米国と中国の関係がヒートアップしている折も折、「中国郵政」のラベル付きで日本や欧米に送り付けられた「種」。いったい誰が、何のために?
写真=Washington State Department of Agriculture/ロイター/アフロ
中国から「謎の種」米各地に届く(提供写真) - 写真=Washington State Department of Agriculture/ロイター/アフロ

■詐欺以外のあずかり知れぬ目的

アメリカやヨーロッパ、そして日本に「中国からの謎の種」を送りつけられています。農林水産省・植物防疫所は「受け取っても、決して植えてはならない」と警告を出し、米国や欧州でも同様の対応と呼びかけをしています。「一体、誰が何のために?」と多くの人が疑心暗鬼にとらわれています。

「主たる目的は詐欺の手法だ」と主張する専門家がいる一方で、「詐欺以外のあずかり知れぬ目的がある可能性も捨てきれない」と警戒を深める専門家もいます。いまだすべての全貌は明らかになってはいませんが、考えうる可能性を探ります。

7月21日付の米CNNの記事「All 50 states have issued warnings about those mysterious packages of seeds Harmeet Kaur」によると、「米国農務省(USDA)は種が中国から来ているようだ」としています。しかしながら、中国側はこれを否定、中国外務省のスポークスパーソンWang Wenbin氏は「住所ラベルは偽造されている」と表明し、「調査のために受け取った種を中国へ送るよう米国郵便公社(USPS)へ要求した」と語りました。USPSはこの依頼を承諾したということです。

■なぜ、ラベルは偽装され新興国から送られてきたのか?

実際に、一部地域においては届いた種のパッケージに貼られた「中国郵政(China Post)」と印字された国際郵便のラベルを剝がすと、その下にはベトナムの郵便ラベルが貼られているというのです。しかしながら「詐欺の可能性」を考えると、あながち「中国は本件とは無関係」とも言い切れないのです(後述します)。

今回の事件について、ラベルが偽装されていたのは日本だけではないようです。米・カリフォルニア州のメディアVentura County Starに掲載された「Mystery seeds from China, elsewhere in Asia elicit warning to county residents」によると、中国、ベトナム、キルギスからの発送であるかのようにラベルが偽装されていたとあります。発送元が偽装されていたことで、検出されずに米国税関を通過できたというのです。

そしてなぜ、この種はいずれも新興国から送られて来たのでしょうか? それは、小物は米国や日本国内より、新興国から送るほうが安いケースがあるためなのです。

中国発送のAmazon商品が「送料無料」のワケ

国連傘下の万国郵便連合(UPU)では、新興国支援を目的に一部の国からの郵送料を安くする条約が存在します。これにより、日本のAmazonなどで買い物をする場合においては、中国発送の商品は「送料無料」になっていることが多く、「なぜ遠距離輸送で送料無料になるのか?」と不思議に感じる人もいるかもしれません。中国からは安く郵送で送れる代わりに、受け取る国(日本)が差額負担をすることになるというカラクリがあったのです。

米国でも万国郵便連合の取り決めによって、サンフランシスコからニューヨークへの送料より、北京からニューヨークへの送料が安くなる事態が起こっています。2018年にはトランプ政権が「中国へ不当な優遇措置となる」と離脱を表明するも、2019年に郵便料金の値上げをすることで、本条約への残留が決まっています。

詐欺を目的に送りつけたということであれば、発送元もできるだけ低コストに抑えることで利益を最大化できます。こうした事情により、輸送コストが安い新興国からラベルを偽装して送られたものと考えられます。

■「種」は輸送コストが極めて小さい

それにしても、相手の目的は一体なにか? 米国農務省(USDA)は「ブラッシング詐欺の可能性」を示しました。

ブラッシング詐欺とは、通販サイトで注文件数や高評価レビューの水増し行為を目的としたものです。販売業者がブラッシング業者(ブラッシャー)に報酬を渡します。ブラッシャーはサイトで注文をしたら、販売業者は空箱などを送り、受け取った後にブラッシャーが高評価レビューをつけるというものです。これにより、販売業者には多数の高評価レビューがつくので、消費者はそれを信じて購入が促進され、売り上げをあげます。

今回は事前に販売業者とブラッシャーが結託したケースではなく、一方的に送りつけて受け取りが完了すると、販売業者が高評価レビューをつけるというものです。

送りつけるものが「種」なのは、輸送コストも極めて小さくなるからと考えます。詐欺を働くものは、組織的かつ徹底したコスト意識とデータ分析に基づいて、最大のリターンを狙います。これは従来行われている詐欺手法で、2017年に公開されたForbesの記事で紹介されているケースでは、ペンシルバニア州に住む女性がAliExpressで買い物をした後、業者が女性の偽アカウントを作成し、ウソの高評価レビューをつけたというのです。彼女は自分があずかり知らぬ間にネットで高評価レビューをつけることとなり、自宅には中国から小さなヘアタイが送りつけられています。

■「サクラレビューを書きませんか?」

中国の販売業者のサクラ

今回の種はベトナムから送られているようですが、そもそも高評価レビュー詐欺の問題は中国と密接に関係があります。近年、Amazonのサクラレビューの質が大きく変貌していることが問題になっています。

少し前まで、名前を聞いたこともない、有名ブランドにそっくりな中国の製品に対して、非常に不自然な日本語で高評価レビューが書き込まれるようになりました。短期間に不自然なほど大量の、そして不自然な日本での高評価レビューばかりですから、消費者もパッと見て「怪しい」とわかるものでした。

しかし、近年この手のサクラレビューを見極めることが難しくなっています。なぜなら、日本人が中国の業者から報酬を受け取って書き込みをしているからです。「Amazonのプロフィール欄にメールアドレスを書いておくと、中国の販売業者からサクラレビューを書きませんか? というオファーが届く」という者もおり、アルバイトとしてこのサクラレビュワーに加担する日本人がいるのです。商品を普通に購入処理をするのですが、後ほど販売業者からPayPalを通じて商品代金が返金されます。これにより、レビュワーは商品を無料で受け取り、さらにサクラレビューの報酬まで受け取れるのです。

■年間約10兆円が動くサクラレビュー

今回の謎の種送りつけについては、受け取った本人に書かせるのではなく送りつけた業者自身が書き込みをするわけですが、それにしても中国販売業者のサクラレビュー詐欺は組織的に取り組み、このサクラレビューによって大きな利益を得ています。Amazonはニセレビューを撲滅するために、2015年から1000件以上のニセレビュー業者を相手取って訴訟をしています。しかし、あまりに詐欺グループの数が多いために追いついていないのが現状です。

検察日報の報道によると、虚偽の購入を行い、高評価レビューを書き込む個人会員の総数は、2000万人以上とされ、年間6000億元(約10兆円)以上の資金が動いていると言われます。このようにサクラレビューの世界は、われわれの想像を絶する規模の資金と詐欺集団によって構成されている世界なのです。

しかしながら、今回の謎の種は本当に「ブラッシング詐欺だけ」なのでしょうか。ニセの高評価レビューを作るためだけにするなら、米国、欧州、日本とあまりにも広域です。

■炭疽菌を送り付けた死亡事件も

ブラッシング詐欺以外の可能性も取り上げます。

送りつけ商法

コロナ禍においては、マスクの送りつけ商法詐欺が横行しました。マスクの品薄により、誰もがマスクを欲しているタイミングで、頼んでもないマスクを送りつけ、問い合わせ先に電話をすると高額な請求をされたり、別の商品をセールスされるという悪徳な手法です。

今回の種も世界的に発送していますから、もしも送りつけ商法だった場合は詐欺業者に利益をもたらすことになります。

国際ワン切り詐欺

見知らぬ海外からの着信、応答しようとするとすぐ切れてしまう。その後、折返し電話をかけると通話料の一部が業者に流れる「国際ワン切り詐欺」と呼ばれる手法が2017年ごろに話題になりました。NTTドコモは問い合わせが続いた番号を公開し、注意を呼びかけていました。

今回の種についても、不審に思った受取人からの電話問い合わせを狙っている可能性があります。かけてしまったら最後、高額な通話料が請求されてしまうものです。

個人情報の取得

SNSを中心に次々と「種が届いた」と画像がアップされています。発送元には住所が分かっているわけですから、SNSアカウントと情報をひも付けられる可能性があります。それにより、新たな詐欺のターゲットにされてしまう恐れがあるため、誰あてに届いた荷物かを発送元に知らせないためにも、安易にSNSに画像をアップすることは危険が伴うでしょう。

今回の件はおおむね、詐欺の可能性が高いと見られますが、バイオテロの可能性も捨てきれません。過去には米国で炭疽菌を送りつけることで、命を落とす事件も起きています。また、既存の生態系を破壊する侵略的外来種の可能性もあり、安易に種を植えることは危険が伴います。

いずれにせよ、送りつけてきた者の正体が不明である間は、引き続き警戒が必要なのは間違いありません。

(ビジネスジャーナリスト 黒坂 岳央)