びっくりドンキーの新業態「Dishers(ディッシャーズ)」として6月15日にオープンした新宿住友ビル店(筆者撮影)

「ファストカジュアル」の流れが、日本にもやってきた。ファストカジュアルとは、いわばレストランとファストフードの中間で、アメリカで最も伸びている業態だ。定義を大まかに言うと、価格帯がファストフードよりも高くレストランより低いこと、健康的な食材へのこだわり、サービスの簡略化、だろうか。

レストランに接近するファストフード

もっとも、日本でも数年前より、こうした潮流は静かに押し寄せてきていた。例えばもともと日本に存在していた、ファストフードに数えられるチェーンでも、国産食材にこだわるなど、そのサービスや商品自体がファストカジュアルに近いところはいくつもある。

また、例えばマクドナルドなどのように「ファストフードの見本」のようなチェーンでも、近年では食の安全、安心に力を入れるほか、メニューも軽食でなくディナーに対応できるものをそろえるなど、より、レストランへの接近が見られる。価格帯も、安さを前面に押し出すのでなく、価値との釣り合い、いわゆる “高コスパ”を狙って設定してきているようだ。

そこへ、アメリカ発のハンバーガーチェーンやチャイニーズレストランなど、ファストカジュアルを標榜する海外チェーンが続々と上陸してきている、というのが近年の状況である。

そんななか、古きよき日本のファミリーレストランを代表するかのようなチェーン、「びっくりドンキー」も、ファストカジュアル業態へと打って出た。現在、江ノ島、西新宿の2拠点に出店している、Dishers(ディッシャーズ)というブランドだ。


主力商品のオーダーメイドディッシュ。ハンバーグの追加やトッピングの追加、コメを低糖質のカリフラワーライスに替えるなど、幾通りものカスタマイズが可能。写真はハンバーグ×2、チーズ、チキンのトッピング、ライス・サラダ普通盛りで税込み1573円(筆者撮影)

同店では、びっくりドンキーが1972年のハンバーグディッシュ誕生以来、研鑽を重ねてきたハンバーグの味はそのままに、サービス提供の面で思い切った変革を加えている。

最も目につきやすい特徴が、例えばハンバーグ2枚にチーズトッピング、サラダ多め、ライス少なめなど、メニューを自由にカスタマイズできることだ。

こうしたカスタマイズ注文、“客ファースト”なようだが、実は大変で、例えばタピオカミルクティーで有名な「ゴンチャ」では、複雑なオペレーションが負担となり、新店舗出店後しばらくは店内が混雑するというのがパターンとなっていた。

料理を従業員が運ぶ「こだわり」

しかしディッシャーズでは、各席にタブレットを配置し、オーダーを機械化することによってこの問題をクリア。また支払いも最後に機械で行うので、客が無駄に待ったり並んだりする必要がない。


(上)各席にタブレットを設置。人と接しなくて済むほか、待たせる心配なく時間をかけてカスタマイズを考えられるというメリットも。(下)オリジナルのオーダーシステムで、カスタマイズされた1品1品のメニューを、文字と写真で掲示。これにより、オーダーの間違いを防ぐ(筆者撮影)

ただし、出来上がった料理を客席まで運ぶのはセルフでなく従業員が行う。「フルサービス」をうたい、ドリンクバーさえ拒否してきたびっくりドンキーのこだわりであり、また、複雑なオーダー品をスタッフが確認し、間違いなく客に届けるためという理由もある。

今回のディッシャーズの企画を一から考えたという運営会社のアレフ、常務の庄司開作氏は、その意図をこう説明する。

「新業態ではドリンクバーは入れましたが、フードコートのようにお客様が料理を取りに行く、という形態はとっていない。これは着座したらできるだけそのままゆったりくつろいでいただきたいという理由もあります。

また、お客様自身が料理を取りに行って席まで戻るという過程で、タイムロスが出ます。結果的に、ディッシャーズに求められているサービスである『ファスト』に合致しなくなってしまう。店にとっても、店内の回転スピードが落ちてしまうデメリットがあります」(庄司氏)

1号店、江ノ島店の開業はもともと4月13日に予定していたが、緊急事態宣言により延期。6月1日、15日に相次いでオープンしたものの、ほかの飲食店と同様、新型コロナの影響を大きく受けた。江ノ島店は夏の海水浴客を、新宿住友ビル店は近隣オフィスビルのワーカーを当て込んでオープンしているが、いずれも海水浴場の休止や、リモートワークによって、予想の来店数にはまったく届いていない。


精算用QRカードを機械にかざして支払いを済ませる(筆者撮影)

しかし考えてみれば、必要以上に人と接する必要がない新業態の形態は、この時代のニーズにぴったりと合致している。キッチン内に至るまで機械化・省力化を進めた結果、スタッフ数も新宿の店舗であれば、ランチタイムなら15人ほど必要なところ、5人と3分の1に縮小することができている。

オープンの1年前から北海道にラボを設置し、機械化やオペレーションの検証を徹底して行った結果だそうだ。


最後、料理を運ぶのはスタッフの手で(筆者撮影)

「人材不足で、繁華街になればなるほど人は足りないし時給もどんどん上がる、という状況でしたので、機械化の方向性は必然でした。そこへたまたま今回のコロナが起きた。コロナの状況においても成長しているというか、影響が少ない飲食店はファストフードやテイクアウトの業態ですよね」(庄司氏)

コロナ以前、同社では販売促進策が功を奏し、1月時点では今期8億円の増益が見込まれていたそうだ。しかし4月の売り上げは半減、関東・中部・関西を中心に落ち込みが激しく、客足もなかなか戻らない。

ただ、拠点である北海道や東北地方など、びっくりドンキーの歴史が長い地域については、客足がおよそ9割まで復活しているという。

「人と接しない」「サッと食べてサッと出る」

このようにびっくりドンキーでは知名度の高さと、根強いファンの存在が底力になっていると言える。ディッシャーズの新宿住友ビル店オープンの際、3日間店頭に立った庄司氏は次のように説明する。

「『あっ、びっくりドンキーだ!』という声とともに入店されるお客様が多かった。知っている味という安心感を感じてくださっているのかな、と思います」(庄司氏)

びっくりドンキーを語るうえで外すことができないのが、独自のサプライチェーンである。素材の研究から生産・仕入れ・加工、サービスまでを自社で一貫してコントロールしており、主力メニューのハンバーグはもちろん、コメや野菜も徹底した管理のもと、仕入れや加工が行われている。

この安全と安心に支えられた商品品質が最も大きな強みであり、創業から貫かれてきた方針を示すものだ。ただし庄司氏によると、やはり行き詰まりが見えてきていたという。

「50年以上経営していますが、さまざまな競争原理、生活環境の変化を受けて、あるところで出店数が止まってしまい、現在約330店舗。兄(現社長の庄司大氏)と私が入社して10年ですが、そのときの約束の600店舗まで持っていくことができませんでした」(庄司氏)

そこで5年ほど前から、アメリカやイギリスの市場調査を行い、チェーンの動向を徹底的に研究。そこで出た答えと、これまで同社が積み上げてきたサプライチェーンという強みが組み合わさった形が、ディッシャーズというわけだ。コロナにより出店計画も狂ったが、将来的には100店舗を目指すという。

出店の立地により、よりコロナの影響を受けやすくなったのは残念だが、新業態ディッシャーズは「人と接しない」「サッと食べてサッと出る」という新しい生活様式との相性がよい。新しい形のファストカジュアルとして、今後、市場が広がっていくのではないだろうか。