なぜ政府は日産に1300億円もの政府保証をつけたのか?(写真:Bloomberg/iStock)

今月、日本政策投資銀行が5月に決めた日産自動車への融資1800億円のうち、1300億円に政府保証をつけていたことが明らかになりました。これは将来、もし日産からの返済が滞れば8割を国が補塡し、実質的に国民が負担することを意味します。

大企業への融資に対する政府保証は、今回が初めてではありません。リーマン・ショック後の2009年、経営再建中の日本航空にも行われました。そのときは、同じく日本政策投資銀行が約670億円を政府保証つきで融資しましたが、翌年日本航空が経営破綻し、約470億円の国民負担が生じています。

今回の日産への政府保証の額は、日航を大きく上回り、史上最大の規模。もし返済が滞れば、国民負担が生じるとともに、16日に発足される菅政権を揺るがす事態に発展することも考えられます。

日産への政府保証の影響について考えてみましょう。

日産と日航の「最大の違い」

今回の日産への政府保証は、2009年の日航と対比されます。政府が大企業を救済するという点では共通していますが、大きな違いがあります。最大の違いは、国民目線で見た「納得感」です。

まず、政府が公的資金を投入して民間企業を支援するというとき、事業の公益性が問題になります。破綻前の日航は、戦後長くナショナルフラッグとして運輸省(現・国土交通省)と一体となって、日本の航空行政を担ってきました。良い悪いは別にして、半官半民というより準国営の企業でした。

一方、日産は、トヨタ・ホンダなど多数のメーカーがひしめく自動車業界の1プレイヤーにすぎません。車離れで自動車は供給過剰ですし、日産にしか作れないという特別な車も存在しません。日産は、14万人近い従業員が働いているものの、日航のような「なくなっては困る」という企業ではないのです。

次に、国民感情として、純然たる日本企業なのかどうかも問題になります。日航は、政府が出資する日本企業でした。

一方、日産の筆頭株主はフランスのルノーで、出資比率は43.4%。その親会社のルノーの筆頭株主はフランス政府です。日産はフランス資本の外資系企業で、日本政府よりもフランス政府の影響を強く受けています。日本国民が納めた税金を使って外資系企業を支援することに、国民は強い抵抗感を覚えます。

また、経営姿勢も問われます。以前の日航は、組合が強かったこともあって、破綻前に大規模なリストラは行われませんでした。

対する日産は、1999年にカルロス・ゴーンがトップに就任した後、リバイバルプランで国内工場の閉鎖や系列破壊などリストラを断行しました。企業としては復活しましたが、多くの国内雇用が失われました。これまで雇用維持にも税収増にも貢献してこなかった日産に、「もっと雇用が減ったら困るから」という理由で税金を投入するのは、合理的ではありません。

経営姿勢ではもう一点、カルロス・ゴーン元CEOの逮捕・国外逃亡や日本側の経営陣の姿勢に厳しい視線が注がれています。周知の通りカルロス・ゴーンは、日産を食い物にして蓄財に励み、揚げ句の果てには日本の司法の手を逃れてレバノンに逃亡しました。

こうしてみると、同じように政府保証を受けたといっても、国民の「まあ致し方ないかな」という納得感は、日航と日産では雲泥の差があるのです。

「日産の債務保証」を政府が引き受ける理由

今回、政府が日産の債務保証を引き受けたのは、コロナショックに直面し、日産の倒産、部品メーカーなどの連鎖倒産、それらによる大量の失業発生、という危機的な事態を懸念してのことでしょう。日本政策投資銀行が融資に応じないと日産の資金繰りが厳しくなる恐れがあり、日本政策投資銀行の判断で融資を決めたようです。

菅政権とすれば、資金援助で日産が立ち直り、融資が無事に返済され、数年後に「何事もありませんでした」という結末を迎えたいところ。

しかし、日産は本当に立ち直るのでしょうか。日産は、コロナの影響が2月、3月の実質2カ月しかなかった2020年3月期決算で大赤字を計上している通り、近年、そもそも危機的な経営状態に陥っています。

自動車業界はいまCASE(Connected(コネクテッド)・Autonomous(自動運転)・Shared & Services(シェアリングとサービス)・Electric(電動化))という100年に一度の大変革期を迎えています。

CASEの流れに乗った米テスラが大躍進し、この8月に株式時価総額でトヨタを上回りました。一方、流れに乗り遅れた自動車メーカーは、淘汰されつつあります。現在販売台数世界一のトヨタですら、安泰ではないと言われます。

かつて「技術の日産」と自他共に認めた日産ですが、ゴーン政権以降では短期の収益改善のためにコストダウンを優先し、研究開発など先行投資を怠りました。その結果、CASEへの対応で後手に回り、一部報道では親会社ルノーとともに、自動車業界で完全に「負け組」、淘汰される側とみなされています。

今回の資金援助で、日産はしばらく延命することができるでしょう。コロナが終息すれば、販売が上向くかもしれません。ただ、CASEに対応して抜本的な経営改革を進めないと、グローバル競争に敗れ、数年後に1998年のような経営危機を再び迎える可能性があります。

もし日産が破綻したらどうなる?

もしも日産が破綻したらどういう影響があるでしょうか。雇用・地域社会・金融市場に悪影響が及ぶことが想定されますが、それだけではありません。菅新首相の政権運営、ひいては政治生命を脅かすことも考えられます。

菅義偉氏は、安倍内閣の官房長官として今回の政府保証に一定の関与をしたと思われます(2018年にゴーンが逮捕されたときは、なぜか日産の川口均専務執行役員が菅氏に陳謝に訪れました)。

国民負担が発生したら、結果責任を問われます。もちろん、そうならないように菅氏は、あらゆる手を打つはずです。日産の本社は横浜市西区で、菅首相の神奈川2区のお膝元。菅氏は何としても破綻を回避しようと、追加で資金援助をするでしょう。すると、ますますこの問題が巨大化し、泥沼化していきます。

仮に追加の資金援助によって日産が破綻を免れても、国民から総スカンの日産を救済すると、国民の猛反発を招き、選挙を戦えなくなります。つまり、日産問題で、菅氏の政治生命が脅かされる可能性があるのです。

また、日産が経営改革に成功して立ち直っても、問題は終わりません。他の大企業が経営危機に陥ったらどう対応するか、という大きな問題があります。

コロナの影響が長引いていることから、今後、中小・零細企業だけでなく、大企業でも経営難に陥ることが考えられます。日産を助けた手前、他の大企業から支援を要請されたら、政府は拒否しにくいことでしょう。経営が厳しくなると国に助けを求めるというのが当たり前になり、収拾がつかなくなります。「なぜ大企業だけ助けるんだ」という国民の反発も増します。

1998年の経営危機、ゴーン改革による復活、ゴーン逮捕と逃亡とこの20年以上、経済界にとどまらず社会の注目を集めた日産。2度目の復活劇を果たすのか、民主党政権を揺るがした日航のように、菅新政権を揺るがす「第2のJAL」になるのか、ますます目が離せません。