今回から、軍事におけるAIの活用について見ていくことにする。いきなりこんなことを書くのも何だが、「ドッグファイトは男のロマン」ではないだろうか。映画「トップガン」で描かれていたような、あれである。

○DARPAによる「ACE計画」とは?

米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が2019年5月に、ACE(Air Combat Evolution)という計画を立ち上げた。直訳すると「航空戦の革命」で、これだけだと何のことだかわからない。もう少し詳しく言うと、「有人機と無人機を組み合わせた、新たな戦闘能力の実現を企図したプログラム」となるのだが、これでもまだ何のことだかわからない。抽象的すぎる。

ACE計画が企図しているのは、人工知能(AI : Artificial Intelligence)に対する信頼を高めて、人間が受け持つには負荷が高い分野をAIに受け持たせることで、戦術の組み立てみたいな「人間でなければできない仕事」に人間が集中できるようにすること。

その「負荷が高い分野」の例として挙げられているのが、近接格闘戦、いわゆるドッグファイトというわけである。2019年5月17日に企業向け説明会を実施した上で、研究開発の作業に取りかかった。

「ACE」プログラムが目指しているもの 資料:DARPA

「ACE」プログラムの実現イメージ 資料:DARPA

同年11月19日〜21日にかけて、ジョン・ホプキンス大学の応用物理学研究所(JHU/APL : Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory)で最初のトライアルを実施しており、そこからさらにアルゴリズムの煮詰めを進めた。また、2020年3月にはネバダ州のネリス空軍基地にある米空軍のイノベーション拠点AFWERXで、第3次のトライアルを実施したようだ。

当初の計画では、今年の4月に「AlphaDogfight Trials Final」と題した最終試験を実施するはずだったが、8月に延期になった。これもAFWERXで実施しており、、F-16のシミュレータを操るパイロットと格闘戦AIによる一対一の対戦を行った。これについての詳しい話は次回に取り上げる。

ちなみに、このトライアル参加したチームは以下の陣容である。

Aurora Flight Sciences

EpiSys Science

Georgia Tech Research Institute

Heron Systems

Lockheed Martin Corp.

Perspecta Labs

physicsAI

SoarTech

この中でなじみ深い名前というと、オーロラ・フライト・サイエンスとロッキード・マーティンぐらいだろうか。

○敵機はどこにいる?

さて。AIで格闘戦を行うといっても、いきなり送り出して「さあ、やれ」というわけにもいかない。生身のパイロットだって厳しい訓練で経験を積み上げなければならないのだから、学習が求められるのはAIも同じである。

筆者は当然ながら自分で格闘戦に出たことはないので、聞いたり読んだりした話になってしまうのだが。

まず、何はなくとも敵機の位置と動きを把握しなければならない。パイロットはそのために、首をぐるぐる回して周囲の状況を見ている(映画『トップガン』でもやっている)。複座機だと乗っている人数が倍増するので、使える目玉の数も倍増して、状況認識という意味では有利であるらしい。

では、これをAIにやらせるにはどうすればよいか。人間の目玉の代わりに、敵機を探して見つけるセンサーが必要になるはずだ。普通ならレーダーの使用を考えるところだが、あいにくと戦闘機のレーダーは機首に前方向きのものが付いているだけだ。たまに例外があるが、それとて全周をくまなく均等にカバーしているわけではない。

AIM-9XサイドワインダーやAAM-5みたいに、オフボアサイト、つまり機体の真正面以外の範囲まで捜索範囲を広げた格闘戦用空対空ミサイルがある。例えば、真横にいる敵機に向けて撃つよう指示すると、発射したミサイルはそちらに向けて急旋回して飛んでいく。

レイセオンの短距離空対空ミサイル「AIM-9Xサイドワインダー」 資料:US.Navy

その目標指示の手段は、パイロットが被るヘルメットに組み込まれている。パイロットが右の真横を向いて敵機を見つけたら、操縦桿(スロットルレバーかもしれない)に付いているボタンを押すか何かして目標を指示して、情報をミサイルに送り込んで撃つわけだ。

では、パイロットが乗っていなかったらどうするのか? 見つけた後の目標指示はAIがやってくれるとしても、誰が目標を見つけるのか? これが第1の課題。

敵機を見つけて、それがどちらに向けて動いているかを把握したら、パイロットは敵機の動きの“先を読み”、それに基づいて“自機をどこに持って行けば相手を墜とせるか”を判断して機体を操る。その、機体を操る適切なタイミングを読むことを指して“機眼”という言葉を使うパイロットもいる。

また、状況次第では「これはダメだ」と判断して、撃ち落とされる前に離脱する展開になるかもしれない。命あっての物種である。いや、AIに生命はないけれども。

こうした先読みと状況判断が、第2の課題になる。

○AIに先を読ませるには?

極めて端折って書いてしまったが、こうした格闘戦のプロセスをAIにやらせようとすると、何が課題になるだろうか。

まず、先に書いた“敵機の位置と動きの把握”だが、これは基本的にセンサーの問題だ。それに対して、”先読み”と“自機をどう操るかの判断”はAIが受け持たなければならない分野であり、これが最大の課題になると考えられる。

パイロットは、”敵機の動きの先読み”と”自機をどう操るかの判断”を経験の蓄積によって磨き上げている。そうしたノウハウを、どのようにAIに学習させるのか。そして、学習させたものがどこまで通用するのか。たぶん、ACE計画の勘所はそこではないだろうか。

しかも、1対1ならまだしも、複数機同士の対戦になれば、さらに動きは複雑化する。そこでは単なる「尻の取り合い」にとどまらず、1機が囮になって敵機を引きつけておいて、そこで僚機が敵機のオカマを掘る、なんてことになるやもしれない。そこまでAIで対応できるかどうかを見極めなければ、「AIに対するパイロットの信頼」も何もあったものではない。

もちろん、逆にこちら側が複数機の連携によって敵機のオカマを掘る、という場面だってあり得る。そのためには、複数機の間で意思の疎通を図りながらどう連携させるか、という課題を解決しなければならない。

すると、過去の経験・知見を学習させた上で、さまざまな状況を設定したり、生身のパイロットが操るシミュレータと対戦させたりして、AIによる格闘戦のロジックを磨き上げる。それだけでも十分に手間がかかりそうだ。敵機を探知する手段の話は、後回しでもいい。

ACE計画では先に言及した「AlphaDogfight Trial」に続いて、実機を使った実証試験を計画している。そこでは、まず1対1、次に2対1、そして2対2、といった具合に、段階的に機数を増やし、話を複雑にしていくようだ。シナリオが複雑になれば、そこで使用するロジックの熟成にも時間がかかるだろうから、当然の成り行きである。

余談だが、ACEという計画名称。冒頭で書いたように頭文字略語だが、先に名前が決まって、そこに適当な英単語を当てはめた、いわゆるバクロニムの香りがする。なぜなら、昔から戦闘機パイロットの世界では、5機撃墜を記録すると“エース”と呼ばれるならわしがあるからだ。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。