「野球に例えると、まだ2回表で新型コロナウイルスが攻撃している段階です。僕たち理論疫学の研究者は強固な対策を行わなければ流行が収束しないことを『メジャーエピデミック(大規模流行)』と呼んでいます。それを第二波だと定義すると、今は本当の意味で分岐点にさしかかっている。数年間にわたる長期戦を想定した対応が必要です」

 そう語るのは、“8割おじさん”こと西浦博・北海道大学教授(43)だ。

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 厚労省クラスター対策班に所属し、「感染拡大を防ぐには、人と人との接触を8割減らすことが絶対必要」と主張してきた西浦氏。

 西浦氏の研究チームは、コロナ流行前の生活を続ければ「7月中に東京都内の新規感染者数が1日100人以上になる」と予測していた。それが的中し、7月に入ってから都内の感染者数は100人超が続いている。

「この予測は『プロジェクション』と呼ばれるもの。将来起こりうる事象に対して、たとえば病院をつくれば十分対応できるのかなど、シナリオをたくさん出して検証します」(同前)


8月から京大へ移る西浦教授

「第三波、第四波は絶対来ます」

 西浦氏の“予測”は最近厳しい批判にさらされてきた。39県で緊急事態宣言が解除された翌日の5月15日には、

「もしも今までと同じ生活にすぐ戻ると、宣言前と同じ増殖率で感染者数が増えてしまう可能性がある」

 と警鐘を鳴らした。

 こうした発言に「社会を扇動するのか」と批判が集まったのだ。

「扇動するつもりはない。目的は、緊急事態宣言が解除されても、クラスターが発生しやすいハイリスクな場では引き続き注意が必要だというメッセージを発信するためでした。ただ、予測があたっているかどうかは重要なことではありません。なぜこうなったのか、次はどうすればいいのかを考える上での材料にしてほしい」(同前)

 西浦氏の危惧は現実となり、7月18日、全国の新規感染者数は664人と緊急事態宣言解除後、最多となった。

 今後どうなるのか。

「第三波、第四波は絶対来ます。私たちは国内のデータだけを分析しているのではなく、海外の流行状況も常に見ています。南米がピークを迎えつつあり、インド、アメリカなど、国際的にパンデミックが起こっている。そんな中、日本政府には各国の大使館から主要な取引をしている人だけでも入国させてくれとリクエストがあり、今後ビジネス目的の避けられない移動が始まります。一方で検疫所のキャパシティは限界に迫っているのです」(同前)

尾身茂氏から「GoToトラベル」相談の電話

 今後の感染者数はどう推移するのか。

「上がったり下がったりを続けることになるでしょう。この繰り返しの中で、『減衰振動』と言いますが、感染者数の上げ幅を小さくしていかなければなりません。陽性者1人が何人に感染させるかを示す実効再生産数が一を下回れば、流行は収束しています。一を上回っているときは、たとえばリモートワークの実施率を上昇させたり、大規模イベントを自粛したりして抑制させる。この方法はドイツでも行われています」(同前)

 では、話題のGoToトラベルキャンペーンは?

「旅行でリスクがあがらないというのは厳密に言うと間違っています。家族旅行は気をつければ大丈夫ですが、社員旅行など団体の場合は伝播する可能性がある。感染症専門家の有志の会でも、移動は差し支えないが、GoToのように推奨するのは難しいと議論しています。専門家たちの意見も固まっていない中、GoToは進んでいるのです」(同前)

 7月16日午前中、西浦氏に電話があった。掛けてきたのは、新型インフルエンザ等対策有識者会議会長とコロナ対策分科会長を務めている尾身茂氏だった。

「GoToトラベルキャンペーンの相談でした」(同前)

 その際、尾身氏は、

「できれば2週間は様子をみた上で決めたらいいんじゃないかという話にしようと思う」

 と話した。

 だが、その日に行われた経団連のフォーラムで、尾身氏は「旅行自体は問題ない」と発言する。

 この尾身氏の発言は真意と違うのではないか。感染症の専門家たちはそう心配しているという。

「尾身先生の意向がおそらく通っていないと思う。(対策分科会のメンバーである)尾身先生や押谷仁先生らは感染症の制御について間違った方向に導かないと私は信じています。ただ、有識者会議や分科会には経済学の専門家もいるし、政府の思いが強く入る構造になっている。そのため、政府や経済的な意向が混入されたかたちで、尾身先生は会長としてメッセージを出すことになる。もし流行が大きくなったとき、尾身先生に責任転嫁されるのではないか。政府の人は困ったら『専門家』という言葉を口にされるので」(同前)

「首を刈ってやる」という脅迫も

 西浦氏がそもそも“8割おじさん”と呼ばれるきっかけとなったのは4月のシミュレーションだった。行動制限をとらなかった場合、42万人が死亡すると推計を発表した。現在はどう考えているのか。

「科学者として後悔していないし、試算に瑕疵があった訳ではありません。ただ曲解されないようにしっかり条件を説明するなど、発表の仕方は工夫すべきだったと反省しています」(同前)

 この試算をきっかけに「国民を脅かす行為」「経済を無視している」などとの批判が強まることになった。

「経済的な被害が少ないモデルを考えることは重要ですが、私は感染症対策の専門家です。経済を気にして流行を止められず、人が死ぬことを避けなければならないと考えています」(同前)

 西浦氏の研究室には電話や手紙が相次いだ。

「中には励ましのメッセージもありました。ただ、『いますぐ大学を辞めなさい。辞めなければ私が大学に行き、首を刈ってやる』という脅迫も来ました」(同前)

 今、西浦氏は札幌でも25度を超える暑さが続く中、北海道大学の研究室で汗をかきながら引っ越し作業に追われている。8月1日から京都大学医学研究科の所属になるからだ。

「引っ越しと分析で、あせあせしています」(同前)

 そんな西浦氏の趣味はマラソンとダイエット。以前の「週刊文春」では「収束したら痩せます」と宣言したが……。

「厚労省にこもっているときは食事もカップラーメンで25キロ太りました。札幌に帰ってからはマラソンを再開し、妻が豆腐しか出してくれない(笑)ので、10キロは減った。先日の加藤勝信厚労相とのオンライン勉強会で、開口一番『お〜小さくなったな』と言われましたよ」(同前)

 京都では山中伸弥教授と鴨川でランニングするのが楽しみだという。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年7月30日号)