そこには、キャンピングカーを運転している者など誰もいなかった。

「伝説のフェス「バーニングマン」は、かくしてコロナ禍での“ヴァーチャル開催”が奇跡的に実現した」の写真・リンク付きの記事はこちら

実際に動き出したら、なおのこと不気味であろうとは思った。それでも後部座席にひとりで座っているのは少し変な気がしたので、運転席に移動することにした。フロントガラスの向こうには別のキャンピングカーが見え、その先には何台ものクルマが列をなしている。同じようにくねくねと列をなすクルマの一群が、左側にも右側にもできている。わたしたちは皆、座席で待機している。

最初はラジオ放送のように聞こえた音は、実際のところ車列の先頭のほうにある拡声器から聞こえる歓迎のメッセージだった。よく聞き取れなかったが、このキャンピングカーではどこにも行けないことはわかりきっていた。そこで運転席側のドアから飛び降りて9mほど空中に舞い上り、目的地であるザ・ゲートへと向かった。

日焼けと脱水症状以外は何でもあれ

毎年8月から9月にかけ、ネヴァダ州のブラックロック砂漠で30年以上も開催されてきたフェス「バーニングマン」。数え切れないほど多くの参加者がいるこのイヴェントにおいて、参加者全員の唯一の共通体験と言えるのは、おそらくザ・ゲートだけだろう。

雨期には浅い湖になるプラヤと呼ばれる塩類平原に設けられた「ブラックロック・シティ」の会場は広大で、プログラムも多種多様である。そこでは参加者は全員、この同じゲートを通って入場する。

今年のザ・ゲートは例年とは違っていた。今年はヴァーチャルでの開催なのだ(空を飛んだとかいう話をしているのでお気づきだとは思う)。現実世界のバーニングマンは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に冷や水を浴びせられた格好になってしまった。

そんな状況で、デジタル体験を共有すべく8つのグループが立ち上がった。このコロナ禍では、映画館が閉鎖されたことでドライヴインシアターが登場し、バーで飲み明かす体験や即興コメディーの代わりに「Zoom」での会合が広がった。それと同じように、今年のバーニングマンは工夫をこらし、会場に集結してもソーシャル・ディスタンス(社会的な距離)が保てるようになっている。

こうして登場したヴァーチャルなブラックロック・シティである「BRCvr」は、単にブラックロック・シティをイメージした急ごしらえの会場ではない。実物を完璧に再現しているのだ。

アートとアクティヴィティが織りなす100以上の世界からなるBRCvrは、日焼けと脱水症状以外なら何でも体験できるイヴェントになっている。古株の「Burner(バーナー:イヴェント参加者の通称)」と仮想現実(VR)好きの新参者たちが一緒になって、1週間にわたって過激な一体感を体験してもらおうというのがBRCvrの目標だ。

2014年からの取り組みが結実

グレッグ・エドワーズはバーニングマンに参加する前から、そこで何をしたいか考えていた。2014年の話だ。その前年、360度で体験できる「コーチェラ・フェスティヴァル」の制作に着手していた彼は、大規模なイヴェント体験をヴァーチャル空間で再現することの可能性に惚れ込んでいた。

エドワーズは、当時は革命的だったボール紙製のVRガジェット「Google Cardboard」に、バーニングマンがうってつけであることに気づいた。そして8月になり、彼はデジタル一眼レフカメラをもって会場に現れ、隅から隅まで写真を撮ってまわったのだ。

「飛び入り参加でした」とエドワーズは振り返る。「アイデアを思いつくと、何が何でも実現しようとする悪い癖がわたしにはあります。技術が未成熟であと5年は必要と言われていようが、お構いなしだったんです」

実際には5年どころか、6年近くの時間が必要だった。クラウドファンディングサイト「Indiegogo」での資金調達キャンペーンは目標額に届かず、エドワーズのキャリアは同じ“合成現実”の範疇にある拡張現実(AR)へと移ることになる。

偶然の出会いがきっかけに

ところが今年の春、米国が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の現実に直面し始めたころ、友人のダグ・ジェイコブソンから彼に電話があった。誰もが隔離生活を送るなか、誕生日パーティーを皮切りにVRの遊び場をつくったり、イヴェントを開いたりしたくなったのだとジェイコブソンは言う。エドワーズは、うまく使えそうなVRの仕組みをもっていたのだろうか?

彼はひらめいた。

ジェイコブソン自身もバーナーで、このイヴェントを追った有名なドキュメンタリー作品の監督でもあった。実際のところ、エドワーズがバーニングマンに初参加した際にジェイコブソンの撮影クルーとキャンプをしたことが、ふたりの出会いのきっかけだった。

エドワーズは何年も前につくった制作物をアップロードし、ふたりはブレインストーミングにとりかかった。VRデヴァイス「Oculus Quest」を使ってさまざまなソーシャルVRプラットフォームを試していたジェイコブソンにとって、ソーシャルVRアプリ「AltspaceVR」を採用すべきであることは明らかだった。

2016年からライヴイヴェントを主催していたAltspaceVRには、群衆への対応能力に定評があるだけでなく、バーニングマンの“遺伝子”が流れていた。のちに倒産の危機に陥ったAltspaceVRは、マイクロソフトが17年に買収している。マイクロソフトのエンジニアであるアレックス・キップマンが、かつてAltspaceVRの共同創業者であるギャヴァン・ウィルハイトとバーニングマンで出会っていたという事実が、少なからず影響したのだ。

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そして、決定が下された。AltspaceVRのヴァーチャル空間にブラックロック・シティをつくり、ダグ・ジェイコブソンの誕生パーティーを開くことになったのだ。彼の誕生日は4月3日である。それからちょうど1週間後、バーニングマン・プロジェクトは2020年のイヴェントの中止を発表した。

経験豊富なメンバーが次々と仲間に

ジェイコブソンとエドワーズは、パナマで隔離措置により足止めされていた長年の友人アテナ・デモスに連絡をとった(余談だが、彼女はカリブ海での慈善イヴェント「Tribal Gathering」に参加していた。同イヴェントは世界的なロックダウンにより「地球上で最後の祭典」として知られるようになった)。

1999年以来のバーナーで、「LA League of Arts」のメンバーとしても積極的に活動するデモスは、エドワーズが2015年に初めてバーニングマンの主催者に作品を見せたときにも同じ部屋にいた。ジェイコブソンとエドワーズがデモスに連絡をとる半年前、バーニングマンは2020年のテーマが「多元宇宙(マルチヴァース)」になることを発表していた。ふたりの構想を試すときが来たのだ。

デモスは、ヴァーチャル体験にかけては貴重な経験をもつバーナーの友人、レイラ・アミールサーデギーをメンバーに引き入れた。彼女はサンフランシスコで「The Unreal Garden」と呼ばれる大規模なARアート展を監督した経験をもつ。

デモスとアミールサーデギーがそれぞれコミュニティと渉外の担当になり、ジェイコブソンが制作とコンテンツを監督、エドワーズが技術とプロダクトまわりを担当することになった。それから4カ月の時間と変化を経て、メンバーの3人は自分たちの活動を気に入ってくれた大勢のヴォランティアとAltspaceVRの助けを借り、プロジェクトに本腰を入れることとなった。

バーニングマンの世界は広大だが、島国のように孤立した世界でもある。このためアーティストの参加者が殺到した。VRで初めて仕事をする参加者が過去のフェス用につくったインスタレーションのCADデザインを共有したり、バーニングマンに初参加のVRアーティストがこのイヴェントの「10の原則」にぴったりのサイケデリックなドームをつくったりしたのだ。

アンドロイド・ジョーンズのように、参加者たちのギャップを完璧に埋めるアーティストもいた。バーナーであり、デジタルアーティストでもあるジョーンズは、自身の奇抜な360度作品「Samskara」をドームの中に持ち込み、参加者が地面に寝転んで映像に身を委ねられるようにした(実際に地面に寝転んで幻覚状態のような体験をした。ハイにならずにそういう体験ができたのである)。

100以上の異なる世界

こうして8月30日の日曜、1週間にわたるプログラムがBRCvrで正式に幕を開けた。

これまでのところザ・ゲートを通過した来場者は、100以上の異なる世界を体験できる。なかには「Museum of No Spectators」のように、もとは現実世界のバーニングマンのために企画されていた作品もある。単刀直入なネーミングの巨人の作品「The Man(ザ・マン)」が載ったパヴィリオンをデザインしたケイト・グリーンバーグも、BRCvrのために過去の作品を再現している。

しかし、ザ・マンを再現するだけで済ませたくなかったエドワーズは、パヴィリオンの周りに出入り口を設置し、来場者が過去数年分のインスタレーションを観賞できるようにした。BRCvrにおいて、VRは空間だけでなく、時間までも崩壊させる手段として用いられている。

今年のバーニングマンを体験する方法はそれだけではない。イヴェントの公式団体は企業と提携し、ウェブブラウザーからアクセスできる「Build-A-Burn」のようなインスタレーションから、BRCvrのように精巧にイヴェントの環境を再現したものまで、8種類の方法を通じてバーナーやこのイヴェントに興味をもった人たちがデジタルで楽しめるようになっている。

なかには有料の作品もあるが、BRCvrのメンバーにとって有料化はバーニングマンが掲げる「反コモディティ化」の原則に反する。Zoomでメンバーに取材したが、ヴァーチャル版バーニングマンのどんな瞬間が心に残ったかを語るときの彼らの切ない表情は印象的だった。

アミールサーデギーは、「Temple Empyrean」の前にひとりで立ち、孤独に浸った時間を挙げた。ジェイコブソンにとっては、DJの生演奏と雑談で盛り上がったベータ版イヴェントのパーティーがそれだ。

デモスは、会場の中心にアヴァターとして自分が出現し、南の方角にヴァーチャル版「Man」がそびえ立っている様子を見た瞬間だったという。「その場に立ってこう思ったんです。『ああ、これだ。ただいま』とね」

本物の“何か”を求めて

言葉では言い表せないバーニングマンの本質を捉えようとしていたエドワーズにとって、ようやく技術の進歩が追いついたということになる。だが、実際はもっとシンプルなものだった。

「なにしろ長い時間かけて取り組んできたわけです」と、エドワーズは言う。「この世界に飛び込むと、自分がつくったポリゴンが、頂点が、テクスチャーが見えるんです。ヴァーチャル版バーニングマンの小さな空港に飛び込んだとき、初めて郷愁を感じることができました。わたしはVR空間にいることを完全に忘れていました。初めてバーニングマンに参加したあのころに、10分間のフライトのために灼熱のなか友人と5時間も飛行機を待っていたあのときに自動的にテレポートしていました。それはわたしにとって最も素晴らしい午後のひとときのひとつでした。わたしは一瞬であのころに戻っていたんです」

確かにVRでは精神を拡張したり、地球の反対側の人とつながったりできる。だが、VR内での空港の待ち時間がプルーストの小説のように過去を生き生きと蘇らせてくれたなら、あなたはそこで本物の“何か”に触れたと言っていいだろう。

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