今回も話題沸騰の人気ドラマに死角はなし?(東洋経済オンライン編集部撮影)

日曜劇場「半沢直樹」(TBS系 毎週日曜夜9時〜)が、コロナ禍のエンタメ界の停滞感を吹き飛ばす勢いである。初回から4話まですべて視聴率は22%を超えた。これは関東地区の数字。関西ではもっと高い。

主人公・半沢直樹(堺雅人)は人々の幸福を願うバンカー。本来の銀行の役割(人々の幸福のために従事する)に目をつむり、出世をはじめとした私利私欲のためだけに存在する銀行員たちに鉄槌を下していく半沢の痛快な活躍を、銀行出身の作家・池井戸潤が経験に基づいて描いた人気小説がドラマ化された7年前、回を追うごとに視聴率がぐいぐい上がって最終的には40%を超えた。はたして続編も伝説を塗り替えることができるか。

焦らしに焦らされた視聴者の渇望を満たした

新作の好調の要因のひとつは――焦らしからの倍返し。

国民的人気ドラマとなった「半沢直樹」のさらなる活躍が見たい! 視聴者待望の続編――7年もの間、焦らしに焦らされたすえ、ようやく訪れた新作発表は視聴者の心を高ぶらせた。

どんなに人気でも7年も前ではブランクがありすぎるのではという心配の声もあったが、みごとにひっくり返した。その理由も、焦らしによって、飽きることなくむしろ飢餓感を募らせることに成功したからである。

7年前、「半沢直樹」の最終回は大団円(ハッピーエンド)ではなかった。物語の発端である町工場の経営に困窮した父(笑福亭鶴瓶)を助けてくれなかった宿敵バンカー・大和田(香川照之)を土下座に追い込み、みごと復讐に成功した半沢が、やりすぎを中野渡頭取(北大路欣也)に指摘され左遷を言い渡されところで終わった。

続きが気になる!と思わせたまま、7年もの放置プレー。そのうえ、昨今はオンデマンドで過去作が見放題であるなか、「半沢直樹」だけはドラマ終了から2年間(2013〜2015年)配信されたあとはストップ、見ることができなくなった。2020年になって、新作とからめてようやく旧作を配信。続編を待つ間に、前作を何度も見ることで満足することをさせず、見たくても見られない、どうだったっけ「半沢直樹」って?という渇望を煽り続けた(DVD、ブルーレイをレンタルや購入することは可能だが)。

この方法は新作でも踏襲され、旧作は現在見ることができるが、新作はダイジェスト版しか配信していない。そのため、放送日に見なくてはというゼヒもの感が高まっている。著作権やさまざまな事情もありそうとはいえ、まったく「半沢直樹」のドラマスタッフは、半沢直樹ばりにかなりの戦略家だと思う。

半沢直樹」を7年のブランク知らずにした最大戦略は、名セリフ。

「倍返しだ」である。

前作では、熾烈な出世争いのなかで何かと理不尽な目に遭う半沢直樹は「やられたらやり返す。倍返しだ」とリベンジに燃える。やり返す。しかも倍にして。これが視聴者の溜飲を下げた。

半沢の不屈の行動は、日頃、上司やクライアントからの理不尽な要求に涙をのんでいるサラリーマン(昭和の言葉で言ったら平社員とか中間管理職)の日曜の夜のストレス解消になり、月曜に肩で風を切って会社に向かわせる原動力になった。

一度聞いたら忘れられないセリフ「倍返し」。7年経っても鮮やかに記憶に残っていた。新作でも「倍返し」のセリフは健在。子会社・東京セントラル証券に出向になった半沢直樹はこの言葉を胸に、親会社・東京中央銀行に倍返ししていく。

原作『ロスジェネの逆襲』を基につくられたドラマは、半沢の部下もビジネスの相手もロスジェネ。年月の経過によって「おじさん」になったことを自覚しながら半沢は、彼らと手を結び、人生や仕事について大事なことを教えながら、ともに親会社の悪事を暴いていく。

「倍返し」を取り巻く状況が7年前とは違っている

剣道をやっている半沢は、人生の太刀筋もまっすぐで痛快。だがしかし、少し気になることもあった。「倍返し」という概念および行動が7年前に比べると暴力的ではないかということである。7年前でも9.11アメリカ同時多発テロ以降、復讐の連鎖を止めようという祈りの声が大きくなっていたが、「やられたらやり返す、倍返しだ」はまだエンタメとして楽しめた。前作の最終回のクライマックスは、宿敵・大和田に半沢が土下座を強要する場面だが、いまだとこれはある種のハラスメントにも思える。令和の今、何かとハラスメントが問われるなかで、続編も「土下座」&「倍返し」で押していった。ハラスメント満載なのである。

半沢に対する大和田、銀行の眼の上のたんこぶのような金融庁(続編ではやたら長い名前の部署に異動している)の黒崎(片岡愛之助)、新たに半沢を追い詰める存在・伊佐山(市川猿之助)と歌舞伎俳優による(香川も市川中車のなまえで歌舞伎をやっている)大ぶりな演技合戦が繰り広げられ、小劇場で鍛えた堺雅人が彼らを超える勢いの芝居で対峙していくという、チャンバラや銃撃戦や殴り合いのように暴力は振るわないながら、言葉と顔力による精神的な殴り合いで見せるショーのようにも見える。

すると、ショーになりすぎて、人間ドラマが損なわれているのではないかという疑問の声もちらほら。相手を叩きのめすことばかりが主になり、言葉が暴力的でキツイなどという意見から、いやもはや笑ってしまうという意見まで。7年前は、銀行業界のリアリティーも含めて働く日本人を活写していた「半沢直樹」もやや時代からズレているのではないか。キャラクターものとして若者にも楽しめるエンタメになったとき、シニア層の支持を失うかもしれない。少し心配になったところ、ひとつの対策が――。

「恩返し」である。

第1話で大和田は、半沢によってそれまで築いたポジションから突き落とされたところ助けてもらった頭取に「施されたら施し返す。恩返しです」と尽くすことを誓う。この「倍返し」と響きが似た「恩返し」が視聴者に受け、新たな人気ワードに。半沢までもが「大事なのは恩返しだ」と言い出すほどだった(3話)。

令和の「半沢直樹」は「倍返し」のみならず、「恩返し」。これは大きな変化である。ひどい目に遭って倍返すのではなく、優しくされたら感謝を返す。なにかとハラスメントになってしまう現代の最適な防衛策といえるだろう。

そして、半沢は、「ロスジェネ」編のラスト(4話)で、ロスジェネの部下たちに、上の世代によって活躍の機会を逸した「君たちの倍返しに期待している」と「倍返し」もやっぱり忘れない。この「倍返し」はドロドロした復讐の呪文ではなく、奮起を促す爽やかなものに響いた。

帝国航空の再建をめぐる悲喜こもごも

第5話からは『銀翼のイカロス』編がはじまる。半沢が東京セントラル証券から東京中央銀行に復帰、破綻寸前の帝国航空の再建を任される。おりしも内閣改造計画のサプライズ人事により国土交通大臣に選ばれた白井亜希子議員(江口のりこ)が、帝国航空を救うため、銀行に7割の債権放棄を提案。そうなったら東京中央銀行は500億円もの債権を手放すことになる。なんとしてでも阻止するため、帝国航空を立て直し700億円の債権を回収しなければならない。どうする半沢⁉ 

「ロスジェネ」編を盛り上げた市川猿之助や古田新太、池田成志など怪優たちが退場したあと、「イカロス」編では幹事長に柄本明、総理に大鷹明良、帝国航空幹部に木場勝己、石黒賢、山西惇、弁護士に筒井道隆、議員秘書に児嶋一哉とまたまた怪優たちがそろう。

大鷹明良はアングラ演劇、柄本明はその下の世代、江口のりこは柄本の弟子筋と演劇界の曲者たちは「ロスジェネ」編の歌舞伎俳優たちとはまた違う演技になるだろう。歌舞伎俳優が白黒はっきりさせる芝居だとすれば、柄本や大鷹、江口らはグレーあるいは混沌とでも言おうか。「ロスジェネ」編でショー化され過ぎた倍返し合戦が今一度人間ドラマに戻るのか。前作のように40%超えはなるか。刮目したい。