グローバルな企業間競争は競技のルールもしくは競技そのものが変わった(写真:ロイター/Mike Blake、ロイター/Pascal Rossignol)

日本ではバブル崩壊後、経済の低迷が長期化し、世界における経済的な地位が下降してしまいました。これも日本の将来に不安を抱かせる大きな要因となっており、経済の活性化は、私たちがいますぐにでも取り組まなければならない大きな課題です。

この30年間でどのくらい低迷してしまったのか、まずは数字を確認してみましょう。

スイスにルーツを持ち世界的にビジネススクールを展開するIMD(International Institute for Management Development)の世界競争力ランキングによると、日本のランキングは平成元年(1989年)には世界1位でしたが、平成31年(2019年)には30位まで落ちました。判断基準となる項目別では、日本は「ビジネスの効率性」が低く、ビッグデータの活用や分析、国際経験、起業家精神は63ヵ国中最下位でした。

一方、購買力平価で見たGDP(国内総生産)で日本が世界に占める割合もピーク時の9%から4.1%と半減以下に落ち込んでしまいました。

何よりわかりやすいのは企業の時価総額ランキングです。時価総額で見た平成元年(1989年)の世界トップ企業20社のなかには日本企業が14社ランクインしており、世界1位はNTTでした。バブル景気のピーク直前だったので多くの企業が時価総額を伸ばしていました。

ところが現在、世界トップ企業20社にランクインしている日本企業はゼロ。トヨタの36位が最高です。

人口減少もデフレも根本的な要因ではない

なぜこんなに日本の経済は弱くなってしまったのか。その原因として、人口減少を挙げる人がいます。しかし、日本老年学会・日本老年医学会が高齢者の心身の老化現象の出現に関するさまざまなデータを分析したところ、現在の高齢者は10〜20年前に比べ老化現象の出現が5〜10年遅延する「若返り現象」が見られました。

拙著『還暦からの底力』でも詳しく述べていますが、現在の75歳は昔の65歳と同じ体力なので、生産年齢人口を75歳まで拡大して考えると、75歳までの人口はそれほど減少していませんから、これが原因といえるかどうかは疑問です。

デフレもよく原因に挙げられますが、新しい産業がどんどん生まれ、経済が成長したら自然に物価は上がるでしょう。確かにデフレはよいことではありませんが、現在のデフレは新しい産業が生まれず、日本の経済が活性化せず、成長しなかったために起こった結果とみるべきで、順序が逆です。

人口減少もデフレも根本的な要因ではない。では、日本経済がこれほど弱くなった真の理由はなんでしょうか。

そこで企業時価総額ランキングに目を向けてみます。トップ20社の中に14社も入っていた日本企業が姿を消した代わりに、どういう企業がランクインしたのかを見てみると、まずGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)です。すなわち、日本経済の停滞の要因はGAFAやその予備軍と目されるユニコーン企業を生み出せなかったところにあります。

グーグルは1998年の創業ですからまだわずか20年ちょっと、人間でいえば大学を卒業する頃です。フェイスブックに至っては2004年の創業なので16年しか経っていない若い会社です。それにもかかわらずフェイスブックの時価総額はトヨタの2倍もあるのです。

ユニコーン企業は日本に3社しかいない

ユニコーン企業とは未上場で評価額が10億ドル以上のベンチャー企業を指します。世界のどこにユニコーンが生息しているかというと、2019年7月末時点で、世界計380社のうち、アメリカが200社弱、中国が100社弱と全体の8割を占め、日本はわずか3社にすぎません(日本経済新聞)。問題の核心がここにあります。

戦後の日本の高度成長は製造業が牽引しました。ところがいまや製造業がGDPに占める割合はおよそ20%です。雇用に占める製造業の割合に至っては20%を切り、17%(2018年度平均 総務省「労働力調査」)に過ぎません。もはや製造業には日本全体を引っ張る力のないことは明らかです。

日本経済の低迷は、新たな産業社会の牽引役になれるユニコーンがなかなか生まれないところに根本的な原因があります。学者によれば、ユニコーンを生むキーワードは、女性・ダイバーシティ・高学歴の3つだそうです。

まず女性ですが、現在の世界はサービス産業が引っ張る方向に向かっています。そしてサービス産業のユーザーは世界的に見ると女性が6〜7割と大勢を占めています。つまり需給ギャップが大きくなっている。このギャップを埋めるためにヨーロッパではクオータ制が行われているのです。ところがわが国の女性の社会的地位は153カ国中121位(世界経済フォーラム)というひどさ。これでは女性の望む新しいサービスのアイデアが生まれるはずもありません。

ダイバーシティについては、ラグビーワールドカップにおける日本チームの活躍振りを見れば誰しも理解できるのではないでしょうか。日本人だけで戦ってベスト8に入れたか。混ぜることでチームは強くなる、まさにOne Teamです。ビジネスの世界も同じです。日本の企業は極論すれば日本人の男性だけでワールドカップを戦っているのです。これでは地位が下がるのもなるほどとうなずけます。

高学歴についてですが、製造業とユニコーン企業を比べると、製造業で働く人は比較的低学歴で(世界の製造業の従業員の中に占める大卒以上の高学歴者は約4割)、ユニコーンは多国籍、高学歴という点に大きな違いがあります。

日本の大学進学率は53%前後でOECD(経済協力開発機構)平均より7ポイント程度低い。つまり、日本は先進国のなかでは大学進学率の低い国なのです。

そして大学に進学しても、学生があまり勉強をしない。これは学生ではなく企業側に責任があります。新卒採用面接で「アルバイトやクラブ活動でリーダーシップをとった経験は?」などという質問をしている限り、誰が勉強するでしょうか。内定を出した後にはじめて「成績表を送ってください」といわれる現状では、学生は必死になって勉強して良い成績を取ろうとは思わないでしょう。つまり、日本では採用基準に成績が入っていないのです。

グローバル企業は成績の悪い人材に見向きもしない

グローバル企業はこうした成績軽視の在り方とは真逆です。グローバル企業はたとえハーバード大学の学生でも、成績が真ん中より下だったら見向きもしません。理由は簡単で、ハーバード大学の学生だから地頭はいいかもわからない。しかし成績が真ん中以下ということは、大学時代に勉強の手を抜いて過ごした人間である。こういう人を採用しても、上司に上手にゴマをすって仕事も手を抜くに決まっているから採用しても仕方がない、そう考えます。

一方でどこの大学出身であろうと成績が全優の学生は喜んで採用します。自分で選んだ大学で優れた成績を収めた人は、自分が選んだ職場でも優れたパフォーマンスを発揮する蓋然性が非常に高いと考えるからです。

大学院生を積極的に採用しないのも一般的な日本企業の傾向です。「なまじ勉強した奴は使いにくい」というのがその理由ですが、そんな馬鹿な話はありません。

平成の30年間では一見すると日本の労働者の労働時間は減少していますが、正社員に限ると年約2000時間で全く減少していません。全体の平均した労働時間が減少しているのは労働時間が一般的に短い非正規労働者を増やしたからです。ということは、2000時間も労働していたら(200日働くとしたら一日10時間です!)、しかも仕事後、職場で飲みにいくという悪習もあるわけですから、正社員が勉強する時間などありません。「飯・風呂・寝る」を繰り返すだけの生活になります。

大学への進学率が低い、大学に入っても勉強しない、大学院生を大事にしない、社会人になったら勉強する時間がない。こうした日本の働き方や社会の仕組みが、日本を低学歴社会化しているのです。

この仕組みは製造業の工場モデルにはぴったりでした。製造業で働く人に求められる特性は素直で我慢強く、協調性があって空気が読めて、上司のいうことをよく聞く人です。日本は製造業に過剰適応した社会といえます。

ではGAFAやユニコーンはどうなっているかというと、創業者はアメリカ人と留学生など、異なる国籍の組み合わせが非常に多い。グーグルは、1995年にアメリカ人のラリー・ペイジがスタンフォード大学院への進学を考えていたとき、ソ連出身で子供の頃に家族で米国に移住したサーゲイ・ブリンにキャンパスを案内してもらったことがその歴史の始まりでした。この2人が1998年にグーグルを立ち上げます。

つまり、ダイバーシティがあり、かつ高学歴な人たちの組み合わせです。学歴の内容もダブルドクターやダブルマスターが多く、しかも数学と音楽や、物理学と歴史学というように、文理の別を超えて好きなことを極めている人が目立ちます。こういう人たちを僕は「変態もしくはオタク」と呼んでいます。

こういう変態もしくはオタクの人たちがワイワイガヤガヤ議論していくなかで新しいアイデアが生まれ、それが実行に移されてユニコーンが誕生するのです。あるいはアップルの創業者スティーブ・ジョブズのように大学を中退してヒッピーだったような、強烈な個性を持った人がGAFAをつくっているのです。

「飯・風呂・寝る」の生活から「人・本・旅」へ

これに対して日本の企業社会では、素直で我慢強く協調性があって空気が読めて上司のいうことをよく聞く人を喜んで採用しています。こうした社員を5人集めて「面白いアイデアを出せ」といって、面白いアイデアが出るでしょうか。出るわけがありません。


もはやグローバルな企業間競争は、競技のルールもしくは競技そのものが変わったのです。それなのに、いまだに素直で我慢強く協調性があって空気が読めて上司のいうことをよく聞く人を採用し続けているのは、野球からサッカーにゲームが変わったのに毎晩バットを持って素振りを続けているようなもの。本人たちは一所懸命努力をしているつもりかもしれませんが、それではゲームに勝てるはずがありません。

働き方改革を行い、早く職場を出て、いろいろなことを学ぶのが望ましいのです。私は、たくさんの人に会い、たくさん本を読み、いろいろなところに出かけていって刺激を受ける、つまり、「飯・風呂・寝る」の低学歴社会から「人・本・旅」の高学歴社会へと切り替えなければならないと思っています。