安倍政権下で菅義偉官房長官の存在感が高まっている。写真は7月31日の記者会見(写真:時事)

新型コロナウイルスの感染再拡大が加速する中、巣ごもりを続ける安倍晋三首相に代わって、菅義偉官房長官が政権の指揮官としてフル稼働し始めている。

感染防止と経済回復の両立を大義名分に、反対論を押し切って観光業救済のためのGoToトラベルを7月22日に見切り発車させたのが菅氏だ。その前後からテレビ出演などで露出度も急増し、コロナ対応の成果と正当性のアピールに余念がない。

政権運営は菅氏主導に

菅氏は、国民の猛批判を浴びた「アベノマスク」の医療施設などへの追加配布見直しも主導したとされ、布マスクを着用し続けてきた安倍首相も8月1日から別の大型マスクを着用。メディアは「とうとうアベノマスクから卒業」とはやし立てた。

野党などからGoToトラベルの中止や臨時国会の早期開会を求める声にも、菅氏は平然と政府の立場を説明している。存在感が薄れる安倍首相と対比させて「もはや菅氏主導の政権にしかみえない」(閣僚経験者)との声が広がる。

全国的に梅雨明けとなった8月2日、菅氏はNHKの討論番組に出演し、政府与党を代表する形で当面のコロナ対応などについて約30分間にわたって見解を披露した。その中で菅氏は「感染防止と経済の両立は極めて困難な対応だ」としつつ、感染再拡大に伴う緊急事態再宣言には「重症者が少ないから状況が違う」と否定。GoToトラベルについても「関連する900万人が瀕死の状況だ」として計画続行の必要性を力説した。

野党や地方自治体が強く求めるコロナ対応での特措法改正とそのための早期の臨時国会召集についても、「まずは現行法を活用して感染拡大阻止に取り組むべきだ」と慎重姿勢を崩さなかった。

国民への一律10万円給付やGoToトラベルをめぐる東京除外など相次ぐ方針転換については、「批判は受け止めるが、初めてのことでもあり、専門家などの意見も聞いて対応している」とかわした。

安倍首相は8月24日に連続在任記録が歴代1位となるが、すでに7年8カ月を超える菅氏の官房長官在任日数には、政界関係者のほとんどが「永遠に破られない記録だ」と驚嘆する。

菅氏が長期間、首相の女房役で官邸の大番頭、さらには霞が関の人事を仕切る「影の総理」という重要な役割を着実にこなしてきたのは、「鉄壁ガースーと呼ばれるガードの固さと、黒衣に徹する姿勢によるもの」(政府筋)との評価からだ。

2019年4月の新元号発表をきっかけに、「令和おじさん」として国民的人気が爆発し、その後の7月参院選や9月の党・内閣人事でも影響力の大きさを誇示した。その結果、自民党内では「ポスト安倍の最有力候補」(自民幹部)との声が広がった。

国会閉幕後に息を吹き返す

ただ、好事魔多し。菅氏の側近として初入閣した菅原一秀、河井克行両氏に公選法違反疑惑が持ち上がり、それぞれ経済産業相、法相を辞任した頃から与党内でも菅氏への批判が拡大。安倍首相との不仲説も取り沙汰され、徐々に影響力が削がれた。

その後も、桜を見る会の私物化疑惑での国会答弁や記者会見での迷走でさらに精彩を失い、1月末から本格化した政府のコロナ対応でも、担当相に指名された西村康稔経済再生相の影に隠れる場面が続いた。

コロナ対応では、4月7日の緊急事態宣言発出時も含め、安倍首相が会見して説明することが定着し、政府のスポークスマン役からも実質的に外れることになった。「政策決定でも、いわゆる官邸官僚に主導権を奪われた」(自民幹部)とされ、存在感が薄れていた。

その菅氏が息を吹き返したのは、国会閉幕後だ。安倍首相が6月18日の会見を最後に直接国民に訴えることがなくなり、専門家会議の存廃問題や都道府県各知事との意見対立で西村氏も右往左往。与党内でも菅氏の指導力への期待が高まったからだ。

隙間風が目立っていた安倍首相との関係も、6月19日に安倍首相と菅氏、麻生太郎副総理兼財務相、甘利明自民党税制調査会会長が会談して修復をアピール。これをきっかけに、菅氏自身も自民党を取り仕切る二階俊博幹事長と連携を強め、政権運営の主役として影響力を復活させた。

与党内では当面、9月上中旬と想定されている党・内閣人事と、その後の解散総選挙の可能性も視野に入れた実力者間の駆け引きがお盆前後から本格化するとみられている。

もちろん、「すべては安倍首相の意向次第」(官邸筋)だが、政府部内からは安倍首相の気力や体力を不安視する声が漏れてくる。GoToトラベルが始まった7月下旬の4連休以降、休日に出勤してもごく短時間で、平日でも半休で済ませるケースが目立っているからだ。

これとは対照的に、菅氏はメディア各社のインタビューに積極的に応じ、各省庁の夏の人事を差配することで霞が関も掌握した。「政権運営の表舞台と裏舞台の両方を仕切る状況」(政府筋)を作り出している。ここにきて、与党内で「ポスト安倍は菅氏」との声が急増しているのも、「菅氏の意欲的な動きへの評価と期待」(自民長老)からとみられている。

狙いはポスト安倍のキングメーカー

菅氏は2日のNHK番組で、司会者から「次の人事でも政権の骨格は維持されるのでは」と水を向けられると、「首相の判断で、私の立場で言うことはない」と煙幕を張り、ポスト安倍に名前が挙がることについても「来年9月の話。早過ぎるし、私は(ポスト安倍など)考えたこともない」とかわした。

政界の一部でなおも取り沙汰される今秋解散説については、「これも首相の専権事項」としながらも、「現状からは、まずコロナ対策に全精力を注ぐべきだ」と否定的見解を強調した。早期解散に反対する公明党と太いパイプを持つ菅氏だけに、「あえて首相の解散権を縛るような発言」(閣僚経験者)をした格好で、政界の注目も集めた。

こうして、従来の守りの姿勢をかなぐり捨てる形で政権運営の前面に出てきた菅氏だが、GoToトラベルに異を唱えた小池百合子都知事との感情的対立は収まりそうもない。7月の4連休に観光業を後押ししたことが、全国的なコロナ感染拡大につながったかどうかは、8月5日前後には判明するとみられている。

政府は5日にコロナ対策の有識者会議や専門家による分科会を開く予定だが、その時点で全国の感染者数が過去最多を大きく更新すれば、お盆休みの移動や外出の自粛要請が必須となり、GoToを主導した菅氏への風当たりが強まりそうだ。

菅氏はそもそも、「危機管理も含めた守備力が持ち味で、大向こうをうならせるような弁舌や行動は不得意」(政府筋)とされてきた。ここにきてのテレビ出演も「ガードの固さばかりが目立ち、スポークスマンとしては落第」(有力コメンテーター)との厳しい評価もある。

「安倍首相にとっての魔の8月を菅氏がどう切り回すかが、菅政権誕生の可能性を占うカギになる」(菅氏周辺)とされるが、「菅氏の本当の狙いは、ポスト安倍以降のキングメーカー」(細田派幹部)との見方も根強い。

菅氏が「政界の師」と尊敬する故梶山静六元幹事長は、「大乱世の梶山」と評された。現在の状況はまさに「大乱世」と見えるが、「調整型の菅氏は平時向きで、乱世は不得手」(自民長老)との評を覆せるのかどうか。菅氏にとっても正念場の8月となるのは間違いない。