日本国債がそれでも持ちこたえているカラクリ
国の借金が膨れ上がっていく中で日本の将来はどうなるか?(写真:CORA/PIXTA)
新型コロナウイルスの世界的なパンデミックによって、世界経済が停滞している。各国政府は国民を救うため、これまでの財政均衡の姿勢を崩し、集中的な財政支出を一斉に始めた。
IMF(国際通貨基金)の調べによると、各国政府による新型コロナによる経済対策の総額は、10兆ドル(約1070兆円)に達しているようだ。6月10日現在の数字ではあるが、世界の国内総生産に占める財政支出総額の割合は、リーマンショック時の2倍以上になるのではないかと試算されている。
アメリカでは、総額で約3兆ドル(約320兆円)に達する財政支出が計画されており、EU(欧州連合)でも、コロナで打撃を受けた国々を支援する総額7500億ユーロ(約90兆円)規模の「復興基金」の創設が決まった。
お金を必要としているのは政府だけではない。企業もまたストップしてしまった収入を社債の発行などによって賄う必要があり、今年4月の世界の社債発行額は、1980年以降で最高、過去10年の月平均の2.2倍となる6314億ドル(約67.5兆円)になったと報道されている(「世界の社債発行最高に 4月67兆円、中銀支援で格差も」日本経済新聞電子版、2020年5月20日配信)。
アメリカも含めてゼロ金利政策が行われている現在、金利の負担はないものの、世界中で国債や社債が発行されている状況は、これからの世界経済に大きな歪みをもたらすかもしれない。
日本の政府債務はGDPの2.4倍
とりわけGDP(国内総生産)の2.4倍を超える政府債務を抱える日本への懸念は募る。日銀に頼りきった資金調達をいつまで続けるのか。いわゆる政府の歳出と税収差である「ワニの口」が開きっぱなしの状態で、いつまでこの状態を保てるのか。格付け会社の「S&Pグローバル・レーティング」と「フィッチレーティングス」が相次いで日本国債の見通しを引き下げたが、今後格下げといった事態にはならないのか。
すでに新型コロナウイルスによるパンデミックが始まって以降、格付け会社は世界中で2000社の社債の格下げをしていると言われている。ところが、その社債市場には大量の資金が流入。世界中の中央銀行による金融緩和政策が、空前の過剰流動性をもたらし、世界中の投資マネーが、格下げによって金利が上昇したハイイールド(高金利)債に向かっているのが現実だ。
コロナが経済にどれほどの影響を及ぼすのか、先行きがまだ見えない中で、日本を含めた世界政府の財政状況はどうなっていくのか。政府は、自力で紙幣を印刷してお金をばらまくことができたとして、無制限に資金調達のできない企業や金融機関破綻はどうなるのか。
好むと好まざるとにかかわらず、国債や社債の償還期限は確実に迫ってくる。そうした状況の中で、世界経済はどうなるのか。そして日本の大きく開いたワニの口の先行きはどうなるのか。日本の財政状況を取り巻く環境について考えてみたい。
日本政府の2020年度の一般会計予算は、当初予算で102.7兆円だった。いまや注目されなくなったが、100兆円を超える予算が特別な災害のない年でも組まれるようになったのは最近のことだ。緊縮財政などという発想は当初から存在していない。そんな予算の組み方と言える。
よく反緊縮財政を訴える人々は、「財務省が緊縮財政にこだわるために、日本はいつまでたってもデフレ経済から脱却できない」といった言い方をするが、麻生太郎財務大臣の発言などを見てもわかるように、反緊縮財政のリーダーこそ財務省ではないかと考えることもできる。
財務省は財政破綻を本気で心配しているのか
わずか63.5兆円程度の税収しかないのに政治的判断で100兆円規模の予算が組まれる。財務省が財政破綻を本気で心配している管轄省庁とはとても思えない。しかも、安倍政権になってからは中央銀行である日本銀行まで巻き込んでしまった。
いずれにしても、今回のコロナの影響で2020年度予算は極めて特殊なものになった。当初予算に加えて2回の補正予算を組むことになり、1回目の補正予算で25.7兆円、2回目は31.9兆円。合計で2020年度は単年度で160.3兆円の一般会計を組むことになったのだ。
これらの予算のうち、当初予算で32.6兆円、1回目と2回目の補正予算で57.6兆円が「新規国債発行」によって賄われ、合計で90.2兆円が新たに発行されることになった。しかも、このうちの71.4兆円が「特例国債」と呼ばれるも、いわゆる「赤字国債」となる。まとめると次のようになる。
●当初予算……102.7兆円(新規国債32.6兆円、赤字国債31.6兆円、公債依存度31.7%)
●補正予算……57.6兆円(新規国債57.6兆円、赤字国債46兆円)
どの程度借金に頼っているのかを示す「公債依存度」は、2009年度のリーマンショック時は51.5%、2012年の東日本大震災時では48.9%だったのだが、今回のコロナでは56.3%まで跳ね上がる。そのうちの44.5%は赤字国債の割合になる。
ワクチンや治療薬の開発次第だが、今後はもっと凄まじい経済対策が必要になるかもしれない。実際に、まもなく始まる2021年度の当初予算の編成では、概算要求基準の設定を見送った。要するに、各省庁とも上限を決めずに青天井で予算を要求できることになったわけだ。
むろん、要求してもそのまま通るわけではないが、直接コロナとは関係のない省庁でも、ここぞとばかりにこれまで計画していたプロジェクトの予算を計上してくる可能性が極めて高い。
こうした現実を踏まえて、内閣府は財政の均衡を目指す「基礎的財政収支(プライマリーバランス、以下PB)」の黒字化が、当初予定していた2025年度から2029年度にずれ込む見込みを発表している。
7月31日に「経済財政諮問会議」に提出した「中長期の経済財政に関する試算」を詳しく見てみよう。相変わらず「2025年度のPB黒字化と債務残高の対GDP比の安定的な引き下げを目指す」としながらも、2021年度の実質GDP成長率がV字回復(予想は2020年=−4.5%、2021年=+3.4%)したとしても、PBの黒字化は2029年度になるという理屈が示されている。
「日本の財政破綻はありえない」と言い切れない?
さて、そんな状況の中で、格付け会社のS&Pとフィッチが相次いで、日本国債の「見通し」を引き下げたわけだが、もともと日本の財政状況は極めて特殊な状況が続いており、政府の歳出と税収差を「ワニの口」と呼んで、ワニの口が広がれば広がるほど財政危機にある、と言われてきた。
2020年度の「ワニの口」はとうとう100兆円を超えており、前代未聞の状況だ。日本の政府債務はGDPの2.4倍にまで達している。この水準は日本が太平洋戦争で敗戦が決まったときの水準よりも高く、近代史上最も政府債務がひどかったイギリスの太平洋戦争直後をも超えようとしている。
かつて、格付け会社のS&Pは、日本の財政の状況を「前人未到の領域に入った」と表現したことがあるが、その時点の日本の普通国債残高はおそらく500兆円程度だったように記憶している。
筆者も、まだ400兆円台の普通国債残高のときに、雑誌のインタビューで財務省に「破綻はしないのか」というテーマで取材したことがある。1980年代のバブルが崩壊して、日本経済が逼迫していく中で、数多くのエコノミストや投資家が、このままではいずれ日本の財政状況は悪化し、当時まだ記憶に新しかった南米のアルゼンチンやブラジルの財政破綻からハイパーインフレに至るまでのプロセスを思い描いた。
確かに、教科書どおりにいけば、現在日本政府がやっている「財政ファイナンス」とも「マネタイゼーション」とも言われるような政策を続けていけば、日本の財政はいずれ破綻しても不思議ではないと思われていた。通貨を発行する中央銀行が、日本の国債を直接買い上げる政策は法律で禁止されているように、国家破綻への最短コースと言ってもいい。
さらに、日本銀行がバランスシートを大きくしていけば、いずれは日本銀行の信用が失われ、日本銀行が発行している「円」は暴落。日本国内の輸入物価が暴騰して、悪性インフレになるのではないか、という懸念があった。日本国債がどんどん発行されれば、需要と供給のバランスが崩れて、金利が上昇するのではないかと思われていたからだ。
ところが、日本の場合はマイナス金利のままの状態が続いている。麻生財務大臣が指摘したように、日本の金利は一向に上昇(価格は低下)の兆しを見せない。
日本どころか、世界でみても、リーマンショック時に世界の中央銀行がそろって莫大な資金を市中に拠出したにもかかわらず、インフレはやってこなかった。アメリカの「ヘリコプター・マネー」と揶揄されるほどの大量の資金も、金融市場の流動性を潤滑にして、ドナルド・トランプ大統領の就任とともに、株式市場や不動産市場に資金が流れた。紙幣を印刷してばらまけば、かつては必ずと言っていいほど、インフレもしくはハイパーインフレのような状態になったにもかかわらず、物価は上昇しなかった。
日本の財政状況もハイパーインフレどころか、インフレにもならず、ひたすらデフレから脱却できないでいる。財政の基本とは異なる結果になっており、だれもその明確な理由を説明できないでいるのが現状と言っていい。
日本国債がデフォルトの可能性を見せない6つの理由
そもそもなぜ日本の財政が破綻しないのか、これまで指摘されてきた内容をいくつかピックアップすると、次のようなものが挙げられる。
1.海外保有比率が少なく自国内での消費が可能である
2.世界最大の債権国であり、経常収支が黒字で外貨準備高も十分にある
3.クジラと呼ばれる公的資金を総動員して日本国債を買い支えることができる
4.海外勢が日本国債の売り方に回っても、民間の生命保険会社や銀行が買い支える
5.中央銀行である日本銀行が日本国債を買い入れるシステムが確立されている
6.国民が円を信用し、日本政府を信用している
こう考えると、1と2、6以外は日本特有の金融環境に基づいたセーフティーネットと言える。近年、財政が破綻してハイパーインフレなどに陥ったベネズエラやジンバブエは、上記の条件を1つも満たしていない。日本も国力が落ちれば、ベネズエラやジンバブエのようになるかもしれないが、当分は安泰と言えるだろう。
実際に、日本国債の格付けはムーディーズ(A1)、S&P(A+)、フィッチ(A)と安定しており、債券がデフォルト(債務不履行)した際に支払われる保証料の目安となる「CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)」の値も60.45ペーシス・ポイント(Markit iTraxx Japan、8月5日現在)となっており、こちらも安定している。
もっとも、格付け会社の投資適格債券に対する格付けは、リーマンショック時にそのずさんさが批判されており、以前のような高い信頼度があるのかどうかは不明だ。
いずれにしても、政府は現在の巨額債務への対応を先送りし、デジタル化や災害対策を優先すると「骨太の方針」で示した。日本の財政はかつて、S&Pが指摘した「前人未到」の領域から次なるステージに入ったと言ってよいだろう。
実際に、西村経済再生担当大臣は「いまは財政を気にしていたら、国民の生命、雇用を守れない」と発言しているように、財政破綻の心配をしている場合ではない。ただ、2020年度末の国債発行残高は初めて1000兆円を上回り、プライマリーバランスの赤字額も2020年度の当初予定額の9.2兆円から66.1兆円に膨らむ予定だ。
こうした現状の中で日本の財政破綻は起きないのか。その懸念に対して、最も信頼できる根拠が「海外保有比率」と言ってよいだろう。2019年度末の段階で、外貨準備を除いた民間の海外保有比率は9%で、まだ11%の余裕があると言われる。
これは、「許容できない債務」と題する世界銀行のエコノミストが発表したリポートで指摘されており、政府債務がGDPの2.4倍にも達する日本の財政状況にはまだ余裕があると公表したのだ。
日本国債の海外保有比率は、国債だけであればまだ7.7%程度だが、国庫短期証券も合わせれば12.9%となっており、いまや日本国内の銀行を追い抜く勢いになっている。この3月末は145.8兆円だ。日本銀行「資金循環統計」によると、日本国債の発行高は1032.6兆円となり、保有者別内訳は次のようになっている(2020年3月末速報値)。
●日本銀行……47.2%(486.9兆円)
●生損保等……21.1%(218.1兆円)
●銀行等……14.4%(148.4兆円)
●海外……7.7%(79.1兆円)
一方、日本政府が発行している「国庫短期証券(T-Bill)」は98.2兆円の発行高のうち、海外投資家の比率は67.9%(66.6兆円)にも達する。国債と国庫短期証券を合わせた海外保有比率は12.9%(145.8兆円)。国債のみの海外保有比率は、イギリスの12%、スイスの11%と比べればまだ低いかもしれないが、油断はできないレベルであると言ってよい。
リポートでは、海外保有比率が20%に達するまでにはあと11%の余裕がある。11%というと約110兆円程度。日本銀行がいつまで国債を買い続けることができるのかわからないが、現在の海外投資家の保有額は79兆円程度。国庫短期証券を含めても145兆円であることを考えると、海外投資家が今後さらに110兆円を上積みするには、まだもう少し時間がかかりそうだ。
格付け会社のS&Pやフィッチが、日本国債の「格付け見通し」を「ポジティブから安定的」「安定的からネガティブ」に引き下げたわけだが、こうした動きはコロナ時代の幕開けとなった現在、日本だけの問題ではなくなっている。世界中の政府や企業の格付けが下落し、債券市場に影響を与えることになるはずだ。日本国債が抱えるリスクは、日本特有のものではないということだ。
財政破綻=ハイパーインフレの時代は終わった?
例えば、世界中で格下げとなった企業は2020年に入ってからざっと2000社にのぼる。「フォーリン・エンジェル(堕天使)」と呼ばれる「投資適格」から「投機的」格付け、いわゆるジャンク債に引き下げられた社債も莫大な規模にのぼっている。シティバンクの試算では2020年だけで3000億ドル相当の債券がジャンク債に転落するのではないかと試算している。
一方、アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、新型コロナのパンデミックによる信用収縮に備えて、3月22日以降に投資適格から投機的格付けに引き下げられた「フォーリン・エンジェル債」を購入することを決定。その影響を受けて、アメリカのジャンク債市場には大量の資金が流れ込んできており、ハイイールド(高金利)債市場が活気づいている。
要するに、世界中がこれだけ過剰流動性に陥っていれば、そう簡単には債券はデフォルトにはならないということだ。同様に、国債などのソブリン債であっても、ベネズエラのような特殊な例を除いて、そう簡単にはデフォルトをおこさない市場環境になっていることになる。
世界中にマネーが余っている状態であり、ゼロ金利政策が続いている現状では、配当が出て売買益も期待できる株式市場やジャンク債のような金利の高い金融商品には、資金がどんどん入ってくる状態と言ってよい。
リーマンショック以降、世界中に拡大した過剰流動性によって、以前とは異なる金融マーケットに変化している、と考えていいのかもしれない。まして、日本のような莫大な額の日本国債が流通している市場では、当面はデフォルトの心配は少ない。
言い換えれば、インフレになる心配もない。唯一心配なのは、コロナのパンデミックが経済を落ち込ませ、新興国の対外債務の支払いが滞ってデフォルトに陥ることだ。今年の5月には、アルゼンチンが史上9度目のデフォルトに陥っている。
そのほかにもトルコ(B+、S&P)、南アフリカ(BB−、同)といった国も、すでに「投機的格付け」の状態だ。これらの国のデフォルトは日本に直接的な影響はほとんどないと思われるが、スペインなどの銀行が影響を受け、金融機関の経営破綻が連鎖したときには、めぐりめぐって日本のメガバンクなどに跳ね返ってくるかもしれない。
それでも、日本国債の場合、マイナス金利政策、日本銀行による国債やETF(上場投資信託)買い付けといった金融政策が続く限りは、少なくとも円の急落によるハイパーインフレといった心配はないのかもしれない。海外のヘッジファンドなど、リスクを取って仕掛けてくるリスクマネーが動いたとしても、日本国内の銀行や公的資金、民間金融機関などが揃って買い方に回るはずで、日本国債が売り込まれて金利が上昇といった可能性は少なそうだ。
問題はコロナの収束時、アベノミクスの出口戦略
では、このまま日本政府は未来永劫、財政再建に取り組まなくていいのだろうか。世間で盛んに言われている「次世代に大きな負担を残す」心配はないのだろうか。アベノミクス時代に生きたわれわれはよいかもしれないが、その子供や孫も、いまのように日本銀行に国債を買ってもらい、充実した行政サービスや景気対策の恩恵を受けられるのだろうか。
「貨幣の量を増やせば物価が上がる」という経済学者のミルトン・フリードマンが提唱した考え方は、いまのところ説得力がなくなってきている。アベノミクスは、この考え方に基づいて、異次元の量的緩和に踏み切り、バズーカ砲と呼ばれる金融政策を展開してきた。
市中に流通させるマネーの量を増やしても、インフレにならないのであれば、アベノミクスは根底から誤っていたことになる。そういう意味では、アベノミクスもそろそろ次のレベルに移行する段階に入っている。
日本の財政問題は、どことなく日本の原発行政に似ている。「原発は危ない」という言葉は、いつしかオオカミがやってくると騒ぎ続けてきたオオカミ少年のように扱われていたものの、東日本大震災では、あわや東日本が全滅するリスクまで見え隠れした。
日本国債の発行残高を意味もなく、大義名分もなく、増やし続けていいという説明は不可能だろう。金融機関同士の資金ショートも当面は考えにくいから、金融危機が起こる可能性も低い。新型コロナウイルスが収束に向かったとき、そして安倍政権が終わったときに、どんな形でこの膨れ上がった財政を健全化させるのか。真剣に考え始める時期に来ている。