新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、サンフランシスコは8月に入っても閑散としている。ただ、ヒスパニックやラテン系の住民が多いミッション地区では、地下鉄の駅のそばに行列ができていた。これらの人々は電車を待っているのではなく、感染検査を受けるために並んでいるのだという。

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BART(ベイエリア高速鉄道)の「24th Street」駅の外に設置されたテントでは、近くのカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のスタッフが検査を実施していた。ミッション地区のように低所得者やマイノリティの人々が多く住むエリアでは新型コロナウイルスの影響は非常に大きいが、こうしたことはデータには表れにくい。

米国では医療格差は長年にわたる問題だが、新型コロナウイルスによって状況がさらに悪化している。低所得者層やマイノリティの人々は一般的に医療面でのニーズが大きいが、仕事や育児による制約、費用が払えないといった理由で十分なケアを受けられない場合が多い。

同様の理由で感染検査も受けられない人が多くいることから、コミュニティ内で新型コロナウイルスがどこまで広がっているか知ることは困難だ。また、低所得者層やマイノリティへの影響を調べることを目的とした公衆衛生プログラムも少ない。

ノースイースタン大学教授で疫学者のサミュエル・スカルピノは、「わたしたちの現状理解と今後の見通しには、信じられないほど大きな認知的ゆがみがあります」と説明する。ミネソタ大学感染症研究・政策センター(CIDRAP)が7月に発表したレポートでは、マイノリティ集団における影響についての調査が不十分であるために、効果的な感染対策が実施できない可能性があることが指摘されている。

調査結果に見えたゆがみ

州政府からの申告に基づく政府の統計では、5月末までの感染者数のうち半分以上は人種や民族が特定されていない。CIDRAPのレポートの作成に携わった疫学と地域保健の専門家アンジェラ・ウルリックは、「このデータがないと、どこで対策を打てば最も効果的なのか判断することが難しくなります」と語る。

やはり7月に発表された別の研究では、インフルエンザの監視・報告をする「ILINet」でも、統計処理の結果に社会経済的なゆがみがあることが明らかになっている。この研究は、インフルエンザと似た症状が出る新型コロナウイルスの感染状況を追跡するために実施された。

スカルピノは、2012〜17年の5年間のインフルエンザによる入院者数の予測がどれだけ正確だったかを調べた。対象となったのはテキサス州のダラス・フォートワース複合都市圏である。郵便番号からデータを分析したところ、平均世帯所得が最高の地区では予測の精度も高かったが、所得が最も低い4分の1ではかなり不正確だったという。スカルピノは「どこでも同じようなパターンになるはずです」と語る。

サンフランシスコのミッション地区は、市内でも平均所得が最も低いエリアのひとつで、新型コロナウイルスの感染拡大の震源地となった。地元のNPO「Calle 24 Latino Cultural District」を率いるスサナ・ロハスは、パンデミック(世界的流行)の早い段階で、原因不明の感染症に苦しむ人の多くがラテン系であることに地区のリーダーやUCSFのスタッフが気付いていたと指摘する。

社会的弱者にしわ寄せ

Calle 24 Latino Cultural DistrictとUCSFは共同で、ミッション地区でも特に人口密度が高い場所を中心に、症状の有無にかかわらず全住民を対象に無料の感染検査を実施した。結果は驚くべきもので、検査を受けた4,000人弱に占めるラテン系の割合が4割前後という結果に対し、陽性が確認された人のうち95パーセントはラテン系住民だった。

ロハスはこれについて、ラテン系は世帯の構成人数が多く、ロックダウン(都市封鎖)が始まってからも多くはエッセンシャルワーカーとして職場に出勤していたからではないかと推測する。彼女は「社会的弱者であるグループが最も影響を受けていたことがわかって非常に残念です」と話す。

ロハスたちは8月に入ってから再びUCSFと組み、24th Street駅で職場に向かう人たちを中心に感染検査を実施した。ロハスは、トランプ政権の移民政策のためにマイノリティ集団の支援やデータ収集が非常に難しくなっていると指摘する。ミッション地区の住民の多くは、当局から注目されることを恐れるあまり、医療機関を含め公的組織全般とのかかわりを避けようとするという。

取りこぼされるマイノリティたち

ミッション地区での調査とILINetを巡る研究結果は、新型コロナウイルスで最も大きな危険に晒されているコミュニティに支援の手を差し伸べる上で、米国の医療システムにおける不平等が障壁となる懸念があることを示している。

ILINetは、インフルエンザのような症状を訴えて医療機関を訪れる患者の人数を記録したものだ。ノースイースタン大学のスカルピノは、ダラス都市圏の低所得者層で予測精度が低かった理由について、こうした人たちはそもそも医療機関に行くことができない点を指摘する。また、ミッション地区のラテン系住民も大半は医療保険に加入していないか、そもそもかかりつけ医がいないことから、ILINetのように医療機関からの申告を基に作成された統計では取りこぼされてしまう。

このような統計上のゆがみは、感染症の拡大を予測する能力に影響を及ぼす。スカルピノは「こうしたフィルターによって実際にどのような影響が出るかはわかりません」と言う。彼は現在、テキサス大学オースティン校、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院、オースティンで看護サーヴィスを提供するPediatric Healthcare Connectionと協力して、ILINetの研究を続けている。

ただ、米国における新型コロナウイルスの感染拡大の追跡は、関係各所の協力とは真逆の方向に向かっている。米保健福祉省は7月末、これまで疾病管理予防センター(CDC)が一元管理していた新型コロナウイルス感染症による入院患者のデータを、独立した新システムに移管する方針を明らかにした。公衆衛生の専門家たちは、こうした措置はデータ収集の遅延と精度の低下を招くと警告している。