レースの技術はコスト度外視だが市販車に応用された例もある

「レースで勝つために開発した最新の技術は、やがて量産車にフィードバックされる」と言った話を聞いたことがないだろうか。これはある面で正しく、ある面では当てはまらない。なぜならレーシングカーの技術はコスト度外視で、用途もかなり限定されているからだ。

 とはいえ、レース用の技術が市販車に応用された例はいくつかあるので、それをピックアップしてみよう。

1)等長エキマニ

 各シリンダーから排出された排気ガスを1本に集合させてマフラーに送るエキゾーストマニホールド、略してエキマニ。これも量産車ではレイアウトや生産性の問題で、かつては鋳物で気筒ごとに長さがバラバラなものが多かった。しかしレーシングカーでは、一本ごとに長さの等しいパイプを組み合わせ、排気干渉をなくし、排気効率を高めるのが当たり前。

 最近は市販車でもタコ足タイプの等長に近いものが多く、パイプの曲げRも小さくし、効率のいい排気系を目指している。

2)パドルシフト

 今や多くのAT車に採用されているパドルシフトも、レーシングカーからの応用。有名なのはF1で最初にセミATを採用したフェラーリ640(1989年)のパドルシフト。

 両手をハンドルから離さずにシフトチェンジができ、なおかつ素早いシフトチェンジを確実に行えるということで(モノコックもタイトにできる)、当初は信頼性に問題があったが、今ではF1をはじめ多くのレーシングカーが取り入れている。

3)DCT

 ポルシェの各モデルや日産GT-R(R35)のミッションでおなじみのDCT=デュアルクラッチトランスミッションは、ポルシェが1980年代に実戦投入。1986年にはグループCカーのポルシェ962に搭載し、ルマン24時間レースにも出場している。ちなみにポルシェでの名称はPDK=ポルシェ・ドッペルクップルング。

 変速時間が圧倒的に短く、トルコンATなどと違ってパワーロスが最小で、ダイレクトな変速ができるのが強みだ。

レーシングカーの「エアロダイナミクス」の応用も

4)電子制御デフ

 WRCでグループAのターボ・4WDの全盛期、フロント、センター、リヤの3つのデフをコンピュータで制御して、操縦性とスタビリティを自在にコントロールする電子制御デフが発達。

 市販車では、ランサーエボリューションのACDとAYCの組み合わせを始め、4WDだけでなく、FRのGRスープラでもデフを電子制御化することで、ハイレベルなハンドリングを実現させている。

5)フロア下のフラット化+リヤディフューザー

 今のレーシングカーの技術で、ダイレクトに市販車に役立つ技術と言えば空力と軽量化。どちらも環境性能と安全性に直結すし、とくに空力面では空気抵抗を減らし揚力をなくす、あるいはダウンフォースを与えるという方向に進んできている。

 市販車でも、ボディ下面の空気の流れを生かすためにフロア下をフラットにし、リヤオーバーハングにディフューザーを設けて流速を高め、ダウンフォースを稼ぐクルマが増えてきているが、これらはレーシングカーのエアロダイナミクスの応用だ。

6)カーボンセラミックブレーキ、大型キャリパー

 ハイパフォーマンスカーにブレンボなどの6ポッド、4ポッドの大容量のキャリパーを採用するのはレーシンクカーからの流れ。とくに剛性の高いモノブロックタイプはレーシングカーに近い。

 またスチール製に比べ圧倒的に軽く、熱容量も大きいカーボンセラミックローターもレーシングカーの技術を流用したもの。

◆その他

 他には、タイヤのユニディレクションパターンなどもレース用のウエットタイヤのパターンデザインと関連があるし、カーボン、チタン、ジュラルミンなどの軽くて強い高価な素材もレース用部品が先行。ホールド性の高いシートもレース用のシートと関係が深いし、ボディ剛性がハンドリングに与える影響などもレーシングカーから学んだことが多い。

 間接的な部分では、テレメーターの技術や各種のシミュレーション技術、CFD(Computational Fluid Dynamics:計算流体力学)による空力解析などは市販車の設計・開発にも大いに役立っているし、エンジンの制御技術などもレースで先行、のちに市販車に落とし込むというケースは珍しくない。