1日に30キロを走っているという猫ひろしさん

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カンボジアでは依然1位

 世界中のアスリートが、果たして東京オリンピックが来年に開催されるのか、と固唾を飲んで見守っている。お笑いタレントの猫ひろしさん(43)も、その中の1人だ。

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「今でもカンボジアのマラソン選手としてはトップなんです。ただ僕の記録では、カンボジアで1位でも、そのまま五輪に出場はできません。スポーツ発展途上国に与えられる特別参加枠(ワイルドカード)に選ばれる必要があります。その選考に重要な大会が東南アジア競技大会(シーゲームス)で、昨年の12月にフィリピンのマニラで開かれました」

 東南アジア競技大会にはタイやシンガポールなど、東南アジアの11か国が参加しており、2年に1回のペースで開催されている。

1日に30キロを走っているという猫ひろしさん

 猫さんは、マラソンのカンボジア代表として出場。完走者は10人で、完走選手では最下位の10位に終わった。タイムは2時間53分34秒と猫さんの記録の中でも悪いほうで、優勝者とは26分46秒の差があった。

「マラソンのカンボジア代表は僕を含めて2人が出場して、もう1人の選手は残念ながらリタイヤだったので、結果でいうと彼には勝ちました。

 たので、彼には勝ちました。とはいえ、自分にとって満足できる記録ではありません。2018年3月の東京マラソンでは2時間29分30秒、昨年の東京も2時間29分51秒で、自分としては好調を維持できていると考えていたんですが……」

東京五輪への想い

 ここで改めて猫さんがカンボジア国籍となり、マラソン選手として東京オリンピックの出場を目指している経緯を振り返っておこう。

インタビュー中の猫ひろしさん

 そもそも2000年代にテレビ番組で健脚を披露する機会に恵まれ、マラソンの国際大会に出場することが増えていった。

 2010年にアンコールワット国際ハーフマラソンで3位に入賞すると、カンボジア側からオリンピック代表の打診があったという。

 11年に国籍を変更。ロンドン五輪の出場を目指すことを明らかにしたが、12年に国際陸上競技連盟から「国籍取得から1年未満かつ連続1年以上の居住実績がない」などの理由から参加資格を満たしていないと判断されてしまう。

 猫さんは16年のリオ五輪に目標を切り替えた。そして15年の東京マラソンでは2時間27分48秒の自己ベストを記録。同年の東南アジア記録大会では6位に食い込み、カンボジアの代表選考会では2時間44分2秒で優勝を果たして出場を決めた。

 そしてリオ五輪では完走した140人中139位で、タイムは2時間45分55秒だった。

「五輪で男子マラソンは最終日に開かれます。選手村では食事も節制して本番に備えていたんですが、カンボジア陸連の人に『次は東京五輪だけど、出場を目指すの?』と聞かれたことがあるんです。その時は『まだリオで走っていないから!』と答えるだけで精一杯でした(笑)。それでもリオ五輪が終わってしばらくすると、東京五輪に挑戦したいという気持ちが強くなっていったんです。僕の国籍はカンボジアですけれど、かつては日本が母国でした。その首都で開かれる五輪に出場できたら、これほど素晴らしい体験はないですよね」

仕事もゼロに

 だが、新型コロナウィルスの世界的流行で、状況は一変した。そもそも本当に東京五輪が来年開かれるのか、それを疑問視する声さえ少なくない。マラソンのカンボジア代表が五輪に出場できるかも不明なら、今後の見通しも全く分かっていない。文字通りの“宙ぶらりん”の状態が続いている。

「国籍を変えてからも“在日カンボジア人”として、1年のうち3分の2くらいは日本で仕事と練習を両立させていました。昨年も東南アジア記録大会が終わると、そのまま日本に入国しました。年末年始は日本で過ごし、新型コロナの感染が大きなニュースになった頃も日本にいました。カンボジアに帰国をしようか迷った時期もありましたが、戻れば2週間の室内待機を義務づけられるので練習ができなくなります。結局、日本にとどまり続けて今に至っています」

 猫さんには東京五輪を目指すマラソン選手という側面だけでなく、お笑いタレントという顔もある。それも新型コロナで一変してしまった。

「お笑いの仕事だけでなく、マラソン大会のゲストや講演会の依頼もいただいていたんです。それが新型コロナで、ほとんどなくなってしまいました。収入が激減したので、妻に『お金なくなったらアルバイトでもしようか?』と相談したんです。すると『蓄えがあるから、まだ大丈夫。バイトをする暇があるなら、ネタを1つでも作って』と励ましてくれて、あの言葉には助けられました」

思い出した下積み時代

 自分の性格を「何よりのんびりしている」と、猫さんは説明する。それに妻のアドバイスも加わって、早い段階で「それならやれることをやっていこう」と腹をくくったという。

「毎日、30キロ走っています。今日も走ってきました。荒川沿いに人の少ない場所を見つけたので、そこでトレーニングをしたんです。マスクは着けますが、熱中症が怖いので顎のところにかけておいて、人に近づくと口に装着します。なるべく人気(ひとけ)のないところを選んでいるんですが、それでもすれ違った人に『頑張ってください』と応援してもらったり、『あっ!猫だ!』と笑われたりすることもあります(笑)」

 下積みの頃は、世田谷にある家賃2万8000円のアパートに、お笑い仲間とシェアして住んでいた。売れっ子のタレントになると生活は激変したが、今回のコロナ禍で「自分の人生がどれだけ恵まれていたか」と考えることもあったという。

 最近は、徐々にではあるが、お笑いのライブを自分たちで開催したり、イベントに呼ばれたりすることも増えている。

「7月にトークライブを開きました。1公演で15人限定、1日3公演を2日間行いました。感染防止対策をしっかり講じたんですけれど、やっぱりお客さんの入りはよくなかったですね。それでも、お客さまに来てもらっただけ恵まれています。僕が所属するワハハ本舗の期待の若手で、仲の良いチェリー吉武(39)って男がいるんですけど、彼が開いたライブでは、お客さんが0人だったこともあったそうですから(笑)」

カンボジアもダメージ

 今、「自粛警察」という言葉が話題になっている。夜間営業している店舗に「店を閉めろ」と張り紙をしたりする行為だ。猫さんも自粛警察の“犯行現場”に出くわしたことがあるという。

「僕は千葉県の市原市出身で、市の観光大使も務めているんです。先日も仕事で千葉県を訪れたんですが、駐車場に都内のナンバーを付けた車があり、生卵がぶつけられていました。でもこの猛暑でしょ、半分くらい火が通っていて、目玉焼みたいになっていたんです(笑)。ショックは受けたんですが、『こんなに暑いのに、わざわざ卵をぶつけるなんて、自粛警察の人も大変だな』とも思いました。今、僕たち芸人は必要とされていないかもしれません。笑いのない世の中だから、ぎすぎすしてしまうのかもしれない。芸人が再び活動できるようになれば社会に潤いが蘇り、ひょっとすると自粛警察という動きも消えるんじゃないかなと考えることはありますね」

 現在の“母国”であるカンボジアも、新型コロナで大変な状況だという。ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによると、8月14日現在、新型コロナ感染者数は273人で、死者はゼロ。人的被害より、経済的ダメージが深刻だという。

「選手やガイドさんとか日本語が喋れる人が友達に多いんです。心配で彼らと連絡を取ると、『こっちはコロナゼロだから』って笑っています(笑)。『それは検査態勢に問題があるんだろ』ってツッコミを入れるんですけど、実際、デング熱の流行のほうが大変だそうです。更に深刻なのは観光客が激減していることで、カンボジアは観光が国の主要産業ですから、経済的には相当なダメージです。知り合いのホテル経営者も『このままでは倒産する』って悲鳴を上げていました。友達が観光客の誰もいないアンコール・ワットの写真を送ってくれましたが、あれは衝撃的でしたね。それでも、無人の遺跡は本当に美しくて、見とれてしまいました」

7月にCDをリリース

「今、一番望むこと」を質問させてもらうと、「無事に東京五輪が開かれてほしいです」と即答した。

「カンボジアの代表選手として出場することが目標ですが、もし夢が叶わなくても、カンボジア陸連のスタッフとしてお手伝いできればと思っています。リオ五輪の体験は一生の宝物で、本当に素晴らしい体験でした。自分自身が夢を叶えたという高揚感でいっぱいでしたし、仲間や他国の選手たちとの交流も夢のようでした。ちょうど39歳の誕生日を選手村で迎えたんです。顔が老けているので、外国の選手やスタッフから英語で『あなたはコーチか?』と聞かれることが本当に多くて、僕も英語で『ノー』と答えてばかりでしたけど(笑)。そんなことでも鮮明な記憶として残っています」

 それでも、次第に日常も戻りつつある。イベント出演の依頼が増えているほか、7月29日にはCD「ネコネコニャーゴ〜猫ひろし第1体操〜」をリリースした。

「マラソン大会にゲストで参加させてもらうと、走る前に全員で準備運動をすることが多いんです。洋楽が流れて、インストラクターの人がダンスっぽく踊ったりするんですけど、それを見ているうちに『自分で作ったらどうだろう』と考えたんです。提案すると企画が通って、一緒に仕事をしたことがあった中村ピアノさん(40)に曲を書いてもらって、ラッキィ池田さん(60)に振り付けを考えてもらいました」

 7月29日の発売はコロナ禍以前に決定していたのだが、変更することはなかったという。

「コロナ禍で気分が落ち込むことも多いと思います。そんな時こそ、体を動かして元気を出してほしいですね。中村さんの曲も、ラッキィさんの振り付けも、本当に素晴らしいです。YouTubeの生配信でも動画を披露したんですが、コロナに負けないよう、地道に広めていきたいです」

週刊新潮WEB取材班

2020年8月18日 掲載