●読者のニーズに応えるため、1号に半年を費やす

出版不況と言われて久しいこの時代に、販売部数を伸ばしている雑誌がある。シニア女性向けの年間定期購読誌『ハルメク』だ。同誌の活動は紙媒体にとどまらず、プライベートブランド製品の開発・販売、イベント開催など、多岐にわたる。シニア層の増加を追い風に、ハルメクはどうやってさまざまな事業を成功に導いているのか――編集長の山岡朝子氏に話を聞いた。

ハルメク 編集長 山岡朝子氏

部数を伸ばすために、誌面のトピックを刷新

ハルメクは50代以上をターゲットとした月刊誌だ。月刊紙だが書店では販売されておらず、読者は定期購読に申し込めば自宅に直接届くという仕組みだ。

ハルメクを出版する株式会社ハルメクは、出版事業、通信販売事業、文化事業、店舗事業、Web事業(ハルメクWEB)といった複数の事業を持つ。現在、ハルメクの販売部数は32万部。2年でほぼ倍増となった。編集長に就任してから、右肩上がりで販売部数を伸ばしてきた山岡氏は就任当時をこう振り返る。

「雑誌の立て直しには、広告収入を増やす、価格を上げるなどいろいろな方法がありますが、ハルメクでは読者数を増やすことに注力しました。そのために、より幅広い層のシニアに楽しく読んでいただける内容にリニューアルを図ったのです」

そこで、それまで「シニア誌らしい」特集が多かったところ、一般の女性誌と同じようなテーマを扱うことにした。「シニア誌ではなく女性誌と再定義して、ターゲットである50代以上の女性が興味を持ちそうなファッション、美容、料理、片付けなどのテーマを増やすことにしました。その結果、これまで以上に多くの方々から自分向けの身近な雑誌として見ていただけるようになりました」と山岡氏。

読者の声を徹底的に調べてからの記事づくり

読者が何を知りたいのかを知る上では、社内に抱えるシンクタンク「生きかた上手研究所」を活用している。例えば、人気特集の「スマホの使い方」、これは山岡氏が編集長に就任する前からあった定番の特集だが、就任を機に、生きかた上手研究所と組んで、読者がスマートフォンを利用する際にどこでつまずいているのかを定量的に調べた。その結果、それまでの特集で紹介していた使い方よりも基本的なことで読者は困っていることがわかった。

「読者に『スマホ日記』を付けていただきました。毎日どんなことにスマートフォンを使い、どんなところで困ったのか、イライラしているのかなどを1週間ほど書いていただいたのです。そこから、お困りのレベルはわれわれが想定していたものとはかけ離れていることがわかり、読者のレベルに合わせて特集を組みました。すると、非常に満足度が高いものになりました」(山岡氏)

このように、「読者の声を調査し、本当に求めていることを理解して」という姿勢を大切にしているハルメクにとって、データは重要な役割を果たす。特集を作る前に編集部は幅広いネットアンケート、少人数の読者を対象としたグループインタビューなど定量的、定性的な調査を行っているという。調査段階で3カ月ほど。その後の作業を入れると、合計6カ月ほどを費やして1つの号を作っているそうだ。Webに代表されるスピードの時代と逆行するように感じるが、時間のかかる紙ならでは、定期購読ならではのメリットもある。

実際に読者の方に話をうかがうことで、いろいろなことがわかるそうだ

例えば、「『ハルメク』では雑誌にとじ込まれているはがきを通じて特集を読んだ後の感想をしっかり聞くことができる」と山岡氏。とじ込みはがきは月に2000枚ほど戻ってくるが、「定期購読なのでハルメクに自分の意思を伝えたいという参加意識が強いようです」と、山岡氏はいう。

●将来はWeb中心の生活を送るであろうシニアに備えて

通販や文化事業でも「読者のため」という目線は同じ

通販、文化事業も、雑誌と連動することで相乗効果が出ている。通販では、「特集と関連した商品を扱うようにしました。雑誌を読んで読者が興味を持った時に、悩みを解決するための具体策として商品が手に入るような連動を心がけています」と山岡氏。

例えば、雑誌でグレイヘアを特集として取り上げた時は、通販では専用のヘアカラーを注文できるし、誌面を監修した美容家の講演会を聞きに行くこともできるという具合だ。興味に沿った商品が購入できるようにしたことで、通販の売り上げも順調に伸びているという。

雑誌で貫く「読者のため」という目線は、通販や文化事業でも同じだ。通販の7割を占めるプライベートブランド商品は、読者の意見を聞いて作っている。「女性服の場合、Mサイズといっても、若い人のMサイズとは違うことが多い。ハルメクはシニア女性の体型を調べて、洋服を作っています」と山岡氏は語る。

例えば、売れ筋の「3Dセリジエ・パンツ」はサイズだけでなく、体型別にも細かく分類して提供している。また、素材も肌になじみがいい素材を用いるなど、時間をかけて読者のニーズを徹底的に分析している。

山岡氏は、文化事業の好例として、「きくち体操」で知られる菊池和子氏の講座を紹介してくれた。この講座は、ハルメクの誌面でも連載があり、読者にはおなじみの菊池氏が年に1回、実際に体操を教えるもので、毎回キャンセル待ちが出る人気講座、満足度も高いそうだ。単発のイベントとしては、京都のピアニスト、カズコ・ザイラー氏のコンサートも大成功だったという。「京都の茅葺き屋根の家を音楽堂に改装してコンサートをしていることを雑誌で取り上げ、文化事業部と相談してイベントを企画しました」と、山岡氏は話す。

データ活用の成功の秘訣は、データの先を読み解くこと

データ活用は今のトレンドであり、さまざまな企業、組織がデータを活用して、事業を成功させようとチャレンジしている。はたして、データ活用のコツはあるのだろうか? 山岡氏に聞いたところ、次のような答えが返ってきた。

「データを集めたり、集計したりすることはどこでもやっていますが、ハルメクでは、そこから何を読み解くか、読み解いた結果から雑誌の企画をどう組み立てるのか、とその先に2段階があります」

例えば、「ボランティアに興味はあるか?」と尋ねると、ほとんどの人が「ある」「やってみたい」と回答するが、実際にやるかどうかには必ずしもつながらない。「調査の回答と、本当にそれが知りたいことなのか、お金を出してでも雑誌の情報として読みたいところなのかにはギャップがあります。そこを読み解けるようになる必要があるのです」と山岡氏。「読者自身も自分たちが本当に何を知りたいのかわからないことがあるので、そこをデータから上手に読み解いたり、想像したりするというテクニックが必要」と続けた。

山岡氏が今後の展望として挙げたのがWeb事業だ。ハルメクは2018年にWebサイトを立ち上げ、通販でもECを本格的に稼働した。新型コロナウイルスの影響もあり、最近イベントや講座もオンラインを始めたところだ。

「5年後、10年後のシニアは紙じゃなくてネット、通販の注文も電話ではなくてネットという予測を立てています。シニアをターゲットとしたビジネスを展開している以上、将来に備えなければなりません。われわれもそこに対応していくため、Webへのシフトを進めています」と山岡氏。

Webでは現在、気軽に読めて役に立つオリジナルの記事が中心というが、今後は読み物も充実させていきたいという。「感動したり、毎日読んで心の支えになったりするようなコンテンツをWebでもできたらいいなと思っています。そういう記事は検索で引っかかりにくく難しいのは承知していますが、それでもここにくれば心に響く読み物がある――そんな存在になりたいですね」と、山岡氏は目を輝かせた。