世界各国で新型コロナウイルス対策に伴うさまざまな制限が緩和されるなか、学校再開に関する難しい判断の指針となる科学的な知見は揺れ動いている。こうしたなかでも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について現時点で確実にわかっていることはある。

「学校再開や子どもたちの登校は、ウイルスの感染拡大にどんな影響を及ぼすのか:各国の研究から見えてきたこと」の写真・リンク付きの記事はこちら

まず、子どもは大人と比べて感染しても重症化することは少なく、死亡率もはるかに低い。これは米疾病予防管理センター(CDC)や中国当局のデータで証明されている。

ただ、子どもたちが教員や同級生に感染を広める可能性があるかという問題には、答えが出ていない。韓国での大規模な調査では、10歳未満の児童はほかの人を感染させるリスクは低いという結果が出ている。理由は明らかではないが、小児感染症の専門家たちは、子どもは大人より肺活量が少なく身長も低いことから、大人が子どもの呼気に含まれる飛沫を吸い込んでしまう確率は低いとの見方を示している。

ボストンにあるブリガム・アンド・ウィメンズ病院の研究者たちは、子どもが重症化しにくい理由について「ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)」という受容体たんぱく質が少ないことが原因ではないかと考えている。新型コロナウイルスはACE2を利用して細胞内に侵入し、呼吸器系を破壊する。

韓国の調査では一方で、10歳以上の児童はウイルス拡散という観点からは大人に近いことも明らかになった。だとすれば、小学校は再開しても、中学生や高校生はネットなどで自宅学習を続けるべきなのだろうか。また、登校した児童は常にマスクを着用してソーシャル・ディスタンス(社会的な距離)を保つことができるのか。

学校閉鎖の心理的な影響も懸念

学校閉鎖を巡っては、ティーンエイジャーを中心に心理的な影響も多く指摘されている。ロックダウン(都市封鎖)とオンライン学習が数カ月にわたって続いていることで、子どもがスマートフォンやタブレット端末を使う時間があまりに増え過ぎていると心配する親は多い。

こうしたなか米国のCDCは、秋からの学校再開を求める新たなガイドラインを7月23日に発表している。再開を推奨する根拠としては、子どもはほとんど重症化せずウイルスを拡散するリスクも低いこと、閉鎖を続けることによる精神面での弊害は避けるべきであることが挙げられている。

CDCは先に、机を6フィート(1.8m)離す、学年ごとに昼休みの時間をずらす、検温を実施するといった対策を盛り込んだ学校再開のための指針を公表している。ただ、トランプ大統領が「実行は困難だし、そもそもコストがかかりすぎる」と批判したことから、見直しを余儀なくされた経緯がある。

初等教育を優先すべき?

一方、全米科学アカデミーが7月15日に公表した報告書は、K-5[編註:米国の公立学校における幼稚園から小学校5年までの義務教育]および特別支援教育を提供する教育機関に対し、再開に向けた措置を講じるよう提言している。報告書の策定に携わったディミトリ・クリスタキスは、ソーシャル・ディスタンスの確保や手洗いの励行、マスク着用といった対策をとることで、教員や学校職員、生徒の感染リスクを減らせると指摘する。

シアトルにある児童研究の専門機関「Center for Child Health, Behavior and Development(CCHBD)」所長のクリスタキスは、「追加の感染予防策を実施すれば、小学校でも先生たちは安心できます」と言う。「特に小学生のうちは対面での教育が非常に重要なので、初等教育を優先して学校再開に踏み切るべきです」

クリスタキスは同時に、学齢期の児童の間で感染リスクが存在するかについては不明な点もあると認める。「学校のような環境で子どもがどの程度ウイルスを拡散させるのかという問いには、まだ答えが出ていません。“新型”コロナウイルスと呼ばれているのは、風邪の原因となるウイルスやこれまで発見されたコロナウイルスとは大きく異なるからです。子どもはあまり症状が出ず、感染の恐れも低いようです」

再び学校での感染が拡大した国も

クリスタキスのような専門家たちは、学校を再開した場合にどのような事態が起きるのか見極めるために、世界各地の事例を注意深く見守ってきた。

ノルウェーやデンマークなどの一部の国では、4月の終わりごろから初等教育の低学年を皮切りに子どもたちが再び登校するようになったが、手指の消毒の徹底や教室での人数制限といった措置がとられている。また、休み時間中も子どもたちが大きなグループで遊ばないようにしたり、机の間にスペースを設けるといった対策もおこなわれている。

ワシントン大学国際保健学部がまとめたリポートによると、こうした対策をとった上で4月と5月に学校を再開した国では、その後も感染拡大は起きていない。これに対し、イスラエルではやはり5月にロックダウンの解除に合わせて学校を再開したが、7月15日時点で学生1,335人、教育機関の職員691人の感染が確認されている。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』の報道によると、イスラエルの学校ではマスク着用やソーシャル・ディスタンスの確保といったルールは設けず、1学級の人数も40人と多いままだった。イスラエルでは5月以降、感染拡大を理由に学校125校と幼稚園258校が再び閉鎖となっている。

学校で感染拡大は起きにくい?

ただ、学校では感染拡大は起きにくいという報告もある。ドイツ東部ザクセン州では5月に対面での授業が再開されたが、のちに13〜17歳の生徒約1,500人と教員約500人を対象に実施された感染検査では、陽性となったのはわずか12人だった。つまり、この集団では感染はほとんど広まっていないことになる。

この研究論文は科学誌に掲載されたわけではなく、医学分野の査読前論文(プレプリント)を集めたプレプリントサーヴァー「medRxiv(メドアーカイヴ)」に投稿されたものだ。対象となった13の教育機関のうち3校で感染者がいたにもかかわらず、いずれの学校でものちに感染が拡大したり、周辺地域で患者が急増したりした事実は確認されていない。また、家族に新型コロナウイルスの感染者がいた生徒は24人に上るが、検査で感染が明らかになったのはこのうち1人だけだった。

この論文を発表したドレスデン大学の研究者たちは、児童は家庭内に感染者がいても感染せず、ほかの児童を感染させることはないようだと述べている。論文の筆頭著者で小児感染症の専門医でもあるヤコブ・アルマンは『WIRED』US版のメールでの取材に対し、以下のように回答した。

「わたしたちの研究では、感染拡大において子どもたちが果たす役割はこれまで考えられていたほどには大きくないことが明らかになりました。3月にロックダウンが始まる前から感染者が存在したことがわかっている学校でも、クラスター(感染者集団)が確認された事例はありません。予防対策(公共交通機関や商店でのマスク着用の義務化、スポーツイヴェントの禁止など)を実施して社会全体の感染者数を抑える一方で、同時に生徒たちの安全を確保しながら学校を再開する方法はあると考えています」

第2波が起きなかったドイツ

子どもを再び学校に行かせたい親たちにとっては希望のもてる話かもしれないが、ドイツと米国では事情が違う。米国では連邦政府と各州の対応が異なりさまざまな混乱が生じているが、ドイツは感染が拡大し始めた時点で迅速に動いた。初期段階で大規模な感染検査を実施し、治療方針を策定して集中治療の病床数を増やすといった措置を講じたのだ。また、ドイツ国民は政府を信頼し、そのガイドラインによく従っている。

ドイツでは経済活動や学校が再開されたが、これまでのところ感染の第2波は起きていない。ジョンズ・ホプキンズ大学のデータによると、7月26日時点での感染者数は累計で20万6,667人、死者数は9,124人にとどまる。なお、米国は感染者数は420万人超、死者数は14万6,831人と、いずれも国別で世界首位だ。

ザクセン州での調査は対象が2,000人前後と比較的小規模だが、疫学ではサンプル数が多ければ、それだけ特定の集団で広がる感染症について正確な状況を把握できる。

ここで韓国疾病管理本部(KCDC)による調査の結果を見てみよう。なお、こちらもプレプリントであることに注意したい。

KCDCは「インデックス・ケース」と呼ばれるクラスター内の最初の感染者5,706人の接触履歴を調べ、ここから約59,000人の感染例の追跡に成功した。年齢別に見ると、感染の拡散率は10歳以下の児童が最低だったが、10〜19歳では成人とほぼ同じだった。

ティーンエイジャーならではの事情

調査のサンプル数は印象的だが、小児感染症の専門家でヴァーモント大学医学部教授のウィリアム・ラツカは、児童が無症状だったか明記されていない点を指摘する。新型コロナウイルス感染者の4割は症状がまったく出ないとされており、自分が感染していることを知らずにウイルスを広めている人がかなり多く存在する。

ラツカはまた、調査時期が学校閉鎖によって子どもたちが1日の大半を家で過ごしていた期間だった事実も考慮すべきだと指摘する。「この研究結果でわたしにとって収穫だったのは、小さな子どもは家庭内でウイルスを拡散する可能性は低いという事実です」と、ラツカは言う。「わたしはこれまで、年長の児童のほうが懸念が大きいと考えていました。新型コロナウイルスは年上の子どもほど感染拡散率が高くなる可能性があります。10歳と19歳では、その行動はまったく異なります」

ティーンエイジャーになれば、外で過ごしたり友人と会ったりする機会が増える。ソーシャル・ディスタンスに注意するといったルールに従わなくなる可能性も高いだろう。適切な感染予防策が講じられ、教員もしくは児童の感染が疑われた場合には速やかに検査できるのであれば、年少の児童が学校に戻ることは可能だと、ラツカは考えている。

彼は「学校でのリスクをゼロにすることができるとは思いません」と言う。「ただ、地方自治体もしくは州レヴェルで正しい対策がとられれば、感染リスクを抑えることは可能です。学校の風景はこれまでとは違うものになるでしょう」

感染拡大を“管理”することの重要性

秋の新学期を前に、米国各地で近いうちに授業再開の是非を決めるための協議が始まるはずだ。教育委員会や学校長ら関係者は、専門家の助言や研究を参考に判断を下し、子どもたちを登校させるならどのようにしてリスク管理を実施するのか決めなければならない。

大統領や教育長官は、対面での授業を再開しない教育機関に対しては補助金の交付を停止すると発言している。これが合法なのか、またそれぞれの学校に具体的な影響が及ぶのかは定かではないが、政治的なプレッシャーがあることは間違いない。

フロリダ、テキサス、カリフォルニアなどの感染拡大が収まらない州では、現時点ではオンラインで学習を続けるほうが安全だろう。ノースウェスタン大学小児医学部教授で米感染症学会の理事も務めるティナ・Q・タンは、「感染が急拡大している状況では、学校再開は基本的にはトラブルに直結します」と指摘する。

ただ、多くの地域はウイルスが消滅したわけではないが、感染拡大をある程度は管理できている状態にある。学校側はウイルスの危険と、さらに数カ月にわたって閉鎖を続けた場合に子どもたちが受ける心理的影響のどちらがより大きなリスクとなるかを判断する必要がある。

十分な時間がないと警告する専門家もいる。ジョージ・ワシントン大学の公衆衛生学教授でボルチモア市の保健委員を務めたこともあるリアナ・ウェンは、公共施設の閉鎖やマスク着用義務化といった措置をただちに実行に移しても、感染拡大を抑えるには数週間かかると指摘する。

5月から6月にかけて一部の州が経済活動を再開したあとで再び感染が急拡大したが、ウェンはこれについて「ショートカットしようとすると何が起きるのかを目の当たりにしたわけです」と言う。彼女は感染予防策やプロトコルの準備、十分な検査の実施といったことをきちんと実行しなければ、「学校を再開しても実益はなく、むしろ人々の命を危険に晒すことになります」と警告する。