「将来は有名になりたい」。そんな夢を語る若者がいる。小泉進次郎環境相は「有名になることが目的だったら、もし有名になれたとしても身も心ももたないと思う。いまの私は自由に一人でスタバにも行けない。政治の世界は嫌なことが9割。しかし、やりたいことがあれば耐えられる」という。元自民党政務調査会調査役の田村重信氏が聞いた--。(第2回/全2回)

※本稿は、田村重信『気配りが9割 永田町で45年みてきた「うまくいっている人の習慣」』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

写真提供=飛鳥新社

■「跡を継げ」と言われたら参っていたかもしれない

【田村】ここからは「生き方」という観点でもお話を聞かせてください。進次郎さんは「自分で決めることが大切だ」といわれています。

誰にいわれるわけでもなく、自分で自分の仕事を探していたそうですね。お父さん(小泉純一郎元総理)の選挙を手伝っていたころは、事務所にきたお客さんの車を磨いていたこともあったとか。聞いたところによると、誰が指図したわけでもないのに、そのように行動していたとか。

【小泉】そんなこともあったかもしれませんね。結局、自分で決めてやるしかないのです。私は政治家になることも自分で決めました。だから逃げられない。もし父から「俺の仕事を継げ」といわれていたら、私も精神的に参っていたかもしれません。

実際に政治家になって、いかにこの仕事が大変か分かりました。また、マスコミ関係者には申し訳ないですが、嘘を書かれることもあります。しかし、そういった状況のなか、時には聞こえないフリをすることも大切です。なぜ政界で強い気持ちを維持できるかといえば、どれだけ犠牲があっても、この世界で生きることを選んだのは自分なのだと思えば耐えられます。だからこそ、自分で決めるのが大切なのです。

■「学校を辞める」か「校則を変える」かは自分で選べる

【田村】私が見てきた大物政治家たちも、たしかにそうでした。みんな信念がある。なぜ信念があるかといえば、自分の道は自分で決めているからです。

田村重信『気配りが9割 永田町で45年みてきた「うまくいっている人の習慣」』(飛鳥新社)

【小泉】私が自分のことは自分で決めると考えたのはいつからなのかと振り返ってみると、中学生のころでした。当時、学校の校則が面倒臭いと感じていました。制服や髪型に細かい決まりがあるからです。好きなようにすれば良いのではないかと感じて、家でも校則はおかしいのではないかといっていたのです。すると私の話を聞いていた叔父が以下のようにいいました。

「お前が希望してその学校に入ったのだろう。どうしても嫌なら辞めればいい。辞めたくないなら、お前が校則を変えろよ」

こういわれて腑に落ちたのです。そのとおりだと。先述のとおり、小学校から関東学院に通っていたから、自分の意思というよりは、親が決めたのだとは思います。しかし、中学校、高校と進学したのは、間違いなく私の意思です。嫌なら高校に進学しないという選択もできたわけですから。だから高校に通うのも辞めるのも自分次第。でも私は退学するつもりはなかった。だったら自分で校則を変えるしかないと、そう気がついたのです。このときの経験は、いまも強烈に心のなかに残っています。

■誰かに相談することは最大のデメリットも生む

【小泉】わたしは以前、ある学生から進路について相談をされました。学生の両親も同席していました。話によれば、大手企業二社から内定をもらったといいます。そのうち一社はグローバルに展開している会社で、業務内容も幅広い。もう一社はローカルに根付いた業務を行っている会社でした。

その学生は後者の会社に興味があるようでした。しかし、両親は将来のことも考えると、グローバルな企業のほうが良いのではないかと考えていた。そこで私はどう思うかと相談してきたわけです。

私の答えは簡単です。「あなたが自分で決めることだよ」と。両親の前でこんなことをいうのは申し訳なかったですが、「親のいうことを聞くのではなく、自分で決めなさい」といいました。確かに両親の考えも理解できます。業務が幅広ければ、もしその会社を辞めても潰しが効くことでしょう。それも大切なことだと思います。

入社後、良い環境で仕事ができたら万々歳です。しかし、親のいうとおりにグローバル企業に入社して、もし上司や同僚とうまくいかなかったらどうなるか。きっと親のせいにするでしょう。「俺はこんな会社に入りたくなかったのだ」と。ところが、もし自分で決めていたら、たとえうまくいかなくても、自分で選んだ道なら誰かのせいにしない。だから自分のことは自分で決めたほうがいい。

■自分で決めれば、納得できる

【田村】最近は、子どもだけでなく、親たちも、何かを決めることを放棄していることがあります。

【小泉】そうかもしれません。自分で決めれば、納得できる。いまでもこの思いは強く持っています。何かに悩んで決断を下すときは、必ず自分で決める。時には相談しないほうが良いこともあると感じています。

【田村】確かに政治家は、最後は自分で決めなくてはなりません。私は橋本氏の他、野中広務氏や小沢一郎氏ら多くの政治家に仕えてきました。また、自社さ連立政権のときには、社会党の村山富市総理のサポートもしました。多くの議員から、主に政策や法案の件で相談を受けました。いま振り返ってみると、大物であればあるほど、最後は自分で決めていたように思います。

進次郎さんが最後は自分で決めるというのは、約3年間にわたってアメリカで生活した影響もあるのでしょうか? そういえば、純一郎氏は進次郎さんに「孤独を大切にしろ」といわれていたのですよね?

【小泉】私にとって初めての一人暮らしがアメリカでの生活でした。周りには家族もいない、友人もいない、親戚もいない。おまけに言葉も通じない。だから最初は大変でしたよ。料理や洗濯も自分でしなくてはならないし、日本だったら当たり前にできることも、言葉の壁があってなかなかできない。ただ、そういった環境の下で生活することで、成長したのは間違いないですね。

【田村】その経験があるから、自分のことを自分で決められるのですね。

■政治家になって失った「大切なもの」とは

【田村】そのほかに、普段の生活で大切にしていることはありますか?

【小泉】自分と向き合うこと。自分と向き合わなければ、毎日が無思考のまま過ぎ去ってしまいます。だから毎日、いかにして自分の時間を作るかを大切にしています。特に政治家になってから、放っておくとどんどん予定が埋まっていきます。すると、予定をこなすだけの毎日になってしまう。だから「予定を入れない」「人と会わない」ことも大切な仕事なのです。

【田村】橋本氏とお父さん(小泉純一郎氏)は、夜の会合は一日一件しか行かないことで有名でした。自分の時間を確保するためです。これによって「あいつは付き合いが悪い」と陰口を叩く人もいます。確かに政治家には付き合いも必要です。しかし、付き合いを重視して身体を壊してしまうのでは本末転倒です。橋本氏はどんなに忙しい時期でも、大好きな推理小説を読む時間を取っていました。

■予定がないと不安になる人は政治家に向かない

【小泉】一人ひとりに個性があります。だから他人がどんな生き方をしていても、それに対してとやかくいうつもりはありません。ただ、予定が埋まっていたり、誰かと会っていたりしないと不安になるという人は、政治家には向かないと思います。

【田村】なるほど。リーダーとなる人は、孤独のなかでどう決断するか。それが非常に大事ですね。若い読者が憧れの進次郎さんになるには、まずは自分と向き合うことから始める。

【小泉】自分と向き合う、自分を知るということは難しいですけどね。一つ言えるのは、自分が有名になるのではなく、有名人を見る側のほうが良いですよ。これは間違いない。

【田村】プライバシーがないからですか? そういえば安倍晋三総理の父である安倍晋太郎さんやお父さんの純一郎さんら、有名な政治家の遊説に随行すると、どこに行っても人が寄ってきて大変でした。一度、乗っていた選挙カーが取り囲まれたこともあります。駅でも新幹線の車中でも街中でも、とにかく人が寄ってきて声をかけてくる。しかし、邪険に扱うわけにもいかないので、いつも笑顔で返していて、本当にすごいなと思いましたよ。

■「有名になりたい」では心身がもたない

【小泉】若い人に将来の夢を聞くと、「有名になりたい」と答える人もいるでしょう。しかし、有名になることが目的だったら、もし有名になれたとしても身も心ももたないと思う。重要なのは何をやりたいかです。そのやりたいことを実現させて、結果として有名になったというなら耐えられます。

【田村】有名になりたいという浅はかな考えでは、有名になったあとに必ず問題を起こします。やはり政治家になる人間は、この国をどうしたいのか、明確な考えがなければなりません。しかし、最近はそんな政治家が減っているように感じます。政治家が職業になってしまっている……。

【小泉】最近、よく頭に思い浮かべるのは「人生トントン」という言葉。まさにそのとおりだと思います。例えば政治家をやっていると、大半の人が会えない人物に会えたり、行けない所に行けたり、あるいは見られないものが見られたりします。しかしその一方で、大半の人が当たり前にできることができないのです。

【田村】自由がなくなりますからね。

■オープンテラスで読書する時間を恋しく思う

【小泉】なぜ、私がスターバックスのマグカップでコーヒーを飲んでいるのか。それは、もう自由に一人でスタバに行けないからです。政治家になる前の私は、カフェのオープンテラスでコーヒーを飲みながら読書するのが大好きでした。しかし今は、難しい。春の暖かい日に、オープンテラスで桜を見ながらコーヒーが飲んだりできたら、どれほど幸せだろうかと、そう考えるときもあります。

写真提供=飛鳥新社

【田村】だけど自分で政治家になると決めたのだから、誰のせいにすることもなく、仕事を全うできるのですね。

【小泉】まさにそのとおりです。もし親や他人に決められていたら、とても続けられませんよ。

私は政治の可能性を信じています。政治家にしかできないことがたくさんある。それを感じる瞬間は、ものすごく少ないですよ。正直、嫌なことのほうが多い世界です。田村さんの本のタイトルは『気配りが9割』ですが、政治の世界は「嫌なことが9割」かもしれない(笑)。だけど、「このために我慢してやってきて良かった」と思う瞬間があります。その瞬間は、何ものにも代えがたい。

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田村 重信(たむら・しげのぶ)
政治評論家、元自民党政務調査会調査役
1953年(昭和28年)、新潟県栃尾市(現長岡市)生まれ。拓殖大学政経学部卒業後、宏池会(大平正芳事務所)を経て、自由民主党本部に勤務。政調会室長、総裁担当として橋本龍太郎に仕え、日本政治の中枢を裏方として支え続ける。政務調査会の調査役、審議役等として外交・国防・憲法・安全保障等の担当を歴任。慶應義塾大学大学院法学研究科非常勤講師も15年にわたり務めた。
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(政治評論家、元自民党政務調査会調査役 田村 重信)