私は、日本テレビで何本かの番組制作に携わりましたが、最も印象に残る番組の1つが「24時間テレビ」です。チーフプロデューサー・編成局長・制作局長として、1992年の「改革」(https://www.j-cast.com/tv/2020/08/01391335.html)から1997年までと、2005年から2008年まで制作に携わりました。トータルで10年間も関わったなかから、総合司会の徳光和夫さん(1980年の第3回から司会やパーソナリティー、マラソンランナーを担当)のことを話しましょう。

涙のあとに、手にしていたのは競艇新聞

徳光さんは他の番組でもそうですが、感極まるとよく涙を流されます。

「24時間テレビ」では、様々なハンディを背負った方たちが、ハンディに負けることなく、明るく自分のやりたいことや夢に立ち向かっている姿を紹介しています。その姿が私たちの胸を打ちます。

徳光さんは、そんなときすぐに涙があふれてしまうのです。そういったシーンの直後にCMに入り、衣装を替えに行った徳光さんを追いかけていったときのことが、強く印象に残っています。

私は次のコーナーの打ち合わせをしようと、武道館の通路に衝立を置いて作った3畳敷くらいのスペースに入ると、徳光さんが立ったまま衣装替えをしていました。そして、競艇と思われる新聞を手にして読んでいました。

私はそれを見て、特に違和感は覚えませんでした。どちらも「徳光和夫」であり、むしろ「徳光和夫」という人間の幅の広さを感じました。

私たち制作スタッフが1992年に「24時間テレビの改革」をしたときのコンセプトの1つ「最低でも1年に1回は、普通に自然な形で、身近にチャリティーというものを考えてみよう」にもつながるとも思いました。

徳光さんの人柄、幅の広さを感じるもう一つの場面が、結婚披露宴や一般のパーティーの司会をされているときです。

もちろん様々なテレビ番組での司会やコメントをする姿も魅力的ですが、披露宴やパーティーのときも、相当面白いです。主役の方や会の趣旨について、事前によく取材・勉強されていますが、敢えて誤解を恐れずに言えば、どこかで"ブラック"(皮肉・揶揄い)な部分があるのです。あの笑顔で言われると、言われた本人も会場の皆さんも笑ってしまいます。

「24時間テレビ」にとって、徳光和夫さんは、長年にわたって不可欠の存在でありましたし、今後もそうであることを確信しています。