川崎重工業が開発中の自律型無人潜水機が、全樹脂電池の採用第1号となった(写真:三洋化成工業)

スマートフォンなどのモバイル機器やEV(電気自動車)の動力源として欠かすことのできないリチウムイオン2次電池。その次世代技術の1つである「全樹脂電池」が注目を集めている。手がけるのは2018年に設立されたスタートアップ企業のAPB(東京・千代田区:堀江英明CEO)だ。

川崎重工業が商品化を予定している自律型無人潜水機(AUV)での搭載が決まり、その実証実験が7月から始まった。全樹脂電池の初の採用例だ。AUVは海底ケーブルやパイプラインなど海中設備の保守・点検のための無人潜水機で、水中で長時間作業するには大容量の電池が必要になる。そこで川崎重工業は、従来の電池よりも大容量で、耐水圧性にも優れている全樹脂電池の採用を決めた。

『週刊東洋経済』は8月17日発売号で「すごいベンチャー100 2020年最新版」を特集。APBを含め、ウィズコロナ時代に飛躍するベンチャーを100社厳選し、『東洋経済プラス』でもそのリストを掲載している

樹脂で作った電池の3つのメリット

リチウムイオン電池は、正極と負極の間をリチウムイオンが行き来することで充電や放電が行われる。全樹脂電池も充放電の仕組み自体は同じだ。

ただし、現行のリチウムイオン電池が多くの金属材料を使用するのに対し、全樹脂電池は、その名の通り、電極を含むほぼすべての部材を樹脂で成形している点が大きな特徴。正極・負極の活物質をゲル状のポリマーで覆い、集電体も樹脂化している。


「全樹脂電池は究極の電池」と話すAPBの堀江CEO。三洋化成工業の全面的な技術協力を得て、実用化に漕ぎ着けた(記者撮影)

全樹脂電池の開発・考案者でAPBのCEOを務める堀江英明氏(63)によると、樹脂化のメリットは3つある。

まず1つ目が安全性だ。リチウムイオン電池は強い衝撃や圧迫などで短絡(ショート)すると、金属の集電体に一気に大電流が流れる。500度以上にまで過熱し、発火などの事故に繋がるリスクがある。これに対して、全樹脂電池は「金属部材の代わりに抵抗の大きな樹脂を用いているため、短絡が起きても一気に大電流が流れることはなく、安全性が非常に高い」(堀江氏)。

2つ目が製造コストだ。リチウムイオン電池は材料の調整からモジュール化まで約20の製造工程を経るが、全樹脂電池は製造プロセスがシンプルで工程数は約半分。設備投資の負担も軽く、量産時には大幅なコスト低減余地があるという。

さらに3つ目の利点として、堀江氏は電池自体の性能面を強調する。「全樹脂電池は従来型のリチウムイオン電池よりもさらにエネルギー密度が高く、2倍以上の電池容量を実現できる。加えて、電極の厚膜化が容易で、セルの大型化や形状の自由度が高い」(同)。

堀江氏はかつて日産自動車のエンジニアで、排ガス浄化触媒やEV(電気自動車)用電池システムの研究開発に長年従事。2010年に発売されたEV「リーフ」でも途中まで電池の開発を担っていた。母校の東京大学に招かれて2007年に日産を退社し、同大学の人工物工学研究センターで准教授、生産技術研究所では特任教授として、次世代型電池の研究に取り組んだ。

理想の電池として、早くから全樹脂電池の構想自体は抱いていたが、大きな壁になったのが樹脂の技術だった。電池に最適な材料を見つけ出すには、樹脂の合成や設計に関する高度な知見が欠かせない。そうした中、堀江氏の講演を聴いた三洋化成工業の技術者が訪ねてきたのをきっかけに、構想が実現に向けて動き始めたのだという。

三洋化成工業は、紙オムツ用の高吸水性樹脂や潤滑油添加剤、トナー原料など機能材料を得意とする化学メーカーだ。当時、同社は樹脂のノウハウを生かせる新たな事業を探していた。こうして、堀江氏と三洋化成工業による共同研究開発が2012年にスタート。それから試行錯誤を経て、世界で初めて全樹脂電池の実用化にメドをつけた。


2020年3月、福井県で開いた工場新設会見の様子。中央が堀江氏、左は三洋化成工業の安藤孝夫社長、右は杉本達治・福井県知事(写真:三洋化成工業)

この次世代電池技術は産業界から大きな注目を集め、今年春に横河電機や大林組、帝人、長瀬産業など7社から計80億円の出資が集まった(6月には追加で豊田通商も出資)。いずれも材料の取引や電池システムの設置など、事業面でのメリットに期待した企業による出資だ。

APBはこの増資で得た資金を活用して、量産化のための工場の準備を進めている。これまでは三洋化成工業のパイロットプラントで試作品を作ってきたが、福井県越前市に自社工場用の土地・建屋を取得。2021年春までに生産設備の導入を終え、来秋をメドに電池モジュール製品の商業出荷を開始する計画だ。

ターゲットは再生エネ用の大型蓄電池

堀江氏がこの次世代電池技術で狙う用途は、太陽光などで発電した電気を貯めておく定置用の大型蓄電池だ。

太陽光や風力発電など世界的な再生可能エネルギー導入拡大により、その電力をいったん貯めて有効活用する蓄電池のニーズも高まっているが、実際の普及はさほど進んでいない。現行のリチウム電池で大型定置用を作るとコストが高く、異常時の安全性にも課題があるからだ。電池が大きくなればなるほど、エネルギー容量が増し、事故が起きたときに大惨事になりかねない。

「製造工程がシンプルな全樹脂電池なら、大幅な製造コストの引き下げが可能。安全性も格段に高く、定置用蓄電池の普及に大きく貢献できる」と堀江氏は自信を見せる、実際、再生エネ導入が進む欧米のエネルギー関係企業などから多くの問い合わせが寄せられており、早ければ来年、こうした企業と大型蓄電池の実証実験を開始する。

堀江氏は元日産のエンジニア。その経歴を考えれば、これから本格的な普及期を迎えるEV用途も注力領域かに思えるが、本人曰く、車載用は当面考えていないという。「車載用の電池はレッドオーシャン(血で血を洗う競争の激しい領域)。そこにいきなり飛び込んだら、大変なことになる。まずは定置用の大型蓄電池で事業の基盤を確立するのが先決。それができたときには圧倒的なコスト競争力を有し、車載用での展開も見えてくる」。

「10年後に5000億円の事業規模へ」

堀江氏と二人三脚で実用化に漕ぎ着けた三洋化成工業としても、全樹脂電池に対する期待は大きい。累計で数十億円の研究開発費を負担し、2019年には資本業務提携を結んでAPBに出資。今春の大型増資で出資比率は薄まったが、それでも4割以上の株式を保有する筆頭株主だ。APBは関連会社の位置付けで、三洋化成工業から約40人の研究技術者を派遣している。


全樹脂電池は設計の自由度が高いのも大きな特徴。ハイポーラ積層型で、写真のようにシート状の電池を何層にも重ねて大容量化できる(写真:APB)

「当社にとっても、全樹脂電池のような社会を変えるほどのイノベーションはかつてない大きなチャレンジ。この技術には自信を持っていて、大いに期待している。定置用の大型蓄電池の潜在需要は大きいので、10年後には5000億円ぐらいの事業規模にしたい」(三洋化成工業の安藤孝夫社長)

事業が成功するためには、現在準備中の第1号工場を予定通りに立ち上げ、効率的な量産技術を早期に確立することが課題になる。APBのロードマップによると、さらに次のステップとして、巨大な第2工場を2020年代半ばまでに立ち上げ、スケールメリットを発揮する考えだ。そのときにはリチウムイオン電池の半分以下にまで製造コストを下げるシナリオを描いている。

「全樹脂電池は現時点で考えうる理想的な究極の電池。この技術によって、エネルギー分野でイノベーションを起こしたい」と語る堀江氏。元日産エンジニアが抱く壮大な夢は、果たして実現なるか。