芥川賞、直木賞を凌駕…「本屋大賞」が絶大に支持される理由

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新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。東京都の外出自粛要請に始まり、政府の緊急事態宣言が出され、多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。通勤するサラリーマンが減ったため、都心部の大型書店は休業を余儀なくされた。出版業界も撃沈かと思われたが、実はいろいろなことが起こっていた。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

芥川賞、直木賞を凌駕する本屋大賞の価値

出版業界のメインイベントといえば文学賞である。出版社や新聞社などが社名を冠した賞を設けているが、認知度や販促効果を考えるとやはり二つの賞になる。

芸術性を重視した純文学作品を対象とする「芥川龍之介賞(芥川賞)」と、娯楽性を重視した大衆小説に贈られる「直木三十五賞(直木賞)」だ。どちらも1935年、文藝春秋社社長の菊池寛が創設した文学賞で、年2回(7月、1月)の選考結果発表はその日のうちにニュースとなって茶の間に届く。

ところが今日、話題性においても売り上げにおいても、2大文学賞を凌駕しようかという勢いの賞がある。2004年の創設、今年で17回を迎えた「本屋大賞」(年1回、4月発表)である。

「芥川賞・直木賞はたしかに歴史のある文学賞です。ただ、作家の先生方が選んだ本で、多くの一般読者が読んで面白いとは限らない。一方、本屋大賞を選ぶのは大の本好きで書店員になった私たち、つまり読者感覚に近い存在。年々それが浸透してきたと思います。売れ行きだってもう全然違いますから」と、ある書店員は明かす。

調べてみた。過去5年間の本屋大賞の5作品は、すべて年間ベストセラー(日販調べ)の総合ランキング20位以内に入っていた。2015年の『鹿の王』(上橋菜穂子著)は12位、2016年の『羊と鋼の森』(宮下奈都著)は7位、2017年『蜜蜂と遠雷』(恩田陸著)3位、2018年『かがみの孤城』(辻村深月著)・13位、2019年『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ著)10位だ。

この間の芥川賞・直木賞は計24作品。しかし、年間20位以内にランクインしたのは3作品に留まる。2015年上期に総合1位となった芥川賞の『火花』(又吉直樹著)、2016年上期芥川賞『コンビニ人間』(村田沙耶香著)の8位、そして本屋大賞とダブル受賞となった2016年下期直木賞の『蜜蜂と遠雷』(恩田陸著)の3位である。

書店員の言うとおりだ。文学賞には、今後の文壇をリードする有能な作家の発掘と同時に、低迷する書籍売上げへのカンフル剤としての役割が求められる。後者、すなわち書籍売上げへの販促効果においては、明らかに本屋大賞に軍配が上がるのだ。

本屋大賞受賞作の面白さは、歴代全17作品のうち11作品が映画化されていることからも分かる。たとえば『博士の愛した数式』(小川洋子著/第1回)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(リリー・フランキー著/第3回)、『舟を編む』(三浦しをん著/第9回)など、映画界にも優れた脚本素材を提供し続けている。

大賞を逸したベスト10まで枠を広げれば、映画やテレビドラマ化、舞台にかかった作品は枚挙にいとまがない。出版業界のみならず日本のエンターテインメントの供給源として、本屋大賞は年々その存在価値を高めているといえるだろう。

本屋大賞は決定から発表までに万全の準備を整える

全国書店員が選んだ<いちばん!売りたい本>──これが本屋大賞のキャッチフレーズだ。一般読者の投票によって決まるのではなく、全国の新刊書店に勤務するすべての書店員(アルバイト、パートを含む)が投票資格を持ち、その投票結果のみで大賞が決定する。

読者目線に最も近いと文学賞と言われるゆえんだ。作家のお眼鏡にかなった作品に贈られる芥川賞、直木賞との決定的な違いはここにある。

凪良ゆう著『流浪の月』(東京創元社)

本屋大賞を運営するのは、(株)本の雑誌社(目黒考二・椎名誠らが設立)から生まれたNPO法人本屋大賞実行委員会である。浜本茂代表に発足の経緯を聞いたところ、直接の引き金となったのは、2002年に文壇を揺るがせた横山秀夫の直木賞訣別事件という。

「圧倒的な読者の支持を得て直木賞候補作となっていた『半落ち』が落選。選考経過に納得のいかない横山秀夫さんが、もう直木賞には作品を委ねないと宣言した事件です。当時、営業が書店まわりをしていると、この本を読んで受賞を確信していた多くの書店員が非常に残念がっていた。ならばいっそのこと、俺たちの手で賞をつくろうじゃないかと」

1996年をピークに本が売れなくなり、文芸書の担当者たちが書店の活性化に知恵を絞っている時期だった。2004年、手探りで第1回を開催。すると、ゴールデンウイークに大手書店が「本屋大賞フェア」を開催してくれるなど、最初から書店員が後押ししてくれたという。

「作品がまたよかった。『博士の愛した数式』はその年の読売文学賞も受賞し、芥川賞以降目立った作品のなかった小川洋子さんに再び脚光を当てるきっかけをつくったことで、本屋大賞の存在意義をアピールすることができた」

最大の強みは、全国の書店員が「自分たちが選んだ賞」という自覚のもと、フェア開催やPOP制作に自発的に取り組んでくれることだろう。毎年、4月上旬に行なわれる発表会では、発表時刻に除幕式を行なう書店もある。

ここまで急速にメジャーに成長した要因はどこにあるのだろうか。浜本代表は、一つ、本屋大賞ならではの舞台裏を明かしてくれた。

「実は、大賞決定から発表まで1カ月のタイムラグを設けています。この間、版元に増刷を要請し、全国の書店をまわって在庫を切らさないようお願いしています。これは他の賞ではやらないでしょう。発表した時点ですぐ品切れになり、店頭に並んでいなかったでは話になりませんから」

2020年の本屋大賞に輝いたのは、凪良(なぎら)ゆうの『流浪の月』(東京創元社・2019年8月発刊)だ。作家デビュー12年、ボーイズ・ラブ(少年同士の同性愛を題材とした小説)を書き続け、一般文芸で出した初めての単行本が書店員の支持を得た。

1次投票(477書店・586人)、2次投票(300書店・358人)を勝ち抜き、2位に大差をつけての受賞となった。売れ行きも好調。すでに8刷・37万部を突破し、映画化も時間の問題とみられている。

(文中一部敬称略)

平尾 俊郎
フリーライター