中東の横綱がついに、全国規模の育成強化に乗り出す。(C)Getty Images

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 新型コロナウィルスの影響により停滞している感が否めないサッカー界において、サウジアラビアが世界に向けて底知れぬ野望を発信した。

 その名も『VISION2030』、である。

 石油やガスなど天然資源に依存する体制から経済、スポーツ、健康、インフラ、観光などの開発を積極的に推し進めるサウジアラビア政府が、サッカー強化に巨費を投じる。推定5億ユーロ(約625億円)を投資し、マフド・スポーツアカデミーをスタートすることが正式発表されたのだ。その中心はほかでもない、国民的スポーツのサッカーである。

「ワールドクラスの選手を育成し、アジアのみならず、世界で互角以上に戦える基盤を作る」と、スポーツ大臣を務めるアブドゥルアジズ・ビン・トゥルキ・アル・ファイサル王子が力強く語れば、マフド・スポーツアカデミーのエグゼクティブマネージャーを担うアブドラ―・ビン・ファイサル・ハマド氏は「すべての子どもたちがサッカーを楽しめる環境も提供する」とし、普及活動も重視していくと付け加える。

 新型コロナウィルスが国内で猛威を振るっているなか、ビッグマネーを投じるサウジアラビア。フランス・フットボール誌中東特派員のダフララー・ムアドヘン記者は「サウジアラビはすぐにパンデミックは終息すると見なし、サッカーを愛する国民に夢と希望を与えることこそ、最優先に行わなければいけないと考えている。サウジアラビア政府のモチベーションの高さは尋常ではない」と説明する。

 サウジアラビア全土の小学校を中心に指導者を派遣する形で、約200万人の6〜12歳の少年の大半が国民的スポーツであるサッカーに励み、優秀選手たちには第2の都市ジェッダにあるアカデミーに集め、英才教育を施すという。さらにフランスを中心にヨーロッパの複数の国でもサウジアラビア資本のサッカーアカデミーを新設し、才能あるサウジアラビア人選手のヨーロッパ進出のファーストステップを積極的にサポートする。
 
 世界基準のアカデミーということで、ワールドクラスの重鎮たちとのコンタクトも数多く持っている。今年1月、トッテナム・ホットスパーを率いるジョゼ・モウリーニョ監督が、過密日程の最中、サウジアラビア王室の招待により、現地を訪問。アル・ファイサル王子と面会し、施設などを視察した。

 アカデミー創設の記者会見において、モウリーニョはオンライン上でこう語っている。

「サウジアラビア国民のサッカーに懸ける情熱は本当に素晴らしい。誰もが国際的な成功を収めたいと強く願っており、そのカギを握るのがマフド・スポーツアカデミーだ。選手育成・強化における理想的な環境が整っている」

 ロベルト・マンチーニ(イタリア代表監督)、ファビオ・カペッロ(元ACミラン監督)、エドウィン・ファン・デルサール(元オランダ代表)といった錚々たる面々もアドバイザーとして名を連ね、その豊富な経験と知恵が、サウジアラビア・サッカー界の発展に活用される。FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長もアカデミー新設に祝辞を送っており、世界基準への第一歩を順調に刻んだといっていいだろう。
 1994年のアメリカ・ワールドカップで強豪ベルギーとモロッコを撃破し、決勝トーナメント進出を果たして世界を震撼させたサウジアラビア代表も、2002年日韓大会ではドイツに0−8、2018年ロシア大会ではロシアに0−5という大敗を喫した。1984、88、96年と優勝を飾ったアジアカップにしても、昨年大会ではベスト16で日本代表に0−1で敗れるなど、アジアレベルでも厳しい現実に直面している。

 これまでの国内における育成機関は、アジア・チャンピオンズリーグでお馴染みのアル・ヒラルやアル・イテハドなど限られた育成組織や、砂漠や海岸でのストリートサッカーもしくはビーチサッカーに興じている少年をたまたま発見してスカウトする程度でしか、機能してこなかった。アジア諸国の大半の強化が軽視されていた80年代や90年代はまだ勝てたが、各国のサッカー事情が整備されていった00年代以降は、サウジアラビアの強さも際立ったものではなくなった。当然の成り行きと言えよう。

 2018年には、ビジャレアル、レガネス、レバンテなどスペインのクラブチームにサウジアラビア代表の6選手を移籍させた。サウジアラビア・サッカー連盟が、選手のレンタル料と給料を全額負担したのだが、高額の出費とは裏腹に、代表チームの強化には結びつかなかったとされている。そしてようやく今回、サッカーの根幹である育成に潤沢なオイルマネーを投資するという答を、ついに見つけることができたのだ。

 イスラムの世界には、インシャラー(神の思し召しのままに)という言葉がある。もちろん将来のことは我々人間には分からないが、近未来にサウジアラビアがメキメキと力を付けてアジアの覇権を奪還し、ワールドカップでも上位進出を果たす日がやってくるだろう。そう予感させるほど、彼らは本気だ。

文●森本高史