ジャイアント・ホグウィードの果実の画像(カナダ政府公式サイトより)

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中国から「謎の種」が届いたという報告が全国で相次ぐ中、その「正体」について、樹液に触れると火傷などを引き起こす可能性のある「ジャイアント・ホグウィード」(セリ科、ハナウド属)の種だとする書き込みが、インターネット上で拡散されている。根拠は特には示されていない。

ネット上でジャイアント・ホグウィードの種だとして拡散されている画像について、日本植物分類学会はJ-CASTニュースの取材に対し、「明らかにハナウド属ではない」とし、「危険植物説」を否定している。「説」は、どのようにして広まったのか。

種の種類は様々か

2020年7月下旬頃、全米各地で注文した覚えのない中国語表記の郵便物が届き、中を開けると正体不明の種が入っていたというニュースが報じられた。米農務省は、比較的安い商品を相手の同意なしに送り付け、郵便物の差出人が受取人を装い、アマゾンなど通販サイトに高評価のレビューを書き込む「ブラッシング詐欺」の可能性があるとの見方を示している。

中身の種について農務省動植物検疫所は、現地時間29日に14種類が判明していると、公式サイト上に公開した音声ファイルで発表。例としては、マスタード、キャベツ、朝顔、ミント、セージ、ローズマリー、ラベンダー、ハイビスカス、バラを挙げている。

日本でも7月29日ごろから、中国から「謎の種」が届いているとの報告がツイッター上で相次ぎ、J-CASTニュースでも31日にこの話題を取り上げている。(突然届いた「謎の種子」、日本各地で続々報告 送付元は中国...狙いは何なのか)

日本に届けられた「謎の種」について、ツイッター上ではアサガオの黒い種を小さくしたようなものや、黄色っぽくて丸いタイプの種の写真が投稿された。農林水産省横浜植物防疫所は、J-CASTニュースの8月6日の取材に対し、届けられた種が多量なことから、その集計や種の分析はできていないとした。また、一部の種はネギ属であることがわかっているものの「植物防疫所として、まだ1種類も正確に同定したものはない」とする。

植物防疫所は公式サイトを通じ、郵便物の外装に「植物検査合格証印」がない種が届いた場合は、最寄りの植物防疫所に相談してほしいと呼びかけている。また「心当たりの無い種子が届いても、庭やプランターなどに植えないでください。種子がビニール袋に入っている場合は、ビニール袋を開封しないでください」としている。

「ジャイアント・ホグウィード」とは

そうした中、日本のインターネット上では、中国から届く「謎の種」の正体が「ジャイアント・ホグウィード」という植物の種だとするような投稿が相次いでいる。

米ニューヨーク州政府環境保全局の公式サイトの説明によると、ジャイアント・ホグウィードはコーカサス山脈地域の原産で、19世紀後半にヨーロッパとイギリス、20世紀初頭にアメリカへ観賞用の観葉植物として渡ったもの。成長すると14フィート(約4.3メートル)以上の高さになり、樹液に触れると「痛みを伴う火傷」や「永久的な瘢痕を引き起こす」危険性があるとしている。

日本のツイッターでは8月1日前後から火傷をしたり、水疱の症状が出ていたりしている皮膚の画像とともに、中国からジャイアント・ホグウィードの種が届いている、と煽るような投稿が相次いだ。また、8月3日頃には、海外のユーザーがこうした日本のユーザーによるツイートを引用し、それが拡散されるケースも発生した。具体的なツイートは、以下のようなものだ。

「植物学者からの警告:中国から日本に送られてきた未承諾の種子は、葉に触れると皮膚に深刻な炎症を起こす有毒な樹液を持つ生態学的に侵略的な植物である『ジャイアント・ホグウィード』の種子である」(編集部が英語から翻訳)「日本の投稿は、中国から受け取った小包の種子は基本的に有毒であり、それに触れると手がこのように変化したと述べました」(編集部が中国語から翻訳)

フェイスブックでは、日本人による「ジャイアント・ホグウィード」の投稿を台湾などのユーザーが転載し、中国語で投稿する例も見られている。こうした流れの中で、台湾の政治団体「台湾基進」高雄党部のアカウントも「*8月03日更新* 中国は現在、ジャイアント・ホグウィードの種子を各国に送り込んでいる」(編集部が中国語から翻訳)と投稿している。

カナダ政府の公式サイト上の写真と見比べると...

情報が拡散される中で、「ジャイアント・ホグウィードの種」と紹介されている一枚の画像がある。朝日新聞デジタルが7月31日に配信した記事(中国から?日本各地に謎の種届く 農水省「植えないで」)で「神奈川県三浦市の男性宅に届いた種とみられるもの(三浦市役所提供)」として取り上げた画像だ。画像の「種とみられるもの」は球のような形をしており、外側には筋ばった線が通っているように見える。中には、割れているようなものも混じっている。

SNS上では、この画像に「ジャイアントホグウィードの種を送られる事件が多発しております」「タネの正体わかりました。この植物はジャイアントホグウィードという恐ろしい植物」といった文言を添えて、その危険性を訴える投稿が目立っている。こうしたSNS投稿を参考にして作ったとみられる「ポスター」のような画像も拡散されている。

三浦市役所へ8月6日に取材したところ、「種とみられるもの」の画像は朝日新聞など複数媒体に提供したという。画像がこうした形で拡散されていることについて、担当者は「知らなかった」とした。

一方、ジャイアント・ホグウィードの種はどんな形だろうか。カナダ政府の公式サイトにある食品検査庁のページでは、ジャイアント・ホグウィードの果実(中に種子がある)の画像が見られる。見た目は平たい楕円形で、線状の模様のようなものも確認できる。朝日新聞が掲載した「種とみられるもの」と比べると、明らかに見た目が異なるように見える。

拡散画像は「コリアンダーの可能性が高い」

拡散されている画像は、果たしてジャイアント・ホグウィードのものなのか。J-CASTニュースは6日、植物分類学を専門とする「日本植物分類学会」に取材を申し込んだ。すると7日、複数の学会員の分析結果として、以下のような回答があった。

「画像に写っている種子(正確に言えば種子ではなく『果実』)は、形態的特徴からコリアンダーの可能性が高いと考えられます。コリアンダーは、ジャイアント・ホグウィードと同じくセリ科に分類される植物ですが、別属です」
「ジャイアント・ホグウィードの分類されるハナウド属の果実は分果が扁平で翼がありますが、画像に写っている果実は球状で翼がありません。また、ハナウド属の果実に見られる『明瞭な油管が発達するが途中で途切れる』という特徴も見られません。したがって、画像の植物は、明らかにハナウド属ではないものと判断されます」

として、拡散されている画像が「ジャイアント・ホグウィード」であることを否定した。

「アメリカ人に聞いたら...」「アメリカのSNSで聞くところ...」

「謎の種」がジャイアント・ホグウィードだという説は、なぜ広まっていったのか。原因の一つに考えられるのが、インターネット掲示板「5ちゃんねる」での書き込みだ。

7月28日夜に「ニュース速報+」で建てられた、全米で謎の種が入った郵便物が届いているという話題を取り上げたスレッドでは、以下のような書き込みがあった。

「スカイプで聞いたんだけどジャイアント・ホグウィードの種だって」(7月29日1時18分)

また、このスレッドの続きとして29日朝に建てられたスレッドにも、以下のような書き込みが見られた。

「前スレの人がアメリカ人に聞いたら ジャイアント・ホグウィードってやつだったってさ」(7月29日8時9分)

そして、7月31日早朝に「ニュース速報」で建てられた「中国から届く謎の種子、ついに日本にも来たもよう」というタイトルのスレッドでは、以下のような書き込みが見られた。

「アメリカのSNSで聞くところによると、この種子は、ジャイアント・ホグウィードと言うらしい」(7月31日 4時12分)

この一文に続き、投稿者はジャイアント・ホグウィードの危険性を紹介していた。この書き込みには「こっっっっっっわ」「このような危険な植物があるとは知らんかった」などの返信が寄せられた。一方で、情報ソースの不明瞭さや、複数の種が報告されているにも関わらずジャイアント・ホグウィードだと断定することへの指摘もあった。

31日中には、アメリカで話題になっていた「謎の種」が日本にも届いていることを、日本のメディアが一斉に報じている。この日以降、ツイッターやフェイスブック、ヤフーニュースのコメント欄などに、「謎の種」がジャイアント・ホグウィードであると疑ったり、断定するような内容の文章が書きこまれるようになっていった。

米ツイッターの投稿はジョーク?

7月31日の5ちゃんねるの書き込みは「アメリカのSNS」を根拠にしていた。そこで、7月20日から31日朝までの投稿を対象に、「Giant Hogweed」というワードをツイッターとフェイスブックで検索した。その結果、フェイスブックでは「謎の種」とジャイアント・ホグウィードを関連付けて、英語で投稿している例は確認できなかった。

一方、ツイッターでは28日〜30日にかけて、複数のユーザーが「謎の種子」とジャイアント・ホグウィードを関連付けたツイートを、英語で投稿していた。そのうちの一人、コラムニストだというアメリカのユーザーは、カリフォルニア州で謎の種が送り付けられているというニュースに対し、7月29日に以下のようにツイートした。

「Clearly, they are Giant Hogweed seeds.」(明らかに、それらはジャイアント・ホグウィードの種です 編集部訳)

このユーザーがツイートしたのはたった一言だけ。ただ、このユーザーは、その後の全く関係ない話題で「Enjoy the hogweed salad」(ホグウィードサラダを楽しんで)と発言しているため、先述のツイートはあくまでジャイアント・ホグウィードを引き合いに出した「ジョーク」だった可能性もある。

また、他のユーザーのツイートを見ても「たぶんジャイアント・ホグウィードだろう」「注意!ジャイアント・ホグウィードが帰ってきた!」などと特に根拠は示しておらず、冗談っぽいニュアンスが疑われる書きぶりになっている。

なお8月7日夜現在、ネット記事を検索した範囲では、「謎の種」をジャイアント・ホグウィードと直接的に結びつけて報じている米メディアの記事は確認できなかった。ただ、米の中国語専門テレビ局「新唐人電視台」が8月3日に配信したニュース記事では、日本で「ジャイアント・ホグウィード」のツイートが拡散されていることについて、以下のように紹介している。

「日本の一部のネチズンはソーシャルメディア上で、中国から送られてきた未確認の種子には、毒性の強い植物『ジャイアント・ホグウィード』が含まれていると指摘した。しかし、この情報は正式には確認されていません」(編集部が中国語から翻訳)