今の大戸屋を気に行っている常連客はどう反応するでしょうか?(撮影:尾形 文繁)

日本の外食産業では珍しい敵対的買収が成立しました。9月9日に外食大手のコロワイドが定食チェーン「大戸屋ホールディングス」の46.77%の株式を獲得してTOB(株式公開買い付け)が成立し、子会社化が実現する見込みになったのです。

コロワイドはもともと大戸屋ホールディングスの株式19%余りを持つ筆頭株主でしたが、子会社化を目指して株式を買い増し。大戸屋側は子会社化に反対していました。

株式の過半を押さえなくても大戸屋ホールディングスを連結子会社にできるのは、コロワイドが役員の派遣などによって実質的な支配が可能となるIFRS(国際会計基準)を採用しているからです。

コロワイドはもともと居酒屋の甘太郎から始まった外食チェーンですが、2000年代に入り不振の外食企業をM&Aする手法で急速に成長しました。現在では焼肉の牛角、回転寿司のかっぱ寿司、ステーキのステーキ宮、しゃぶしゃぶの温野菜、ファストフードのフレッシュネスバーガーなどの業態を傘下に構えています。

大戸屋はここ数年、業績が停滞気味の状態が続いていたのですが、2019年度に急速に赤字転落します。さらに2020年度に入って新型コロナの影響で既存店売上高が4〜7月で35%も減少してしまいました。

現経営陣の戦略を選ぶのか、新株主が提案する新戦略を選ぶのか、今回の敵対的TOBはまさにその点を争ったわけですが、結果としては新株主の勝利に終わったことになります。そこで株主や私のような大戸屋の常連客にとっては「これで大戸屋はどう変わるのか?」が次の関心事になるわけです。

大戸屋の未来を占う3つの論点

大戸屋はよくなるのでしょうか。3つの論点を提示したうえで、大戸屋の未来を予言してみましょう。

1. 顧客は現経営陣を支持していた
2. 大戸屋の市場は縮小基調だった
3. 新株主の提案は大戸屋の商品をがらりと変えそうだ

順を追って説明していきましょう。

1. 顧客は現経営陣を支持していた

大戸屋の既存店売上高が対前年同月比でマイナス基調となったのは2015年度の上期からです。半期毎の月次報告を見ていくとわかるのですが、それ以降、直近に至るまで不振が続いています。


ただ、その減少傾向には他の飲食チェーンには見られない、ある変わった特徴があるのです。それはこの減少期間、ほぼ一貫して顧客数が減少している一方で客単価は増加しているのです。2015年度以降の約5年半で例外は2017年度の下期に客単価がマイナス0.2%下がったのと、新型コロナで直近の2020年度上期がマイナス1.6%客単価を下げているだけで、それ以外の期では一貫して大戸屋の客単価は増えています。

実はこれは大戸屋が意図的にとってきた戦略の結果です。大戸屋は品質のよい材料を使って、店舗内で素材を加工調理し、家庭の味を提供する食堂として成長してきました。

野菜はすべて産地を訪問し、農薬や肥料など栽培方法の確認を行ったものを使っています。大戸屋のメニューの特徴はそういった野菜が大きくごろごろと切られてたくさん入っていること。それを店内でひと手間かけて提供します。

中でも国内産のいい食材はここ数年値上がりしていて、特に最近は野菜の値上がりが顕著です。その結果として大戸屋のメニューはだんだんと値上げ傾向になってきています。2014年以前はざっくりと600円台が中心だった定食メニューは現在では800〜900円台で提供されています。

大戸屋ランチ(720円)の廃止が転換点に

その大戸屋が大きく業績を下げたきっかけが2019年4月のメニュー改定でした。このとき人気メニューだった大戸屋ランチ(税込720円)を廃止して同等の新メニューとして大戸屋おうちごはん(同870円)の提供を始めたのです。これをきっかけにそれまで以上に顧客離れが進み、既存店の顧客数の減少は上期でマイナス6.5%まで落ち込みました。

そこで10月に再度メニュー改定をして大戸屋ランチを復活させたのですがその価格は税込み720円から790円に値上げ。結果として2019年10月は対前年同月比で既存店の客数は11.6%減となり下期を通じてみても7.8%減と大幅な顧客離れが進んだのです。最終的にそれまでなんとか4億〜7億円の黒字をキープしてきた営業利益から一転して、この年は約6.5億円の営業赤字決算に転落したのです。

ここで何が起きていたのかを整理します。要するに大戸屋は品質のよい材料をふんだんに使い、それを店内でひと手間かけて提供するという点をずっとぶらさないで続けてきたということです。2018年までは客数が減っても実はそれほど大きく売上高は減ってはいませんでした。これは減った顧客の大半が低い単価のメニューを注文していた顧客だったということです。

そして2019年の値上げでも振り落とされずに残ったのはチョイ高の価格でもいいから安心しておいしい夕食を食べたいという考え方の顧客でした。つまり今、大戸屋に残っている顧客は、今の大戸屋メニューを支持する顧客ばかりなのです。

2. 大戸屋の市場は縮小基調だった

さて、少しだけ話がそれますが、私は大戸屋が大成功している店舗の1つがアメリカのニューヨークの店舗だと思います。

今は新型コロナのおかげで行くことができませんが、以前、仕事でニューヨークにでかけて日本食が食べたくなると大戸屋に行ったものです。そのニューヨークの大戸屋はすごい行列の人気店なのです。

しかしながらアメリカですから価格は日本以上に高い。日本では1000円で食べられる夕食が感覚的にはアメリカでは25ドル(約2650円)くらいになる。それでもニューヨークの顧客は大戸屋がいいというのです。さらに大戸屋はニューヨークで天婦羅まつ井というお店も経営していますが、こちらは2015年以来ミシュランの一つ星です。

日本ではチョイ高市場が中流層の縮小で衰退

その大戸屋が日本では経営不振にある。日米を対比すればわかるとおり、その理由はニューヨークは中流層や富裕層が増加する市場であることと、日本は今や貧困が社会問題になっている市場だということです。

実は日本のかつての大戸屋ブームは、2010年代前半のちょい高ブームに支えられてきたものでした。その当時、ちょっと高くても自分がいいと思う食事やカフェに行って、手の届く贅沢を楽しむことがひとつのライフトレンドとなっていたのです。

ところがこのチョイ高市場は、2010年代中盤以降、アベノミクスによる富裕層と下流層の拡大、いいかえると中流層の縮小によって衰退する市場となってしまったのです。

もちろん縮小したとはいえ大戸屋を支持する中流層は一定規模で存在してはいます。しかし同時にこれはビジネスの定石なのですが、縮小市場でコンセプトもオペレーションも変えない企業はどうしてもジリ貧になってしまうものなのです。

3. 新株主の提案は大戸屋の商品をがらりと変えそうだ

さて、コロワイドの子会社となったら大戸屋はどうなるのでしょうか。コロワイドの野尻公平社長が4月27日にテレビ東京のWBSに出演して、大戸屋の店内調理を批判しました。「セントラルキッチンでやっても変わらないもの、カット野菜なんて変わらないんですよ」と言い放ったことから、わたしを含めて視聴者はコロワイドがやりたいことがそのような方向なのだと受け取りました。

野尻社長は同じく番組内で大戸屋はコロナ以前からメニューが定食ばかりで夜の売り上げが伸びていないことが問題だと語っています。

今年6月25日に開催された大戸屋の株主総会では当時19%の持ち株比率だったコロワイドが提案した役員案は否決されました。しかし今回、持ち株比率が約47%になったことで大戸屋の経営陣の刷新は避けられないでしょう。方向としてはコロワイドから新社長が送り込まれて、コロワイドの意図に沿った新経営戦略に切り替わる可能性は十分にあります。

大戸屋の顧客層はどう変化するか

そしてこれはあくまでこれまでの野尻社長のご発言からの推測ということになるのですが、大戸屋の新戦略が以下のようなものになるとしたらどうでしょう。まず店内調理を見直しセントラルキッチンでの加工に変更することで大幅な生産性向上とコスト削減を行うこと。そして定食だけでなく夜は居酒屋メニューを充実させる。

仕入れ先を見直して、セントラルキッチンで集中加工すれば、よく似たメニューを800〜900円台ではなく600〜700円台で提供することは理論的には可能だと思います。野菜の量や大きさを変えずにうまくやることが重要ですが、できないことではない。

さらに夜はグループで焼き鳥や冷ややっこを注文しながらビールやハイボールでにぎやかに盛り上がる顧客が増えていく。

これまで大戸屋の価格が高くなっていくことで離れた顧客はそれで戻ってくるかもしれませんし、夜などは新しい客層が開拓できるかもしれません。なにしろ日本では新下流層の人口は増えていますし、実際にその価格帯でそのようなコンセプトで運営している競合他社の経営は順調です。

ただ大戸屋の従業員はそのやり方を非常に嫌がるだろうなと推測します。そしてなによりもここまでずっと大戸屋を離れてこなかったチョイ高消費の担い手の中流層がどう動くかは新しい大戸屋も気をつけなければいけないポイントでしょう。

いずれにしても今回はっきりしたのは、株主の論理としては現経営陣が負け、新株主が勝利したということです。必然的に大戸屋は変わらざるをえないことになるでしょう。それは既存客がそれをいいと思うにせよ、受け入れられないと思うにせよ、避けられない未来なのです。