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 阪神・藤川球児が投げるストレートについて、以前、ある選手がこんな表現をしていたことがあった。

「真上から投げ下ろしてくるのに、アンダーハンド投手のストレートみたいにホップしてくる。途中までは打ちやすい高さに見えるのに、いざ振り始めようとするとボールがホップしてきて、結局ボールの下を空振りしてしまうんです」

 かつて駒大苫小牧高時代の田中将大(現ヤンキース)が、夏の甲子園でこうした快速球を投げていたが、藤川はプロの一流の打者を相手にやっていたのだから、いかにすごいかがわかる。その快速球は「火の玉ストレート」とも呼ばれ、打者はわかっていてもバットに当てさせることさえ許されなかった。

 そんな藤川のピッチングを見て、教わったことがある。それが"高め"の使い方である。

 野球の世界には「高めはダメ。低めにボールを集められる投手がいい」という概念がある。昭和の時代から野球をやっていた私たちの世代はもちろんのこと、もしかしたら今もその教えは続いているのかもしれない。

 たしかに「低めに集められるのがいい投手」というのは、今も変わらない。打者の目から遠く、ゴロになりやすいということは、つまりホームランをもっとも避けられるコースであるということだ。

 一方で、高めは本当に危険なゾーンなのだろうか。

 藤川のピッチングで印象的だったのは、打者のベルトよりも少し高い位置から胸元ぐらいの高さのストレートで空振りを奪っていたことだ。全盛期の藤川は、わざとその「高めゾーン」を利用して、強打者たちを手玉にとっていたようにも見えた。

 よく見ると、打者がじつに窮屈なスイングをしている。実際、胸元の高さに合わせてスイングしてみたが、投手寄りの脇が甘いと、その高さにバットが入らない。この高さを打つには、投手寄りの脇をしっかり締めて、バットのヘッドを立てるようにして、グリップをボールの下にくぐらせて、ようやく胸元のゾーンにバットを入れられる。

 結局、そんな窮屈なスイングになってしまうから、強く振れないし、ヘッドも走らない。

 じつは高めは、打者にとって打ちづらいゾーンなんじゃないか......藤川のピッチングを見て、そう確信した。

 ただ、だからといって、誰もが藤川のようなピッチングをできるわけではない。あの高さのボールは少しでもコントロールミスすると、じつに危険な球なのだ。それでも藤川が果敢に攻められたのは、あれだけのスピードと強烈なバックスピンをボールにかけられていたからだ。

 投手たちの球速は、時代とともにぐんぐん進化している。以前は、高校生が140キロを投げれば、それだけで記事になるほど希少だったが、今は140キロを投げたって誰も驚かない。それどころか150キロを投げる投手も次々に登場し、プロになれば160キロも未体験ゾーンではなくなっている。

徹底した食事管理とトレーニングで筋力を上げていけば、140キロを150キロにするのは可能だ。しかし、140キロや150キロの球が簡単に当てられ、弾き返されるシーンが何度もあった。

 だが、野球はスピードを争うスポーツではない。打者を圧倒するには、"表示速度"ではなく"体感速度"が大事なのだ。

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 同じ150キロでも、藤川のボールとほかの投手のそれとは何が違っていたのか。それがボールの回転数と回転軸の向きである。回転軸の向きとは、ボールの"地軸"が地面に対して水平に近いほど重力に逆らっているわけで、つまり多くの打者が口を揃えていた「藤川のボールはホップしている」の正体である。

 わかっていても空振りを奪えるストレートを投げられる理由は、パワーだけじゃない。投げる"技術"だ。そのことも藤川のピッチングから教えてもらったような気がした。今シーズン限りの引退は寂しいが、藤川のピッチングはいつまでも色褪せることはない。