JALとキリンビバレッジが考える「新しい工場見学」の形とは? (写真:筆者撮影)

リモートワーク、フルフレックス、オンライン授業……コロナが日本社会に与えた変化は枚挙にいとまがない。

驚くことに、「工場見学」にもその影響が出始めている。新型コロナウイルス感染拡大防止のため工場見学を休止せざるをえない状況が続く中、日本航空(JAL)とキリンビバレッジが共同で「おうちで工場見学を楽しもう!! リモート社会科見学」なる“新しい生活様式”よろしく、“新しい工場見学”を開催した。

「個人的な思いとして、甲子園(全国高校野球選手権)が中止になるなど、コロナによって子どもたちが割を食う機会が多いと感じていました。何かできないかなという思いがあった」と語るのは、技術協力に加え企画実現に向けて動いた日本マイクロソフト Microsoft 365 ビジネス本部・山本築プロダクトマーケティングマネージャーだ。

2日で1万人が参加した「リモート工場見学

JAL工場(スカイミュージアム)見学は年間約14万人が訪れ、キリンビバレッジ湘南工場は年間100校以上が訪れる社会科見学ツアーとして人気を博す。

国内には数多くの工場見学が存在し、これらが休止・延期・縮小となれば、子どもたちの関心の機会の減少につながってしまう。そこで画面を通じて、リモートで工場見学さながらの内容を届けるというのが、「おうちで工場見学を楽しもう!! リモート社会科見学」の趣旨だ。

見学の手段はいたって簡単。コミュニケーションや会議、情報共有をサポートするコラボレーションツール「Microsoft Teams」と、その模様をライブ配信できる「Microsoft Teamsライブイベント」を活用するだけ。事前登録なしで、無料でパソコンやスマホから簡単に工場見学を楽しむことができる。


子どもたちは自宅からパソコンやスマホを通じて工場見学に参加できる(写真:筆者撮影)

子どもたちはもちろん、親御さんや興味がある大人など誰でも参加でき、開催した2日間で、海外からの見学者も含めて合計1万人以上が参加したというから一驚する。

このリモート工場見学、単なる遠隔からのライブ配信とはわけが違う。日本マイクロソフトが技術協力をしていると先述したが、「Microsoft Teams」に加え「HoloLens 2(ホロレンズ2)」を使用している。

「ホロレンズ」とは、マイクロソフトが2016年に発売したゴーグル型の次世代コンピューティングプラットフォーム。物理世界とデジタル世界を融合し、ユーザーは物理世界に存在しながら、物理・デジタル両方のオブジェクトとやり取りができる世界(MR=MIXED REALITY/複合現実)を体験できる……と言ったところで、何のことかなかなか伝わらないと思う。

映画『アイアンマン』の主人公トニー・スタークが、現実世界にデジタル情報を浮き出させ、空間上でひゅんひゅんとスワイプする。最新機である「ホロレンズ2」を装着すると、そんなようなことができてしまう、と説明すればおわかりいただけるだろうか。

ワードやエクセルといったデータ類、計算機やキーボード、その他さまざまなアプリケーションがレンズ上に浮かび上がり、タッチして動かすことが可能となる。SFの世界さながらだ。

「整備士の目線」を体験できる

JALのリモート工場見学では、最大5機を格納できる格納庫の中から大迫力の映像を届け、CAと整備士が案内。見学者から寄せられた質問に回答するなど、双方向性を実現しながら、機体の説明や整備の仕事を中継した。

その間、整備士目線の映像が映し出されるだけでなく、装着したホロレンズ上に表示される情報まで、リモート工場見学者は画面を通じて楽しむことができる。

写真の左下に浮かび上がっている女性CAの映像は、リアルタイムで整備士のホロレンズ上に映し出されている映像で、スイッチャーが二つの映像を、一つの画面に表示しているわけではない。


ホロレンズを着けた整備士の視線を追体験できる(写真:筆者撮影)


整備士の視線が上写真の映像となる。女性のキャプチャー画面や操作パネルは、実際に整備士がかけている「ホロレンズ2」の画面にも表示され、空間上で操作できる(写真:筆者撮影)

株式会社JALエンジニアリング技術部技術企画室・谷内亨さんは、リモートの魅力を次のように話す。

「普段の工場見学では、参加者は安全面から機体の下に立ち入ることができません。そのため遠目からエンジンやタイヤをはじめとした細部を眺めるしかないのですが、リモート工場見学では整備士が近づくことで、通常の工場見学では見ることができない機体の一部を、映像でお届けすることができます。また、未就学生の子どもたちをはじめ、さまざまな理由で見学に来れない方がたくさんいます。そういう方々にもワクワクしていただきたいという思いがあるので、定期的にリモート工場見学を続けていくつもりです」

この日、リモートで子どもたちと参加したお父さんも、「小さな子どもがいるので、実際の社会科見学に行くことは難しい。ですが、こういった形であれば家族と一緒に見ることができ、2歳の息子もとても興味深く飛行機を見ていて、とてもよかったです」と大満足だ。

「リアル以上に負担が大きい」という課題も

一方、課題がないわけではない。実際の工場見学では参加者の年齢層などが見えるが、リモートではどんな層が参加しているのか把握しづらい。そのため、子どもに合わせて話すべきか、もう少し難しく説明して詳細が伝わるようにすべきか、といった点は悩みの種となる。

スタッフの数も、現場の映像班に加え、スイッチングなどを担当するスタジオ班を用意するなど大規模となり、手間と時間がかかる。また、JALのリモート工場見学では格納庫という特殊な環境下だったこともあり電波状況が安定せず、事前に撮影した「ホロレンズ2」の映像を組み合わせて進行するなど、リアル工場見学にはない労力が発生することも想定しておく必要がある。

それでも前出の山本さんは、「大手企業と垣根をこえて何か新しいことを生み出していくことが、働き方改革の文脈にあると思っています。日本社会の多様性のある働き方を実現させるということで、いろいろな取り組みを行っていきたい」と強調する。

新しいものを生み出す際に、新しい技術がブースターとなることは多い。

昨今、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)などを総称して「xR」(エックスアールまたはクロスリアリティ)と呼ぶ。VRは、アイマスクのように視界が完全にふさがれるため、現実世界が入り込む余地はない。では、ARとMRの違いについてはどうだろうか? なかなかわかりづらい。

ざっくり言うなら、現実世界の中にあたかもそこに存在するかのようにデジタル情報を3Dで表示できるのがMR、2Dで表示するのがARとなる。どちらも現実世界全体がキャンバスとなり、デジタル世界を(グラスやゴーグル越しの)スクリーンに表示するという点では同じだ。

3Dで表現できるMRは、単純にスペックとしての性能が高いため、ARよりも価格が高くなる。開発が進んでいるアップルのスマートグラス「Apple Glasses」はARで、マイクロソフトの「ホロレンズ2」はMRだ。

先駆けて登場した「ホロレンズ2」は、遠隔支援、作業支援、トレーニング支援などの用途で、現在、企業で活用され始めている。工場見学にとどまらず、その可能性は多岐にわたろうとしている。

ホロレンズ2で作業効率向上を目指すトヨタ

例えばトヨタは、今年から全国のディーラーに「ホロレンズ2」を配布し、作業マニュアル、作業支援として使用する予定だ。

作業マニュアルは車種によって異なるため、膨大な量をストックし、それを見ながら作業しなければならない。ところが、「ホロレンズ2」を装着すれば、作業の手順をホロレンズ上に表示できるだけなく、自動車の中に張りめぐらされている複雑なワイヤーハーネスを3D化し、レンズ越しに表示することも可能だ。わかりやすく作業が行え、さらには同じ画面を共有している遠隔者が指示を出すこともできるため、効率性が向上する。

「装着してみると多少の重さは感じるものの、レンズを覗くとパソコンのウィンドウを自分の手でつまんだり、タップするときも3Dに奥行きを持たせながら操作できるので、とても未来感があると感じました。もし実際の整備現場で使うとなったとき、機体を見ているだけで情報が出てくるので、新しい整備のあり方を考えてしまいました」とは、先のJALリモート工場見学で実際にホロレンズ2を装着した整備士の声だ。

面白いところでは、「コールセンター×ホロレンズ2」という取り組みも始まっている。商品の使用方法についての問い合わせがあった際、コールセンター内に商品がずらりと並んでいることが珍しくない。というのも、事細かにわかりやすく伝えるため、実際に商品を触りながら電話越しに説明するからだ。


現場の最前線で活躍する従業員(ファーストラインワーカー)の働き方を変えるMR技術(写真:マイクロソフト提供)

しかし、MRを使って目の前に3Dで商品を表示させれば(回転させたり、大きくしたりもできる)、どこにいても説明することができる。スキルがあれば、時間や場所を超えた新しい働き方を実現し、育休や介護といった環境下によって生じる、本人が望んでいない離職なども回避できる可能性が高まる。

コロナによって、テレワークや、休暇(バケーション)をとりながら仕事(ワーク)をするワーケーションといった言葉が定着しつつある今、「ホロレンズ2」をはじめとした新しい技術を導入した働き方も進むに違いない。

現在、「ホロレンズ2」は法人向け、開発者向けにしか販売していないため、価格も約43万円(税込み)と高額だ。しかし近い将来、「Apple Glasses」の販売なども追い風となり、MR・ARがコンシューマー市場にも普及していくことは想像に難しくない。ポケモンGOでも示されたように、IPコンテンツがMRやARと結びつけば、大きな話題を生むだろう。

リモート工場見学が魅せる「新しい価値」

「定期的に開催したい」と声を弾ませるだけに、新しい技術力を体験する意味でも、リモート工場見学にアクセスしてみてはいかがだろうか。人数制限がないこともリモート工場見学ならではの魅力だ。

「ホロレンズってこんな感じなのか!」と驚きの新技術を体感できるだけでなく、「飛行機の格納庫ってこういう仕組みになっていたんだ!」「キリンビバレッジの人気商品の生産ラインはどうなっているの?」と純粋に工場見学も楽しめる――。“自宅に居ながらにして見識を深められる”リモート工場見学は、アンダーコロナの新しい価値を堪能できるはずだ。