コロナ禍は伝統工芸職人も直撃しています(写真:cba / PIXTA)

年内に4割の事業者が廃業する恐れがある――。

伝統工芸品の企画販売を手掛ける、和える(東京・品川区)の調査によると、伝統産業に携わる全国の367事業者のうち、2020年4月の売り上げが前年同月比50%以上減少したと答えた割合は全体の56%を占めた。

このまま需要が回復しない場合、「40%の事業者が年内に廃業を検討せざるをえない見通し」という。新型コロナウイルスの感染拡大を背景に日本の伝統工芸職人が危機に直面しているのだ。

「3月から売り上げは前年の半分に低迷したまま。回復の見通しは立たない」。1887年創業の和ろうそくの老舗、有限会社中村ローソク(京都市)の田川広一代表(57)はため息まじりに話す。

工房には未出荷の在庫が積みあがる

和ろうそくは櫨(はぜ)の実など植物性原料を使い、職人が1本1本手作業で作っている。主に京都のお寺に出荷しているが、新型コロナウイルスの感染拡大で拝観や法要で使われるろうそくの需要が急減した。例年、京都で行われている祇園祭などのお祭りも軒並み中止となり、観光客向けの絵ろうそくの出荷も滞った。工房には未出荷の在庫が積みあがる。

同社ではパートを含めて11人が勤務。人件費や材料費の支払いは先行して発生するため、作った製品が売れないと、借り入れを増やさざるをえない。コロナの収束がいっこうに見えぬ中、「このまま需要が回復しなければ、事業の縮小や廃業も考えないといけない」と田川さんは危機感を募らせる。

伝統工芸業界は卸会社や百貨店などを通じた実店舗での販売に依存していたことが、打撃を大きくしている。インターネット販売に取り組む事業者の割合は全体の2割にとどまる。伝統工芸職人は高齢化が進んでおり、IT導入が遅れていることが背景にある。この結果、顧客も中高年層が多くなり、若い世代の開拓が遅れているのだ。

危機打開に向け、スタートアップ企業がオンライン化の支援に乗り出した。「つるっとした麺類も食べやすい 漆箸」「おかずをおしゃれに魅せる 瀬戸焼の長い器」――。和えるが4月29日に始めたサイト「aeru gallery(あえるギャラリー)」には日々の暮らしで使える伝統品が90点近く並ぶ。販売価格は2000円〜5000円程度が中心だ。

初めてネットで販売する職人もスムーズに出品できるよう、写真の撮影、商品名・説明文の作成は和えるのスタッフが行う。伝統工芸になじみがない若年層でも商品名を見るだけで日常生活での利用シーンを想定しやすい。

「コロナで自宅で食事を取る機会が増えたことで、食器や箸はいいものを使いたいという人が増えている」。和えるの矢島里佳代表はこう指摘する。自宅でのオンラインのミーティングに備えて、和紙のインテリア商品を購入するなど、新たな生活様式に伝統工芸品を取り入れる需要が出ているという。

職人が実演するオンラインイベントも

ただ、写真や文章だけでは、作っている過程や職人の思いまでは伝わりにくい。そこで和えるは一般のユーザーが 「aeru gallery」に出品している職人の工房をオンラインで訪問できる取り組みも始めた。


オンラインイベントでの和ろうそくの実演(写真:筆者提供)

「和ろうそくの火は油で消せるんです」。ウェブ会議システムZoom(ズーム)を通じて職人の田川さんが実演してみせると、映像を見ていた参加者からは「これすごい!」「勉強になることばかりで感動しています!」などとコメントが寄せられた。これは7月18日夜に開かれた中村ローソクの工房訪問イベントの1コマだ。

イベントには全国から約50人が参加。和ろうそくにまつわる歴史を学んだ後、ろうを鍋で溶かし、型に流して、職人が手作業でろうそくの形に仕上げる様子を閲覧した。Zoomを通じて疑問点を直接職人に質問することも可能だ。

東京都に住む大学生の山田璃々子さん(19)は「aeru gallery」を通じて「和ろうそくはじめてセット(小)」(税込1980円)を事前に購入し、イベント当日は職人の指導の下、自身のろうそくに火を灯した。「伝統工芸品は使うまでのハードルが高いが、職人さんに使い方まで教えてもらえるのがよい」と満足そうに話す。

中村ローソクではオンラインでの販売比率は現状10%程度。顧客層は年配の人が多く、「若い人とコミュニケーションを取る機会はほとんどなかった」(田川さん)。和えるとの協業をきっかけにネットでの注文も徐々に増えており、将来はオンライン販売比率を50%に引き上げたいという。

和えるはこれまでオンライン工房訪問を4回実施した。同社の従業員は20〜30代が中心で、年配の職人と若年層を結びつける役割を果たす。京都と東京に実店舗も運営しているが、個人向けではネット経由の売上高は全体の7割を占めているという。

「日本では危機が起きたときに伝統文化は優先順位が下げられがちだが、文化がなくなると心が貧しくなる。こういうときにも安定して文化へも投資できるお金の回し方を提案したい」と矢島代表。この一環で自然エネルギーによる電気を事業者や一般家庭に販売し、電気料金の1%を日本の伝統文化を支えるための資金として使う「aeru電気」も始めた。

京都の伝統工芸品販売支援の動きも

「丹後ちりめん」で知られる京都府与謝野町の与謝野町染色センターなど2施設は7月中旬から同電気を利用し始めた。自治体への導入で信用力を高め、1万世帯への普及をめざす。


Creemaの京都伝統工芸品支援(写真:CreemaのWebサイトより)

また、手作り品の売買サイト「Creema(クリーマ)」を運営するクリーマ(東京・港区)では京都の伝統工芸品のオンライン販売を支援する事業を始めた。5月に開設した特設サイト「京都 手しごと紀行」には、京焼のコーヒーカップや清水焼のお皿など器を手掛ける14事業者が参加した。

クリーマの強みは月間3000万人超が訪問するというサイトの集客力だ。買い手の中心は「他にはない自分だけのお気に入りの品を探したい」という20代後半〜40代の女性。職人は商品の写真などを用意するだけで手軽に出品でき、クリーマの担当者が写真の撮り方や紹介文の内容をアドバイスしている。

オンライン化のメリットは販路の多様化だけではない。クリーマの場合、出品に際して月額固定費はかからず、販売代金の10%の手数料(フード、自社海外サイト除く)を同社に支払うだけでよい。「30%前後」とも言われる百貨店の販売手数料と比べて安く、事業者が受け取る手取りも増える。

実はオンラインで伝統工芸品を売ろうという構想は「コロナ以前」からあった。しかし、単価が高い伝統工芸品は「対面販売でないと売れない」というのが業界の通説だった。職人側も「いいものをつくれば売れる」と考え、販売は百貨店や専門店に任せることが多かった。

実店舗依存からの脱却が成長のカギ

ふたを開けてみると、売れ行きは好調で「第1弾に参加した事業者の8割が『とても良かった』との回答があった。中には月100万円以上を売り上げる事業者もいる」(丸林耕太郎社長)。クリーマは器以外にもオンライン販売の対象を拡大し、7月17日には西陣織のネクタイや清水焼のアクセサリーなど26事業者が加わった。

伝統工芸品業界は職人の高齢化、後継者不足が深刻化しており、「コロナがなくても5〜10年以内には廃業が増える」との見方があった。コロナ禍によって時間の猶予はなくなっている。ものづくりの伝統を大切にしながら、実店舗に依存する「一本足打法」から脱却できるかが、事業継続のカギとなりそうだ。