その格差はどこから来たのか(写真:Wacharaphong/iStock)

1990年代半ばから2000年代前半の「就職氷河期」。その影響を全面に受けた世代が今、大きな格差に直面している。一度レールから落ちてしまった人に厳しい日本社会の特徴が、就職時期に「機会の平等」を享受できなかった中年世代の上に重くのしかかっている。

しかし、それは決して特定の世代の問題ではない。格差問題に取り組み続けている橘木俊詔氏の新刊『中年格差』から、本書の一部を抜粋・再編集してお届けする。

今の中年世代は若い頃に就職探しに苦労した

2019年の末に、兵庫県宝塚市は中年世代(30代半ば〜40代半ば)を対象に、正規職員3名を募集した。なんと1816名の応募があった。受験者1600名ほどで採用が4名だったので、競争率は400倍という想像を絶する過酷さであった。中年世代でまともな職を希望する人が実に大人数いることの象徴であった。

今の中年世代は、就職氷河期に求職したが、正規としての仕事が少なく、多くの人が無職か、職があっても非正規という仕事が多かった。これらの中年世代は、今、経済的に困窮しているのに加えて、社会的にも不利な人生を送っている。

例えば結婚できないでいるとか、社会保障制度に加入できないとか、引きこもりになるとか、不安な人生を送っている人が少なからずいる。その証拠は、中年世代における自殺率と離婚率の高さによって確認できる。

その源泉をたどれば、これらの人が若い頃に就職探しに苦労したことに原因がある。それは就職氷河期(1993〜2005年)と称される時代に就職しようとした若者であり、それらの人が今の中年になって、種々の課題を背負いながら生活をしていることを意味している。

就職氷河期とは何であり、どういう時代であったか。

就職氷河期を理解するには、まずは日本の労使関係の特色を理解しておいたほうがわかりやすい。かつてOECD(経済協力開発機構)は次の3つを日本の労使関係の「三種の神器」と称した。

終身雇用
年功序列
企業別労働組合

日本の高度成長をもたらした要因の1つとしてこの特色を積極的に評価したのであった。終身雇用(長期雇用)は労働者が1つの企業に長い間勤務する、年功序列は労働者の賃金や昇進を勤続年数に応じて決定する、企業別労働組合は欧米のように産業別や職業別に労働組合を結成するのではなく、1つの企業に勤める労働者だけで1つの労働組合を組織する、ということである。

この3つの制度、実は大多数の労働者に該当するのではなく、それほど多くの労働者がこの制度の中にいるのではない。

なぜならば、これらは大企業に主として見られる現象であるが、よく知られているように、日本企業では中小企業で働いている人のほうがはるかに数は多いからである。しかし重要なことは、中小企業を含めた日本の企業において、この3つの制度を理想型ないし標準型とみなしていて、できればそうでありたいと希望していたことだ。

この3つに加えて、ここでもう1つの重要な制度を4つ目として述べておこう。就職氷河期と直接関係のある制度として、「新卒一括採用方式」の存在である。これは学生が3月の卒業後、4月に企業によって新規採用される制度である。もとより中途採用もかなりあるが、新卒生を年に1度、大量採用するのが日本企業の特色であった。

解雇が容易でない日本企業は新卒採用を絞った

この制度は企業が不況に陥ったときに、新規採用を抑制するという手段を用いるのを促す特色を有する。企業経営が不振になると労働費用の削減が迫られるが、解雇が容易でない日本企業では採用数を減らす作戦に出ざるをえない。

そのときに直接の影響を受けるのが新卒生であることは当然となる。バブル崩壊後の1990年代初頭に日本企業は長期の大不況に陥り、新規学卒の採用数が大幅に減少した。それがまさに就職氷河期に相当するのである。そしてその効果が、当時新卒生だった人が今の時期の中年期、そして後の高年期まで続くのである。

この時期に大卒と高卒の新卒生がどれだけ就職に苦労したかを確認しておこう。最近の就職率、戦後から現代までの、大卒と高卒の就職率を見てみよう。

まず大卒であるが、バブル崩壊直後の1990年はまだ不況の影響がなかったので、81%という高就職率である。その後不況が深刻になると、就職率は急な低下を示すようになり、最悪時の2004年にはなんと56%にまで落ちた。半分弱の大卒生が職を見つけられなかったという深刻さであった。


これだけ就職者の数が減少したのに、そういう人はどこに行ったかといえば、大学院に進学した人が10%前後、就職を諦めて自営業になった人、家事手伝いになった人(女性に多い)、失業者になった人、非労働者になった人、などさまざまである。

いずれにせよ雇用者になれなかった人が就職氷河期には数多く出たのであり、こういう人は経済的に苦しい生活を強いられるようになった。さらに雇用者になった人でも、正規社員ではなく非正規社員に甘んじる人も相当いた。この人々も苦しい経済生活を強いられたのは確実である。


高卒について簡単に述べておくと、1965年あたりは就職率がとても高く、その後一貫して低下を示した。現在では新卒高校生の20%ほどしか就職しておらず、これは大学進学率が大幅に高まったことの反映である。家計所得の豊かさが増したので、現在では高校生が大学に進学したいと思う希望を、満たすことができるのである。

新卒者の就職内定率で見てみると?

実は就職氷河期の深刻さを端的に示すには、新卒者の就職内定率のほうがより直接的だ。


まず大卒について、最悪に近い年代は2000年の91.1%であり、これは先ほど述べた大卒就職率が最低の年である2004年に近いので、この時代が「就職氷河期の最悪期」に相当する。なお大卒の内定率が大きく変動していない理由は、不況が深刻だと新卒大学生が求職をしても見つからないだろうと諦めて、求職をやめるか大学院に進学する希望に変わるからである。とはいえ2000年を過ぎると、少しは内定率が高まったことがわかる。ただし、2010年を過ぎると、再び多少の減少を示した。


高卒に注目すると、大卒よりも内定率の変動が厳しい点に気がつく。企業は不況への対策の1つとして新卒生の採用を減らすに際して、大卒よりも高卒をその対象とする可能性が高い。それは大卒には幹部候補生が多いので、長期的な人事政策の関点から不況でも大卒をできるだけ採用するからである。高卒に関しては、現業で働く人が多いので、高卒の採用を減らして非正規の労働者で代用する策を取る可能性が高い。

就職氷河期に求職時期を迎え、失業者になったり、非正規労働者になったり、あるいは不本意な仕事をする職に就いている人たちが、中年になっても労働条件なり生活振りがなぜ好転しないのか、その理由を探究しておく必要がある。それはすでに述べた日本の労使関係の特色から説明できる。

どういうことかというと、新卒採用のときにいい職(例えば、正規雇用や大企業で働くということ)に就けなかった人、あるいは失業者や非労働者になった人は、その後に転職してもっと好ましい職に就いたり、あるいは新しい雇用先を見つけたりするのが困難なのが日本の労使関係なのである。

新卒一括採用が主なので、学校卒業後に何年間か経過した人を新しく採用しないのが日本企業だからである。新規学卒と終身雇用(長期雇用)が原則なので、中途採用をなかなかしないのである。たとえ中途採用をすることがあったとしても、企業はそれらの人を基幹労働者とみなして将来の幹部候補としての扱いをしない。これも終身雇用と年功序列のなす処遇なのである。

ここで述べたことを換言すれば、幸いにして新卒のときにいい仕事なりいい企業に就職できた人は、恵まれた企業人生活を送れるが、新卒のときにそれを成し得なかった人は、その後の人生でも復権がならず、半永久的に恵まれない生活を送らざるをえない可能性が高いのである。

1度の大学入試と新卒の求職活動で人生が決まる

1度の大学入試でほぼその後の人生が決まるとされる日本社会の特色と、1度の新卒時の求職活動の成否によってほぼその後の人生が決まるという特色とは同質と考えてよい。日本社会は1度失敗すると、もう復権は困難という特質を有しているが、それが大学入試と新卒時の就職なのである。


多少景気がよくなれば、これら「中年期の恵まれない労働生活にいる人を新しく正規労働者として雇用すればよいのではないか」という意見はありうる。しかしこの政策はなかなか実行されない。その原因の1つは、「新卒一括採用」と年功序列制によって企業は新卒の人の採用を優先するからである。さらにこういう中年労働者(とくに非正規労働者)は企業で訓練を受けていないので、未熟練労働者のままでいる可能性が高いこともある。

もとよりこのような敗者復活は不可能という日本社会の特色は徐々に消滅の方向にあるが、まだかなり残っている。就職氷河期にいい仕事やいい企業に就けなかった人は、中年になってもその不利さを挽回できないので、苦しい生活を強いられている人が相当数いるのである。