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 1周1秒遅いマシンで勝つ。

 少しでもモータースポーツに詳しい人間なら、これがいかに困難なことか、よくわかるはずだ。


シャンパンファイトで美酒を味わうフェルスタッペン

 予選でまたしても、レッドブルホンダはメルセデスAMGに1.022秒もの差をつけられた。しかし、決勝ではその差をひっくり返し、大逆転で勝利をもぎ取って見せた。

 それはマックス・フェルスタッペンの驚異的なドライビングであり、レッドブルのレース週末全体を見据えたタイヤ戦略であり、場面に応じて攻めるホンダ製パワーユニットであり、チーム全体が噛み合って成し遂げられた偉業だった。

 まず、予選Q2をハードタイヤで通過し、決勝をハードでスタートする優位を得たこと。

 ハードと言っても1週間前(第4戦イギリスGP)のミディアムであり、上位10台のうち5台が選んだタイヤだった。しかし、1ステップ柔らかいタイヤが導入されたなかで、予選をハードタイヤで戦うのは勇気が必要だった。実際、フェルスタッペンのQ2突破は脱落圏までわずか0.232秒差でしかなかった。

 クリスチャン・ホーナー代表は、メルセデスAMGと同じ戦略を採っていたのでは勝ち目がないからこそ、アグレッシブに攻めたのだと説明する。

「我々にとってメルセデスAMGと戦うための最大の方法は、彼らと異なる戦略に賭けることだった。それはハードタイヤでスタートすること。それが極めて重要な要素だった。Q2をハードで通過しようとしたのが我々しかいなかったことには驚いたけどね」

 1週間前のイギリスGPでは多くのチームが嫌ったソフトタイヤが、今週はミディアムと呼ばれるタイヤになった。さらには安全性を高めるために最低内圧が上げられ、グリップ的にも熱的にも厳しい状況になった。

 つまり、"ミディアム"という名前ではあるものの、先週のソフトよりも保たないタイヤで多くのマシンが走ることになったのだ。

 そんななかでフェルスタッペンだけがハードタイヤを履き、さらには予選でのアタック数をわずか4回に抑えたことで、ミディアムもハードも新品を決勝に残した。タイヤに厳しい決勝を見据え、レース週末全体のタイヤ戦略を組み立てていたのだ。

 もちろん、それはリスクと背中合わせの戦略。だが、その「攻める姿勢」こそが勝利への重要な足がかりだった。

 ホンダの山本雅史マネージングディレクターは、金曜から勝利の可能性を感じていたという。昨年のオーストリアGPで初勝利を挙げた時と同じ感覚だった。

「金曜日の走行が終わった時点で、広報スタッフに『今週は勝つかもしれないよ』って言っていたんです。先週のレースでメルセデスAMGにタイヤトラブルがあったので、今週はいろんなことが噛み合えば何かが起きるんじゃないかという手応えはありました。

 ですから、予選前のブリーフィングでQ2はハードタイヤでいくと聞いた時には『やった!』と小さなガッツポーズでしたね。レースっていうのは攻めていかなければいけないんだ、ということをあらためて痛感したレースでした。それをきちんとやり切るチームとドライバーの力が光っていたと思います」

 ハードタイヤでスタートしたフェルスタッペンは、ミディアムを履く後続勢を抑えるどころか、絶好の発進加速でニコ・ヒュルケンベルグ(レーシングポイント)を抜いて3位に上がった。

「何か起きた時にチャンスを掴むには、メルセデスAMG勢のすぐ後ろの3位にいなければならない。レーシングポイント勢とは決勝ペースが違うから、問題はいつニコを抜くかで、抜いてしまえばあとはひとり旅になる」

 フェルスタッペンはスタート前にそう語っていた。しかし、その予想はいいほうに外れた。

 メルセデスAMG勢のタイヤにはブリスターが発生し、10周目を迎えるころには大幅にペースが落ちてきた。フェルスタッペンとの差は見る間に縮まり、レースエンジニアのジャンピエロ・ランビアーズが「今はタイヤを守るためにペースを落として、ギャップを2秒以上に広げろ」と言ったほどだった。

 しかし、フェルスタッペンはこれに従わなかった。

「これがメルセデスAMGに追い付く唯一のチャンスなんだ。おばあちゃんみたいな運転で待っているつもりはないよ!」

 もちろん、無謀に攻めて行ったわけではない。フェルスタッペンはその後に「僕だって分別はついている。心配しなくても大丈夫だよ」と付け加えた。

 前走車の2秒以内に入ると気流が大きく乱れ、ダウンフォースを失ってマシンはスライドし、タイヤを傷める。F1界では誰もが知っている「常識」だが、それはあくまでデータ上の話でしかない。フェルスタッペンは自分の感覚で、この走りならタイヤを痛めることはないと確信を持ってドライビングしたのだ。

「僕らはこれまでメルセデスAMGと戦えるチャンスなんてなかったのに、今日はそれができそうだった。だから、彼らにプレッシャーをかけていった。むやみやたらに攻めると、時には自分のタイヤを傷めてしまって自滅行為になりかねないけど、今日はそうならないと思っていたんだ」

 データを超えるドライビングセンス。それがフェルスタッペンのすごさだ。ホーナー代表も、その点には全幅の信頼を寄せている。

「マックスはタイヤを感じ取る能力が非常に高い。彼は高速コーナーでタイヤをプロテクトして走ることに自信を持っていたし、最適なタイミングでピットインするためのドライビングができていた。本当に信じられないくらい、すばらしいタイヤマネジメントをしていたよ」

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 13周目と14周目にメルセデスAMG勢がピットインを余儀なくされたことで、フェルスタッペンは26周目まで引っ張った。その間も、よりフレッシュなハードタイヤに履き替えたメルセデスAMG勢とほぼ同等のペースで走り続けた。

 だが、ピット作業でわずかなミスがあり、前をキープできるはずだったバルタリ・ボッタスに先行を許してしまう。それでも新品ミディアムの一撃を生かし、ピットアウト直後のウェリントンストレートで捕まえ、ターン6への飛び込みで仕留めた。

 追い抜き、そしてディフェンスの際にも、パワーユニットを「モード6」から「モード7」「モード8」と頻繁に切り替えてアグレッシブにパワーを絞り出していた。しかし、昨年のオーストリアGPの時のように"前借り"をして1レース分以上のモードを使ったわけではないという。

 ホンダは今回のレースで今季2基目のパワーユニットを投入した。決勝で使用できるモードの自由度が高くなり、それだけ決勝に余裕が生まれているのだ。ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「新品を入れたからがんばっちゃいました、という形ではなく、きちんとマネジメントしながら使っていくつもりです。ただし(パッケージとして後れを取っている)今の状況を考えて、必要な時には必要な攻める使い方をすることは、チームやドライバーとも合意してやっています」

 フィニッシュ後にフェルスタッペンが無線で送った「ホンダの仕事もすべてがパーフェクトだったよ」というメッセージは、それを表わしたものだった。70周年記念GPの勝利は、チームとパワーユニットとドライバーがすべて仕事をやり切ったからこそ掴み獲ることができたものだ。

「(メルセデスAMGとの差は)絶対値として難しいものの、総合的に見れば王者に挑んでいけることが見えた。箸にも棒にもかからない状況で、この過密スケジュールを戦って閉塞感が出て来かねないなか、モチベーションに大きく影響する結果です」(ホンダ・田辺テクニカルディレクター)

 予選では1.022秒もの差をつけられたレッドブル・ホンダだが、決勝ではメルセデスAMGを上回る速さを見せた。これがタイヤのためか、風が若干弱くなったためか、それとも予選のパフォーマンスが劣っているためなのか、まだわからないという。

 しかし、開幕4戦では届かなかったメルセデスAMGの牙城に手が届いたことは揺るぎない事実だ。その理由を正しく理解することが、今後のレッドブル・ホンダの躍進のカギを握っていると言える。


シルバーストンのコースを攻め抜いたレッドブル・ホンダ

「メルセデスAMGと戦えるペースがあったのは今日だけ。土曜の予選では我々の弱点であったいくつかのコーナーで、今日はまったく問題がなかった。我々にとって重要なのは、このデータをしっかりと分析し、理解することだ」(ホーナー代表)

 最高のレースを祝福する一方で、現実を直視し、改善への手がかりも掴み、さらなる飛躍を望む。それがレッドブル・ホンダの強さであり、未来へ向けた希望だ。

 彼らはまだ、2020年のチャンピオンシップをあきらめてはいない。