点と終点の通過時刻の差が30秒であれば、その車両は時速120キロで走行していたことになる。

本当にそうだろうか。この方法だと、制限速度が時速120キロのところを140キロで走っていたドライバーは、起点で140キロでも、区間の1キロを30秒かけて走り、終点を100キロで通過すれば、計算上の起点の時速は120キロになってしまう。

このような事態を防ぎ、スピード違反を取り締まるには、通過時刻を記録する区間を短くすればよい。半分の0.5キロになれば、時速120キロで走行中のドライバーが減速する時間は15秒しかない。このようにして区間距離を短くしていけば、起点通過速度の計算精度は上がっていく。

実際には、ミリ秒(1000分の1秒)の単位で自動車の速度が大きく変化することはないので、区間距離を短くするにも限界はある。道路沿いに設置されている速度表示板はかなり正確だが、それはこの計算を1メートル程度のごく短い距離で行っているからだ。

では、車両が区間の起点を通過するときの正確な速度を知りたい場合はどうだろう。速度表示板の計算で生じるわずかな誤差でさえ許されないとしたらどうするか。計算の精度をさらに上げるには、距離をもっと短くする必要がある。ここまで来れば、「無限」の概念も近い。区間を無限に小さくすることで、無限に精度を上げられる、つまり正確な結果が得られるというわけだ。

「明日は晴れ」の信頼性

「明日はよいお天気になるでしょう」は、本当だろうか? 天気予報が当たらないというのは、以前は常識だった。しかし、天気予報に微積分が使われるようになってからは変わってきている。大型コンピューターで計算が処理できるようになったおかげで、天気予報の精度は飛躍的に向上した。1970年代の予報と比べれば驚くほどの正確さだ。

数値計算に基づく予測が取り入れられるまで、天気予報の手順はシンプルだった。

(1)窓の外を見て、雲の様子や温度などを観察する
(2)今日と同じ天気の日を過去の記録から探す
(3)過去に同じ天気だった日の翌日の天気の記録が、明日の天気予報となる

この予報では、今日の天気は昔のある日の天気とまったく同じで、明日以降も過去の記録と同じように推移することを前提にしている。だが雲の様子と温度だけを考えてみても、まったく同じ日があるとは考えにくい。天気はもっと複雑なものだし、これでは予報がなかなか当たらないのも無理はなかった。

天気についても「計算して予測する」ことはもちろん可能だ。気象、つまり大気の状態の変化は、微積分を使うととらえやすい。第1次世界大戦のさなか、イギリスの数学者ルイス・リチャードソンは、計算に基づく天気予報を思いつき、過去のデータから、ある日の6時間後の天気を予測してみることにした。もっともこの計算には6週間もかかり、試みは失敗に終わった。

計算で予報を出すのは、昔も今もかなり難しい。リチャードソンの場合は、時間がかかったばかりか、いくつも誤りがあった。天気には変化する要素がとても多い。大気は移動し、気温や湿度など、さまざまな数値に影響を及ぼす。高気圧と低気圧の位置関係やその動きも、大気圏のほぼ全体にわたって把握しておく必要がある。ほんの小さな変化でも、大きな違いにつながるからだ。

変化するものがあまりにも多いため、的中率100パーセントの天気予報はまだ実現していない。巨大なスーパーコンピューターを使っても、確実な予報を提供できる計算スピードは達成できないのだ。

そこで、天気予報ではすべてを正確に知ることはあきらめ、中間をとることにした。コンピューターは、大気をある面積、例えばヨーロッパの広域予報なら10キロメートル四方に区切った範囲内の天気は同じとみなして処理を行う。計算量が膨大になるので、区画はこれよりも小さくできない。このため天気予報には厳密でないところもあるが、それでもこの方法で予報を行うようになって以来、信頼性は大きく向上した。

さて、「明日は晴れ」の予報を信じるべきか。答えはイエスだ。100パーセント正確な予測はできないにしても、天気予報の精度はかなりのものだ。区画ごとに天気がどう変化していくかは、コンピューターが計算する。大気が移動する速度は微分で、一定時間経過後の変化量については積分を用いて解析する。天気予報は数学のおかげで格段に正確になった。実際、翌日の予報はほぼかならず的中、翌週の予報でも8割から9割程度は当たるようになっている。微積分はこんなところでも役に立っているのだ。

微積分で橋をかける

変化するのは天気だけではない。ほかのもの、例えば建物も絶えず変化している。見てわかるものではないが、外部から受ける風の力や建物内にいる人間の重さなどでつねに負荷がかかっている。重力で下向きに引っぱられているにもかかわらず倒れないのは、それに耐えられるように建てられているからだ。

建築は、長らく勘が頼りの技術だったが、20世紀初頭には科学の理論としての性格が強まった。ゴールデンゲート・ブリッジは、全長約2700メートル、ケーブルに使用されているワイヤーの長さは12万9000キロメートルにも及び、1937年の完成時は世界一の長さを誇っていた。圧倒的な大きさの橋はどうやって造られたのだろう。強風による橋の崩落を防いだり、中央部が重すぎてたわんだりしないようにするために、何をしたのか。そこには計算に基づく工夫があった。

橋の崩落危険度を計算する際に用いられる物理学は、微積分がベースになっている。中心となるのは鋼材のたわみだ。ゴールデンゲート・ブリッジは鋼鉄の塔が大部分の重さを支える構造になっているが、鋼材に生じるたわみの程度は計算で求められる。形状の変化の計算には微分が、さらに全体でどの程度たわむかは、積分が用いられる。なお、この計算では鋼材の向きをはじめ、さまざまな条件を考慮しなければならない。

次の図に示したように、鋼材を横に寝かせて置くと、そのたわみは立てて渡した場合よりもかなり大きくなる。

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構造物の安全性は計算で確認される

前もって計算ができれば、せっかくかけた橋が崩落するような失態は防げる。橋に限らず、大きく複雑な建物を建てるときには数学が欠かせない。構造物の安全性は計算で確認されるため、それまで誰も見たことがないような建築物も可能になったのだ。


微積分は世界を変えた。飛行機をはじめコンピューターやスマートフォンなど、現代の科学技術の多くは微積分を応用して実現された。世界をよりよく理解するために微積分は不可欠だ。もしなかったとしたら、人間はいまだに経験と勘だけに頼っていただろう。とっつきにくい印象があるかもしれないが、微積分の基本の考え方とその実用性は十分わかりやすいものだ。

数学では、記号にまどわされて基礎となる概念を見失ってしまいがちだが、微積分の根底にあるのは「変化をかぎりなく細かく分けて分析する」ことだ。身のまわりにある機械の仕組みを理解したければ、まずこの考え方を押さえる必要がある。大事なのは、その手法が「どのように」機能するかではなく、「うまく」機能することである。

身のまわりの世界がどうやって成立したのかを知っておくことは悪くない。そうすることで、社会に対するよりよい視点が得られるからだ。