緊急事態宣言中の銀座。6月以降は人通りが戻りつつあるが……(撮影:尾形文繁)

東京メトロ表参道駅から渋谷方面へ進むと、青山学院大学手前から南東に伸びる道路が見える。「骨董通り」と呼ばれる区間である。高級商業地・青山の一角を占め、沿道には瀟洒(しょうしゃ)な店舗や外資系ブランドが立ち並ぶ。

都内で店舗の仲介や市場調査を手がけるゼン・ランドの真木拓也専務取締役は、「骨董通りはブランド力がある一方、(青山のほかの通りと比べて)通行量が少なく、売り上げは立ちにくい。景気変動が起こると、骨董通りの不動産相場は最初に影響を受ける」と指摘する。

骨董通りは不動産業界に景気の波をいち早く知らせる存在。いわば炭鉱ならぬ「商業のカナリア」というわけだ。

水面下で進む店舗の退去

コロナを受けて、そのカナリアが鳴いている。そして、その鳴き声はリーマンショックよりも大きい。

骨董通り沿いに店舗を構える不動産業者は「緊急事態宣言の発令後、テナントからの解約通知が増えている。通常なら(希少性の高い)路面店はなかなか空きが出ないが、『3カ月後に退去する』という問い合わせも来ている」と打ち明ける。新たに入居するテナントも様子見モードが続き、空室の埋め戻しは限定的だという。


かつては骨董品が集まる通りだったが、現在はアパレルショップやカフェが目立つ(記者撮影)

骨董通り沿いで今治タオルの販売を行っていた「クレシェンド」は、7月末をもって路面店を閉めた。担当者は「緊急事態宣言中に閉店を決断した」と話す。骨董通りの賃料は青山通り至近の路面店なら坪あたり10万円を超え、青山通りから遠ざかった場所でも賃料は高水準だ。通りを歩くと、テナント募集の貼り紙が目につく。

表向き営業を続けていても、水面下では撤退が決まっている例も少なくない。「あそこも年内に退去する」と噂されているのは、骨董通り近くの路地で長年営業を続けてきた、ある外資系ブランドだ。店頭には閉店を告げる貼り紙は見当たらなかったが、すでに賃貸借契約の解除に向けて動き出しているようだ。「(ブランドの)マイナスイメージを最小限に抑えるため、閉店の事実は直前まで公にされず、店舗スタッフにも知らされない」(ゼン・ランドの真木氏)。

スーパーマーケットを筆頭に日常使いの小売店が好調な一方、骨董通りのようなアパレルや飲食店をはじめとする高級店舗は苦境が続く。

商業施設の苦戦は上場REITの経営成績にはっきり表れている。日本リテールファンド投資法人が保有する商業施設の6月のテナント売上高は、渋谷区神宮前の「ラ・ポルト青山」が前年同月比で約6割、表参道に立つ同じ渋谷区の「ジャイル」も約7割にとどまった。同投資法人が保有する地方都市に立つショッピングセンターが、食料品や日用品を扱うテナントを中心に軒並み例年並みまで回復しているのとは対照的だ。

営業再開のメドは立っていない

青山だけでなく、都内のもう1つの高級商業地である銀座でも退去が目立つ。「これまで満床が続いていたビルでも空室が出ている」。銀座で不動産仲介を12年間手がける、サンフロンティア不動産銀座店の小川達也店長は話す。

銀座の中心を通る中央通り沿いに立つ「アクトビル」。銀座三越と松屋銀座に挟まれた好立地で、これまで空室募集はほとんどなかった。ところが、8月中旬時点では9フロア中少なくとも2フロアが空室、1フロアで閉店の貼り紙が確認された。銀座レンガ通りや並木通りなど、中央通りから入ると、閉店の貼り紙やがらんどうの店舗はさらに増える。


8月中旬のアクトビル。目抜き通り沿いでも空室が目立つ(記者撮影)

これまでインバウンド客を積極的に取り込んできた反動もある。東急プラザ銀座に入居するロッテ免税店は、賃貸する2フロアのうち医薬品を扱うごく一部の区画しか営業を再開できていない。主力の化粧品などを扱うほとんどの区画はいまだパーテーションで規制され、売り場に入ることさえできない。担当者は「営業再開のメドは立っていない」と嘆息する。

開業直後にコロナに襲われた新築ビルも苦しい。2019年12月に竣工した銀座マロニエテラスでは、8階と9階に入居予定だったテナントの契約がキャンセルされたようだ。同区画では現在、坪約4万円の賃料で募集されている。

4月に開業した「阪急阪神銀座ビル」では、5月にオープン予定だった美容院が直前になって入居をキャンセルした。新築ビルをめぐっては、「テナントが入居し、賃料が発生してから売却する計画だったが、資金回収を急ごうと(テナントのついていない)空ビルのまま売りに出すオーナーもいる」(別の不動産業者)という。

サンフロンティア不動産によれば、銀座の空室率は現状2.2%。だが、現在解約通知が出ている部屋が埋まらなかった場合、空室率は7%にまで跳ね上がるという。

青山・銀座ともに、現在はひとまずコロナ前と同条件で募集をかけて様子を見ているビルオーナーが多い。他方で、入居の確度が高いテナントに対して値下げ交渉を受け入れたり、数カ月間だけ賃料を減額したりする動きも起きている。アメリカの不動産サービス会社「クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド」によれば、これまで上昇基調にあった銀座の想定成約賃料は、2020年4〜6月期には前年同期比で5%の下落に転じた。

商業施設のデベロッパーや仲介業者は「解約通知の量はリーマンショック時よりも多い」と口をそろえる。

リーマン当時はショックの影響が徐々に顕在化したのに対して、今回は短期間でテナントの売り上げが消失。感染収束も見えない中、営業継続を断念するテナントが相次いだ。家賃支援をはじめとする国の補助金が切れた段階で、次なる退去の山が訪れるとみられる。

退去が相次ぐ背景には、テナントとビルオーナーとの摩擦も垣間見える。都内を中心にダイニングレストランを多数展開するグローバルダイニングは、7月末をもってレストラン5店舗で構成する「G-Zone銀座」を閉店した。関係者によると、賃料や空調費の減免を求めたグローバル側に対して、減免幅の縮小と解約が原則不可能な定期借家契約への切り替えを主張したオーナーとの溝が埋まらず解約に至ったという。


閉店直前のG-Zone(記者撮影)

収益性を重視するビルオーナーは、テナントからの賃料減免には簡単に応じられない。都内の建物管理業者は、「賃料減免を拒否した結果、テナントに退去されて空室が埋まらなければ機会損失が発生する。現場としてはテナントと痛み分けをした方が中長期的には有利だと感じても、投資家(ビルオーナー)には理解されないことも多い」と打ち明ける。別の不動産仲介業者によれば、銀座に立つある商業施設では、近々契約更新を迎えるテナントに対して、ビルオーナーが賃料の増額改定を要求したケースもあったという。

敬遠される地下1階

商業施設内における好立地の序列も変わろうとしている。これまでは1階の次に賃料が取れるフロアは、2階もしくは地下1階だった。地階は通りから直接入店できる手軽さに加え、階段を降りる間にも店舗の世界観を形成できた。だが、換気の難しさや密閉空間というイメージからテナントが地階を忌避。場合によっては3階以上の空中階の方が引き合いは強いという。

高級商業地の賃料が高いのは、集客力と、そこに出店することによるブランド価値があるから。そのため、「希少性の高い立地であれば(一時的に売り上げが減少していても)手放したくないというテナントは少なくない。外資系ブランドの場合、店舗を閉めても賃貸借契約は保ちつつ、別のブランドを入居させるという動きもある」(サンフロンティア不動産の小川氏)。

他方で別の不動産仲介業者は「外出自粛で人出が減り続けば、広告塔としての存在意義を再考するテナントも出てくるのでは」とみる。

緊急事態宣言解除から3カ月が経過しても、商業地に立つテナントの売り上げがコロナ前に戻る兆しはない。大手デベロッパーの商業施設開発担当者は、「好立地に有名ブランドを入居させられれば収益が上がる時代は終わるかもしれない。特定の客にしか刺さらなくても、訴求力がある物件の方が求められる」と危機感をにじませる。

コロナ後の商業施設の姿は、いまだ見えていない。