パヴィン・チャチャワーンポンパン氏(写真・本人提供)

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 米フェイスブック(FB)は8月下旬、タイ王室に批判的な団体が運営するページへのタイ国内からのアクセスを遮断する措置を講じた。FBは「タイ政府から強要された」として、対抗措置をとる方針を明らかにしている。

 この「タイ王室に批判的な団体」とは、パヴィン・チャチャワーンポンパン氏(49)が4月に立ち上げた「ロイヤリスト・マーケットプレイス」を指す。元外交官のパヴィン氏は、タイの軍政君主制を批判したことで不敬罪の容疑に問われ、2014年7月に難民申請を行い、日本で亡命生活を送っている。同時に、京都大学東南アジア地域研究研究所に所属し、准教授を務めてもいる。9月8日には、パヴィン博士の「言論・表現の自由」を日本政府が保証するよう、反体制派の学生ら市民団体が署名を在バンコクの日本大使館に提出。日本との関わりは深いのだ。

パヴィン・チャチャワーンポンパン氏(写真・本人提供)

 米ニューヨークタイムズやワシントンポスト、英エコノミスト誌などにも頻繁に寄稿し、欧米社会やアジアでは著名な知識人として知られるパヴィン博士。自身のフェイスブックは約50万人のフォロワーを数え、学生の民主化運動の“アイコン”ともいわれる。「軍事政権と激しく対峙するタイを代表する政治学者」(米タイム誌)とも称される博士に、東南アジア情勢に詳しいジャーナリストの末永恵氏が独占インタビューを敢行し、長期化する反政府運動や王室批判の背景などを聞いた。

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――反体制運動が拡大するタイでは、長年、タブーとされ、最大15年の不敬罪などの罪に問われる王室批判が、かつてない規模で展開されています。「ラーマ10世」ことワチラロンコン国王を主とする王室や、軍政を色濃く残すプラユット・チャンオチャ政権への批判がFBでは数多く投稿され、これを受けたタイ政府が、FBにコンピューター犯罪法(王室などへの言論統制を断行する法的措置)に科すと、強硬にアクセス遮断を迫っていたわけです。その批判の急先鋒がパヴィン博士のグループでした。

「我々のグループを脅威に感じていたのでしょう。なぜなら我々はそこで、タイの最大のタブーである王室の単なる批判だけでなく、王室の政治介入、国王による莫大な王室資産の私有化、王室批判を罰する刑法112条(不敬罪)の撤廃、さらに国連などで問題になっている反政府活動家の行方不明や暗殺などの事件に王室がどう関わっているか、などの問題を議論していたからです。政府は私に対しても『遮断しなければコンピューター犯罪法を科す』と迫っていました。しかし、FBが強制遮断を実行した数時間後には、別のグループを立ち上げました。メンバーの多くは学生などの若者です。遮断されれば、また別に立ち上げるつもりです。タイ政府には『何度遮断されようが、別のグループを立ち上げる』と伝えました。世界のメディアが報道してくれたおかげで、前のグループを上回る、100万人を超える登録者が数日で集まりました。ただ、民主化運動を巡っては今後、流血の悲劇を生む可能性もあります。国際的な支援と(政府への)圧力を求めたいです」

――タイといえば最近、ワチラロンコン国王が、一度、チャオンクンプラ(高貴な配偶者)の称号を剥奪し収監されていた女性(シニーナート・ウォンワチラーパックさん)に、再び称号を与えたことが日本でもニュースになりました。お妃であるスティダー王妃と同様の地位を求める“野心”を彼女が持ったとして称号を剥奪されたのは、つい昨年のことです。一体何が起こったのですか?

「わかりません。誰にもわかりません。我々国民には、何も知らされないのです。誰も国王に近づくことはできません。昨年、チャオンクンプラを剥奪された時も、彼女がどんな罪を犯したのか、どんな法律の下で処分が下されたのか、国民には全くわかりませんでした。一体どのくらい収監されるのか、なぜ弁護士さえも彼女に面会できないのか、もです。ただ、私の認識が100%正しくないということを前提で言えば、要は国王が彼女をいまだに忘れられない、愛しているということでしょう。だから出所させた後、すでに(国王の生活拠点である)ドイツに一緒に戻っていったようです」

――しかし、約100年ぶりに与えられた称号を授与して剥奪し、また授与したわけです。海外生活を送るにも、彼女の世話をする人員など血税の国家予算から支払われるわけですよね。タイの国民は、受け入れているのですか。

「当然、受け入れてませんし、ハッピーではありません。しかし、我々国民は何もできないのです。国王は何でもできるのです、国王ですから」

――しかし、タイ王政では、現在のラーマ10世の祖先であるラーマ6世の時に「一夫一妻制」を敷いていたはずです。現国王の振る舞いは、王政の権威、尊厳、さらには伝統を傷づけることにならないのですか。

「いいえ(笑)。日本では驚かれるかもしれませんが、タイの国民は全く驚きません。彼が皇太子として未来の国王と言われてから40年以上も、彼は1年のほとんどをドイツなど海外で過ごし、好きなことをしてきましたから。国王本人も、(国民の目は)何も気にしていません。これまで現国王は、3度の離婚と4度の結婚をされていますが、初婚の時には2番目の妻を同時に授かり、3番目の妻と結婚した際は2番目の妻と離婚していませんでしたからね」

運動の参加者が求めているもの

――反体制運動についてお尋ねします。きっかけは、昨年末に野党の新未来党のカリスマ党首の議員資格が剥奪されたこと、これに続いて今年2月に党の解党と党首を含む幹部16人の今後10年間の政治活動禁止が、裁判所によって命じられたことでした。昨年の民政移管を目指した総選挙で第3党(野党第2党)に躍進した同党は、特に若者からの支持を集めていたわけです。運動に参加する人々は、なにを求めているのでしょう。

「以前は(2014年にクーデターを主導した元陸軍司令官)プラユット首相の辞任と、内閣総辞職、軍政時代に制定された憲法改正、現国会の解散などを要求していました。が、現在の批判の対象は、政権から国王へシフトさせています。立憲君主制であるタイの国家元首で、現政権を掌握する立場にある国王に対し、王制改革も求めているのです」

――タイの主流メディアの中には詳細報道を控えているところもありますが、8月のタマサート大学などでの抗議集会で学生たちは、王室改革の「10箇条の要求」を掲げています。

「学生たちは、憲法から逸脱した国王を『憲法下』に戻すよう運動しています。誤解のないようにしたいのですが、メディアには『反国王』とありますが、学生は王制を打倒することは望んでいません。あくまでも、王室改革を要求しているのです。例えば、国王は2016年に就任するにあたり、これまで王室財産管理局(CPB)による運用で国家基金としての位置づけだった王室資産を、国王の個人名義に切り替え、600億ドル(約6兆円)という世界の王室のなかでもっとも豊かな資産を確保しました。同時に軍隊の一部を国王直轄下に置きました。学生たちは、こうした権限移譲や予算配分が本来、憲法で定める『国王を元首とする民主主義から逸脱している』と主張しているのです。彼らが掲げる王室改革の10箇条のうちで代表的なものに『国王も刑罰の対象とする』『不敬罪を廃止する』『国王の個人予算を王室予算から切り離す』『国王はクーデターを容認せず、政治介入しない』『国外で失踪あるいは暗殺された反政府活動家の事件の捜査』『国王の神格化教育の廃止』などがあります」

――普段、王室について語ることもできなかったタイで、このような要求は実現するのでしょうか。

「それはわかりません。しかし、ご質問されたように、王室について語ることもできなかったタイの歴史において、今回の学生の動きは『タイの革命』と言えるのです。私は活動家ではなく学者です。FB上に誰もが意見交換できる場を提供しましたが、これは大学教員としては必要な学術的研究対象の一つです。ほかの人たちと同様、学生たちを支持していますが、資金を提供したり、海外の支援団体を紹介するなどといった支援をしているわけではありません。しかし、学生たちは決してあきらめないでしょう」

――学生たちのこうした要求を実現させる強力なリーダーはタイには存在するのですか。例えば隣国のマレーシアでは、マハティール前首相がスルタン(州王)やアゴン(国王)の特権を一部ではあるものの制限し、王制改革を進めました。

「タイにはそうしたリーダーは不在です。本来ならば野党がその任務を果たすべきですが、様々な制裁におびえ、機能していません。しかし、学生たちは街頭での運動を続けることで、さらに多くのタイ国民の賛同を集め、参加を促しています。自らの訴えが国家の緊急課題であると政府や国王にプレッシャーをかけ、最終的には国会で彼らの要求が審議され、実現することを求めています。タイに民主主義をもたらしてほしいと、心から願っているのです。だから私も支持しているのです。民主主義の実現を支持する人を罰したり、殺めたりする人はいないはずです」

――タイにこうした民主主義が実現するのに、どのくらい時間がかかるのでしょうか。

「私が生きている間、一生涯続くかもわかりません。学生たち次第です」

流血への懸念

――8月10日にタマサート大で開かれた抗議集会には、博士はビデオで参加されていました。9月19日にも、同大で過去最大規模(参加者予定5万人=主催者見込み)の反政府、王室改革を求める抗議集会が予定されています。奇しくも9月19日は、2006年にタクシン政権を打倒した軍事クーデターが勃発した日です。さらに今回の抗議集会は8月の時と異なり、1976年10月6日の「10月事件(血の水曜日事件)」で学生が大量虐殺された時と同じキャンパスで実施されるようです。深い意味がありそうですね。

「今の学生たちは、非常に勇敢です。これまでのタイの長い民主主義、民主化運動の歴史もよく知っています。あえて、あの場所を選んだのは、王室、現政権、軍上層部への彼らへの強いメッセ―ジです。絶対、あきらめない、という」

――博士は今回も参加されるのでしょうか。

「学生から招待は来ていません。今の時点では、わかりません」

――招待されれば、参加されますか。

「センシティヴな問題ですね」

――悲劇を生んだ因縁の場所ですが、歴史は繰り返されると思われますか。

「はい、その可能性は十分あります。今は現政権も時間を稼ぎ、法的措置で学生や弁護士などの反政府活動家を逮捕し、粛清し、学生らに圧力をかけ、運動を排除しようとしています。が、強権を使えば、学生はさらに反発するでしょう。政府や軍の堪忍袋の緒が切れた時、最悪の“流血の事態”に発展する可能性はあります」

――プラユット政権は9月に入り、8月に就任した財務大臣が辞任、7月にも複数の主要閣僚が辞任するなど求心力に陰りがみえます。首相辞任や軍事クーデターの噂も飛びかっています。

「プラユット首相は、内憂外患です。(軍部からの圧力も含め)利権争いなどで政権内の問題も多く抱え、反政府運動にも学生の要求に応えることができず、首相としての手腕が問われ、安定した政権運営に懸念の声が上がっています」

――タイは東南アジアで第2位の経済規模を誇り、日系企業が5000社以上進出する日本経済にとって重要な投資先です。海外の投資家も、運動の成り行きを注視しています。

「政権の不安定材料は、タイ経済にとってマイナスです。海外からの投資熱を削ぐ影響はあるでしょう」

――2014年5月のクーデターにより、当時の米オバマ政権など欧米諸国はタイと距離を置き、代わりにタイは中国との関係が経済だけでなく、軍事安全保障の面でも緊密化しています。中国はタイの現状を注視しています。一方、米国は南シナ海など地政学的に重要なタイを刺激し、カンボジアのように中国に依存することがないよう、今のタイの民主化運動を表面的には静観しています。パヴィン博士は、元外交官で英ケンブリッジ大や米スタンフォード大などで教鞭、研究に携わり、学者として国際的にその研究業績が高く評価されています。欧米からの視点もお持ちかと存じますが、海外から運動はどう見られているのでしょうか。

「タイへの民主化と国際関係という位置づけを分けて考えなくてななりません。タイの民主化という意味では、中国はタイの民主化には興味がありません。米国とは同盟関係ですが、今、米国は国内事情に追われています。外交関係という意味では、タイにとって、米中双方は重要な国です。一方、現在のタイ政府はいわゆる独裁体制を敷いているわけで、そういう意味では中国との関わりは非常に重要でしょう。さらに中国にとって、一帯一路の戦略的ルートに組み込まれているタイとは、経済的にも軍事的にも、現政権と関係を緊密にすることは国家的重要課題です」

――米中の動きはアジア諸国に大きく寄与するわけですが、11月の米大統領選で民主党が勝利した場合、タイの民主化運動への関与は期待できますか。

「米国の外交関係において、重要度が高いのは、中近東、欧州、そして中国、日本です。そういう意味ではアジアにおけるタイの重要度は高くなく、政権が変わったからといって、民主化への働きかけが大きく変化するとは思いません」

日本で襲撃され…その後は

――パヴィン博士は、日本で最初の軍政による政治的難民として認定されました。今後も日本に留まられる予定ですか。

「もちろんです。誤解をされている方がいるかもわかりませんが、私は2014年にクーデターで軍事政権が成立する前の2012年に、京都大学から准教授として迎え入れられました。博士号はロンドン大学で取得しましたが、修士号は埼玉大学で授与されました。日本を拠点に反政府活動をするために日本に来たわけではありません。私は大学教員で、教鞭をとることが私の一生涯の仕事で、京大の職は終身雇用です」

――今回、王権護持派の市民団体が複数回にわたり、日本政府に対しパヴィン博士の強制送還を求めています。

「まったく気にもとめていません。彼らが主張することは事実ではなく、法的にも根拠がないことです。私はタイからはパスポートも剥奪され、選挙権もありません。日本から難民として認定されており、日本政府の保護下にあります」

――日本政府や京大から、“おとなしくするよう”、指示を受けていますか。

「いいえ、全く受けていませんし、王室擁護派による私の強制送還に関することも一切、連絡も何も受けていません。私は常日頃、タイ語による執筆物やメディアのインタビューなどでも表明していますが、日本政府、警察などの行政機関、京都大関係者、日本の皆様への感謝の意を伝えています。日本は大好きな国ですし、感謝の気持ちでいっぱいです」

――昨年は、博士が京都の自宅で“何者か”に襲撃され、火傷を負う事件も起きました。

「身の安全については不安もありますが、タイ軍政から逮捕状が発行され、パスポートも剥奪され、東京のタイ大使館に行けば逮捕される可能性もある中で、日本で政治的難民に認定されている立場です。日本政府が守ってくれると信じています。私は警察と居をともにしているわけではありません。自宅の前に警察がいるわけでもありません。そういう意味では100%安全とは感じません。再び襲われるかもしれませんが、日本の警察は引き続き犯人特定など捜査を続けて頂いております」

――今、何を願っていますか。

「タイ政府は、私を“タイ人”と認めたくはないのでしょうが、私は祖国を愛しています。一人の人間として、タイ人として、その祖国に民主主義が訪れることを心から願っております」

パヴィン・チャチャワーンポンパン(Pavin Chachavalpongpun)
京都大学東南アジア地域研究研究所准教授。タイ外交官としてシンガポールやミャンマーなどに駐在。タイ外務省退職後、シンガポール東南アジア研究所(ISEAS)、英ケンブリッジ大、米スタンフォード大で研究、教鞭に携わる一方、米ハーバード大、イエール大、英オックスフォード大など世界有数の大学で講義を行ってきた。2012年より現職。埼玉大修士課程修了、英ロンドン大(東洋アジア研究学院)博士課程修了、博士号取得。タイ政治、国際関係、外交分野が専門。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月12日 掲載