岡本和真

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 巨人が首位を走っているが、これほど打てなくて首位なのは私、60年近く巨人に携わってきたけど初めてだ。記憶にない。

 16日現在で47試合を消化した。セ・リーグの打撃の個人成績を見ると規定打席に達している選手の中で岡本和真の打率は17位・268、丸佳浩が25位・250、坂本勇人が29位・230だ。

 岡本は本塁打16本でリーグトップ、打点もヤクルト・村上宗隆の43に次ぐ42だけど、この3人以外で打率の上位30位以内に顔を出している選手はいない。フル出場するのがレギュラーなら、巨人は坂本、丸、岡本の3人がレギュラーで、予告先発を利用して、原辰徳監督が相手投手に合わせて選手を起用している。いわゆる、日替わり打線だ。

岡本和真

 開幕で2番から4番を組んだ3人が47試合を消化して打率2割台だ。それでも首位なのはこの3人以外の選手たちがよくやっているからだ。

 中島宏之、大城卓三、吉川尚輝、ゼラス・ウィーラー、亀井善行、増田大輝らがそれぞれ自分の持ち味を発揮している。でも、この3人以外での得点は「余禄」みたいなものだ。4点以上を取ろうと思ったら打つべき人が打つ必要がある。脇役が頑張っても1、2点というところだ。

 原監督は最近、坂本を伸び伸び打たそうと1番で起用、また丸はあまり責任を感じないようにと6番に入れている。打撃向上のきっかけのひとつになってくれたらの考えからだろうが、この3人がうまく機能しないことには得点力アップは望めない。

 16日の中日戦(東京ドーム)。相手のエース・大野雄大に完投勝利を許した。2安打で1得点だった。7日にも完投でやられているから2試合連続だ。

 先頭打者が一人も出なかった。確かに球に力があったしコントロールもよかった。得点は丸の本塁打だけで、あとは手も足も出なかった。

 でも必ず攻略の糸口はあるものだ。カウントを取る甘い球を中心に狙う。見逃しやファウルにするときつくなる。

 V9時代、巨人を苦しめたのは阪神の江夏豊投手だった。とにかく私、結果を考えずに追い込まれる前にストライクゾーンに来た球を狙うことだけを心がけた。

 つい打席で「バットが下がっているのではないか」、「体が突っ込んでいる」、「ステップが大きい」なんて思ってしまうのだが、余分な考えは捨てて集中した。甘い球は必ずくる。追い込まれるとボール球でも振ってしまう。追い込まれる前に勝負することが大事だ。

 岡本のバットが下降気味だ。16日には大野雄から二塁打を放ったが、これが17打席ぶりの長打だった。4番の責任感からか、どうしても一発を狙って力が入っている。強引になっている。これでは打撃フォームを崩してしまう。たまに本塁打は出るが徐々に率を悪くする。

 王(貞治)さんは「ホームランはヒットの延長線上にある」と話していた。もちろん、岡本も心がけているのだろうが、徹底してほしい。

 岡本の打席に入る時の素振りを見ていると、ベルトよりもちょっと高めの球をイメージしているように思える。

 打撃練習時からベルトよりボール2個低めをイメージしてスイングしたらどうか。左肩と左腰が上がらなくなると高めの釣り球を振らないし内角にも対応できる。

 いずれにせよ坂本、丸、そして岡本の3人の本格的な復調が待たれる。投手陣が踏ん張っている。貯金は「10」だが、これは菅野智之の7勝(0敗)と戸郷翔征の5勝(2敗)分だ。現在は菅野で連戦の頭を取っているからいいが、今後続けて落とすようなことになったら嫌なムードになる。

 巨人がこのまま首位を守っていけるか。その意味でもこの3人のバットには大いに注目している。

 俳優の渡哲也さんがお亡くなりになった。私、若いころは東京・目黒に住んでいて、渡さんの家が近かった。

 子供たちが同じくらいの年齢で、よく公園で一緒になった。私よりも3歳年上だったが、非常に礼儀正しい方だった。お付き合いが始まり食事をご一緒した。またカラオケを楽しんだ。

 ゴルフもご一緒した。練習場も同じで多摩川にあった。長嶋(茂雄)さんも通っていた練習場だった。

 渡さんのゴルフは、「スコアは気にしない。1日に1回、自分の思った通りに飛ばせばいいんだ」というもので豪快だった。

 ご病気をされてから会う機会が少なくなってしまったが、本当によくしていただいた。素晴らしい方だった。

 心からご冥福をお祈りいたします。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年8月18日 掲載