タイで放映されたドラマ「2gether」は、タイのみならず日本を含め、多くの国で話題となった(写真提供:コンテンツセブン/©GMMTV)

「BL(ボーイズ・ラブ)」という言葉を耳にしたり、目にしたりしたことがあるだろうか。直訳すれば「男子の愛」となり、多感な少年、あるいは青年の恋愛となるが、BLではその恋愛の対象は同性の男子だ。現在タイではこのBLをテーマとした映画やドラマが大流行している。

日本では自粛期間中、「愛の不時着」や「梨泰院クラス」が熱狂的な人気を集めるなど韓流ブームが再燃したが、ネットを通じて密かに、そして一部では急激にファンを増やしているのが、このタイ発のBL(タイでは「Y」と呼ばれている)ドラマである。

なぜBLドラマはタイで大流行し、日本でブレイクを予感される事態になっているのか。その背景をタイの文化と歴史、という観点から分析してみたい。

BLの嚆矢としての「2gether」

日本のタイ系BLブームの火付け役となったのが「2gether(トゥギャザー)」という作品だ。タイで人気のBL小説が映画化された作品で2020年2月にタイで13話が公開、3月ごろからはSNSを通じて日本に紹介され、瞬く間に熱烈な日本人ファンを獲得している。


(写真提供:コンテンツセブン/©GMMTV)

あらすじは大学で男子学生から言い寄られた男子学生タインが学校一のモテ男、サラワットと偽装恋愛で切り抜けようとするが、次第に「偽装が本物の恋愛に変化していく」という学園ドラマである。主演の2人の俳優とそれを取り巻く男子学生はいずれもスタイルよし、顔よしの好男子だ。

2getherが配信中は、自粛期間が重なったこともあって、世界中で話題沸騰。『タイムアウト』誌によると、ツイッターでは13週連続で「#2gethertheSeries」が世界トレンド入りし、主演俳優2人のインスタグラムのフォロワーは数週間で100万人以上増えたという。

そもそもタイでのBLはもともと小説として書店の一部で売られており、読者層も限定されていたという。ところが、2014年にタイで初のBL物語といわれる「Love Sick」をタイのエンタメ最大手GMMグラミー傘下のGMMTVがテレビ放映して以来、少しずつ人気が上昇し始める。

本格的なBLブームを作ったのは、2016年公開の「SOTUS(ソータス)」(全15話)とされている。これも大学生の先輩と新入生の恋愛物語という学園ラブストーリー。そして、今回の2getherでその人気はタイ国内だけでなく、世界中に伝播し始めたわけだ。

GMMTVのディレクター、ノパナット・チャイウィモール氏は現地のネットメディアに対して「最初の試みはあくまで試験的だったが、これがタイ社会から肯定的反応を得て、その後人気が沸騰し、いまやBLものはサブカルチャーからメインストリームになった」と語っている。

BLはもはや欠かせないコンテンツ

タイで行ったBLの視聴者人気投票では依然として1位が「SOTUS」で、2位以下は「TharnType」(2019年、全12話)、「Until We Meet Again」
(2019年、全17話)、「2gether」(2020年、全13話)、「Love By Chance」(2018年、全14話)、「Why R U?」(2020年、全13話)となっており、日本で爆発的人気の「2gether」は4位にランク付けされている。


「2gether」は人気投票では4位となった(写真提供:コンテンツセブン/©GMMTV)

近年は、ネットフリックスやLINE TVなどネットを通じてドラマを視聴する若者が増えており、こうした層がBL人気を押し上げている見られる。タイのLINE TVでは2016年からBLドラマを放映し始め、現在までに33本を放映。同TVのカノップ・スパマノップ氏は「2019年のBL番組の視聴率は5%だったが、2020年1〜3月期はそれが34%に成長している」と、BLシリーズがもはや欠かせない重要コンテンツであることを強調している。

こうしたブームは2018年以来BL小説を出版している「サタポーン書店」にも好影響を与え、現在では主要書店に約70タイトルのBL小説が並んでいる。このうち20タイトルはテレビドラマ化されているという。

タイのBLファンは熱狂的であると同時に、ドラマの舞台が若者が実際に生活する場面とオーバーラップしていることもあって、ドラマのシーンに手厳しい批評も加えることもあり、それがまた人気に拍車をかけているという。

例えば「2gether」では、サラワットがタインの酔っているところを写真撮影し、それをインスタグラムにアップするというシーンがある。この場面に対して多くのファンが、「納得できない、そんなことはしない」との批判が噴出するなど、ファン間の議論も活発だ。

医学博士でLGBTに関する小説も書いているウタイン・ブーンオラヤ氏は、最近のBLドラマ人気について、「BL小説の多くは著者も読者もティーンエイジャーであり、読者が通う大学などの学園生活が小説の中の世界とマッチすることも人気の背景にある」と分析する。

また、タイのBL現象を研究しているロニマス・ユートリアット教授は、BL小説の書き手の多くが若い女性であることを指摘、「BLに描かれる男子学生は若い女性の理想、願望を象徴した姿を反映しているのではないか。例えばエンジニアリング専攻という理科系で頼りがいがあるようにみえ、外見もかっこよく、人柄、家柄も理想的という人物設定に女性の男性に対する願いを反映していることが人気の秘密だろう」と分析する。

徴兵検査が毎年ニュースになる理由

では、こうしたBL人気を支えるタイ社会の同性愛、そして幅広い枠組みであるLGBT(レスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)に対する考え方の根本はどこにあるのだろうか。

タイでは毎年、基本的に21歳に達した男子を対象にした徴兵検査が行われる。タイ国軍は志願する職業軍人と徴兵で選ばれる志願兵で構成され、韓国のような皆兵、つまり例外を除いて原則全員に兵役義務が課せられるわけではなく、適齢期の男子が抽選で兵役に就く制度となっている。

今年は、7月23日からタイ全土で21歳以上の男性の徴兵検査が行われた。タイでは、毎年この徴兵検査がニュースとしてテレビや新聞、ネットニュースなどで流されるが、そこで話題になるのが徴兵検査を受ける女性のようないでたちをした人々だ。

超ミニスカートに大きな胸を強調したボディコン姿で検査を受け、「身体的に兵役には不適合」との「失格証明書」を手にして微笑む姿や、軍服を着た検査官がツーショット撮影した姿、本人が撮影したセルフィー姿がメディアやネットを賑わすのである。容姿や心が女性でも戸籍上男性であれば、徴兵検査を逃れることは罰則対象になるため、毎年正直に抽選会場に登場して話題を振りまくのだ。

このことからもわかるように、タイは性に比較的おおらかな国で、男女の2つの性別のほかに、なんと18種類の性があると言われている。ゲイやレズビアン、バイセクシャルのほかに、「男装した女性が好きなのがトム」「トムが好きな男っぽいトムがトムゲイキング」「トムが好きな女っぽいトムがトムゲイクィーン」などと細分化された性が存在するという。

タイの寛容性が垣間見られるシーンは、タイで人気のオーディション番組「タイランズ・ゴット・タレント」でもあった。アメリカやイギリスで一芸に秀でた人が審査員と観客の前で歌や芸を披露する同番組は、タイでも絶大な人気を得ている。この番組に出演し、その映像がユーチューブで770万回再生されている1人の歌手がいる。

胸までの長い黒髪に長身で面長の女性が見事な歌声で歌いだし、観客も審査員もうっとりとする中、途中からこの女性が地の声で歌いだすのだ。野太い男性の声に観客は立ち上がって拍手喝采で応え、審査員も驚きを隠さない。

彼女が堂々とステージ上で女性の姿と声で歌い、その後生まれ持った男性としての地声で歌う姿、そしてそれを温かく応援する様子は、タイ社会におけるLGBTと呼ばれる人々を受け入れる抱擁力、受容性を感じざるをえない。

お互いに敬意を払う仏教の教え

タイは国民の約95%が熱心な仏教徒である。仏教では「一切衆生悉有仏性」という教えから「生きとし生けるものすべてに仏になりうる可能性がある」として命を慈しみ、お互いに敬意を払うという仏教の教えが人々の感性に深く染みこんでいる。

さらに同じく仏教の教えである「過去や未来にかかわらず今を大切に生きる」「昨日のことは忘れました、明日のこと知りません。だから今、ここ、自分を一生懸命生きる」という思想なども性的少数者に優しい社会を育んできたといえるだろう。

東南アジア各国は欧州列強の植民地だった歴史的経緯がある。イギリスの植民地(シンガポール、ミャンマー、マレーシア)、フランス植民地(カンボジア、ベトナム、ラオス)、オランダ植民地(インドネシア)、スペイン植民地(フィリピン)である。

植民地時代にヨーロッパの「同性愛禁止」という思想と法律が持ち込まれ、それが長い植民地支配時代に徹底され、現在まで残滓が残る中、タイは唯一植民地支配を受けることなく独立を守り通した。そのことでタイは歴史的に欧米の価値観を共有することを強いられなかったという経緯がある。こうした歴史もLGBTに対する国民の間の寛容性の背景にあるといわれている。

そうした宗教、歴史に加えて、タイ国民の国民性も背景にはあると指摘されている。「生物学的な性」と相違する「自己認識する性」が存在する性同一性障害の場合、「自分に正直に生きること」を選択する際に、タイ社会はその障壁やハードルが決して高くないという現実がある。

タイでは一般的に相手への敬意を「ワイ(合掌)」で表現する。これは僧侶や年長者には軽い会釈も伴う礼儀で、このあいさつ「ワイ」がタイ社会の潤滑油になっているとも言われるように、多民族、多様な人々が暮らす社会をいかに仲良く、円滑に動かすかという知恵の所産でもある。それが性的少数者や社会的弱者にも寛容な社会を支えているのではないだろうか。

イスラム教はLGBTの存在を認めていない

こうしたタイ社会のありようは、同じ東南アジアのマレーシアやブルネイというイスラム教国(イスラム教が国教と規定されている国家)や、イスラム教国ではないもののイスラム教徒が国民の約88%と圧倒的多数を占めるインドネシアなどと大きく違うところだ。

イスラム教ではLGBTの存在を基本的に認めてはいない。一種の病気として政治経済社会文化のあらゆる分野で差別、虐待の対象になりうるのだ。

ブルネイでは2019年4月に同性愛や不倫は犯罪であるとしてむち打ち刑、禁固刑そして石打ちによる死刑の適用を決めた。ところが国際社会や人権団体から猛反対を受けて現在その適用は見合わされている。

インドネシアでは同性愛は法律違反ではないが、唯一イスラム法「シャリア」の適用が認められているスマトラ島北部のアチェ州では不倫、同性愛、未成年性交などはイスラム教の規範に反した摘発対象となり、公開のむち打ち刑がよくニュースに取り上げられている。
 
「他者、異教徒」に対してそれを排除するイスラム教と受容する仏教の違い、といってしまえばそれまでだが、そうした宗教の違いが同性愛を含めたLGBTへのその国、社会の許容度と深く関わっているともいえるだろう。

とはいえ、タイ社会でも同性愛、LGBTへの差別は厳然として存在する。兵士、警察官、司法関係者、公務員、大企業などへの任官、就職には「暗黙の差別が存在する」といわれているのも事実だ。年長者の中には「前世の行いが悪い人が現世で受ける報いがLGBTである」と公言する人もいて、仏教の輪廻転生の中でも「差別」を受けている。

また、タイでも深刻なHIV感染と同性愛を無造作に結びつける考え方も根強く残り、それが差別を助長している側面もある。

「LGBTの人たちと友人としては普通に接することができて違和感はないが、家族にそういう人がいるとどうしても困惑してしまう」という考えを持っている人も少なからず残っており、同性愛やLGBTがタイ社会でも完全に市民権を得ているわけではないことを示している。

エンタメ以外の世界でもLGBT採用が広がっている

それでも近年は、社会構造が少しずつだが変容してきている。2019年の総選挙ではタイ史上初のLGBT議員が4人誕生し、同性婚法案を可決させるために活動を強化している。

航空会社でも客室乗務員(CA)のLGBT採用が始まったほか、主要大学では公式行事以外での「自認する性」に基づく制服の着用が認められつつあり、レディボーイ専用のトイレを設置する大学も現れている。2015年にはタイ赤十字研究センターが運営するトランスジェンダー専用の医療機関も設立された。

このように、エンターテインメントの世界や美容・理容業、飲食店業、娯楽業などに限定されていたLGBTの人々が活躍できる場が、タイ社会では確実に増えてきている。

こうした中で、BLが小説から映画、ドラマの世界にまで広がり、男女を問わないタイの若者の心をつかんで市民権を得ていること、そして、多くの国で「タイ流」ブームとしてファンを増やしつつあることは、タイのみならず、世界中でLGBTへの寛容性が一段と高まるきっかけになるのではないだろうか。