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 あの最終ラップの大波乱から4日。F1サーカスは再びシルバーストンで第5戦70周年記念GPの週末を迎えた。

 同じサーキットで開催されるだけに、勢力図の劇的な変化は期待しづらい。王者メルセデスAMGに予選で1.022秒差、決勝でも0.3〜0.5秒の差をつけられたレッドブル・ホンダとしては、今週末も厳しい戦いが予想される。


メルセデスAMGを相手に孤軍奮闘するフェルスタッペン

 決勝よりも予選で差が大きくなってしまうのは、主にパワーユニットの"予選モード"でメルセデスAMGが優れ、ホンダが後れを取っているからだと考えられている。

 マックス・フェルスタッペンは言う。

「間違いなく、タイム差は予選モードのせいだよ。彼らのほうがより予選モードを活用しているのは間違いない。レースは予選アタックほど常に100%プッシュできるわけではないから、差は縮まる。僕らのクルマはタイヤにも優しいし、決勝ではエンジンモードも差が小さくなる。そういうことだ」

 そう聞くと、あたかもメルセデスAMGが魔法のような特殊な燃料でも使っていると想像するかもしれない。だが、それは間違いだ。

 ドライバーのプッシュや路面コンディションの向上によって、Q1からQ3へ予選タイムが向上していくのは当然のことだ。しかし、メルセデスAMGはFP3からQ1、Q1からQ3へとストレート車速が10km/h近くも上がっていく。FP3やQ1で0.3秒差だったのが、Q3では1.022秒差になる。

 これが"予選モード"だ。もちろん、ホンダも同じように予選モードはある。だが、メルセデスAMGほどの大きな伸びしろはない。

 これが意味するのは、メルセデスAMGの予選モードのすごさだけでなく、最後のQ3で使用する究極のモードを使用しなくても勝ててしまう、という余裕でもある。

 逆に言えば、メルセデスAMGの予選モードの伸びしろが大きいのは、いかに普段のモードで余裕を残して走っているか、ということでもある。

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターは言う。

「普段は出す必要がない、ということですよね。たとえばノッキングを出すとか、いろんな使い方(でパワーを絞り出すこと)は信頼性とのバランスになりますから、必要ないのに使って寿命を縮める必要はありません。ですから、いろんな場面や自分たちの戦闘力に応じて使うわけです。

 だが、メルセデスAMGはそもそもの絶対値が高いから、Q1は流して走っていてもライバルがついてこない。Q2もそう。そしてQ3だけは何かあっても絶対にトップが取れるように行っとこう、みたいな感じなのだと思います」

 パワーユニットは最大出力でライバルに優っている。そして車体もライバルに優っているからこそ、その最大出力を出すのはQ3くらいで構わない。予選モードの伸びしろの差が意味するのは、パワーユニットの最大出力の差だけでなく、車体パッケージの完成度の差でもあるのだ。

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 パワーユニットそのものは開発が凍結されているため、今シーズン末まで大きな進化は期待できない。可能なのは使い方の面であり、まさに"予選モード"のようなパワーユニットの寿命と、トレードオフのパワーの絞り出しだ。

 レッドブルとしても、手をこまねいてばかりいるわけではない。

 先週のイギリスGPと今週の70周年GPが同じサーキットで開催されるからこそ、先週のフリー走行では様々な比較プログラムを行なってデータを収集し、それを分析し、今週のフリー走行で"答え合わせ"をする。2戦にわたってテストを行なっているわけだ。

「同じサーキットで行なわれる今週のレースに向けていかにパフォーマンスアップできるか、チームとホンダで開幕3戦を見直しながら準備しました。投入したものから得られたこともありましたので、さらに伸ばせるところは伸ばして臨みます」(田辺テクニカルディレクター)

 今週末は暑さに見舞われるという予報で、そうなればメルセデスAMGのパワーはやや落ちると見られている。日曜には天候が崩れるという予報も出てきた。

 もちろん、それによって勢力図が逆転するとはフェルスタッペンも考えてはいない。

「暑いからといって、予選で1秒とか決勝で0.5秒のアドバンテージが得られるわけではないだろうから。もちろん、僕らはあきらめない。先週はタイヤのパンクも多発して予想のできない展開になったし、まずはチャンスを掴むために、そこ(メルセデスAMG勢の背後)にいることが必要だ」

 現在22歳のフェルスタッペンは今年、史上最年少チャンピオンへの挑戦を具体的に描いていた。それだけに7月にずれ込んだシーズン開幕からの序盤戦は、タイトル争いに加わることができない現実にファンも希望を見いだせないでいる。

 しかし、フェルスタッペンは苛立つこともなく、モチベーションを失ってもいない。

「僕は今、自分の置かれている状況を受け容れている。今も表彰台争いをしているわけで、このクルマに乗りたいというドライバーはいくらだっているし、フラストレーションを感じるような場所ではない。

 メルセデスAMGはすばらしい仕事をした。そのことは認めなければならない。ただ、だからといって彼らを打ち負かす気がないわけではない。マシンをもっと速くして、レースでもあらゆるチャンスを掴んで、彼らを打ち負かすためにベストを尽くす」

 自分の力でどうすることもできない事柄に腹を立てたり恨んだりしても、何も生まれはしない。自分がやるべきことは、自分の力で変えられることに全力で取り組み、やれるだけのベストを尽くすこと。

 レッドブル・ホンダとフェルスタッペンの闘志の火は、まだ消えていない。