レースにおいてセットアップ技術は重要!

 モータースポーツの奥深さは単にドライビング技術の面だけでは語り尽くせないところにある。クルマの基本性能やセットアップによってもハンドリングや速さを変えることができ、コースや天候、走行条件によって最適解を見出だすことも醍醐味となるからだ。

 このなかで、セットアップに着目すると面白い事実がたくさんあるのだが、僕が主宰している「中谷塾」では理論と実績に基づいた秘伝のセットアップ方法を伝授してきた。

 サーキットを走るとき、多くの人はサスペンションの硬さを問題視する。バネを硬くして高速コーナーでのロールを抑え、姿勢を安定させることが狙いだ。それはそれで正しいのだが、たとえば僕が多くの経験を積んだ「ワンメイク」のイコールコンディションによるカテゴリーでは、サスペンションスプリングの変更を認められない場合が多い。ショックアブソーバーやブレーキパッドまで指定されていて、変更可能なのはタイヤ空気圧くらいだ。

 ワンメイクレースはドライバーの運転技術を同条件で競わせるカテゴリーだから、パーツの変更を不可能にするレギュレーションの意味は理解できる。しかし、上級カテゴリーにステップアップしていくにつれ、如何にマシン性能を引き上げるか、ということが重要になり、ビギナークラスのレースにおいてセットアップ技術の基礎を学んでおく事がじつは極めて重要なことと言えるのだ。

 たとえば、1985年に三菱自動車が開催し始めたミラージュ・カップのワンメイクに参戦した時、当時の富士スピードウェイは高速の最終コーナーからストレートへ続く区間が今より高速で、直線速度を稼ぐことが勝利への近道だった。しかし量産車を使うワンメイクレース仕様車は性能品質が均一で、どのクルマも最高速が変わらない。そのため前車の真後ろにつけ空気抵抗を減らして追い抜くスリップストリーム走法が有効となり、毎周スリップストリームを使って競い合っていた。

 そんな状況で少しでも最高速度を高めたいと僕はサイドミラーを折り畳んで走ったことがある。サイドミラーを折り畳むことで前面投影面積はわずかに減少し、空気抵抗が減る。これは空気抵抗値=CD(空気抵抗係数)×A(前面投影面積)という空気力学理論に着想したものだ。さらにCDを減らすべく、ラジエターグリルやフロントバンパーの無用な穴をガムテープで塞ぎ、CD値を少しでも向上させるようにした。

 クルマの前面でははがき1枚ほどの穴が開いているだけで、0.01ほどもCD値が悪化するとメーカー開発者から伺ったことが裏付けとなった。その結果、富士スピードウェイのレースで優勝したのだが、主宰者から次のレース以降、サイドミラーを畳んではいけないと通達が出されてしまった。裏を返せば効果が認められたためとも言えるだろう。

トーインにすることで安定性が増しステアリングの応答性も向上!

 さらに足まわりにも特殊なセットアップを施していた。前述の通り基本パーツの変更は不可とされていたので、ホイールアライメントに目をつけたのだ。サスペンションはトー角やキャンバー角など取り付け位置が決められている。停止状態の取り付け位置をイニシャル値といい、整備書などにメーカーの指定値が定められている。このなかでキャンバー角を調整するにはパーツを変更しなければならず不可。しかしトー角はネジを調整するだけで変更できる。しかもレギュレーションでトー角については触れられていない。そもそもトー角は自動車工学で「イニシャルトーアウト」を良しと定義していて、それを変更するなどという発想は誰も持っていなかった。

 しかし、生産車ベースのワンメイク車を高速のサーキットで走らせると、とくにブレーキングの際に前輪のトー角が外側に開いてトーアウトを強め、ステアリングの応答性を著しく悪化させているのをドライバーとして感じ取った。トー角の設定強度はスクラブ値(タイヤ接地中心とキングピンの延長線が路面と接地する点の距離)が影響する。当時はネガティブスクラブ仕様が多く、これはブレーキ力でトー角をトーアウト方向に向ける力を生み出していた。そこでイニシャルのトー角を「イン」に強く設定することをメカニックに依頼し実践したのだ。当初メカニックは「そんなことは聞いた事がない」と渋ったが、簡単な作業で効果がなければ直ぐ戻せるからと頼み込んだのだ。結果はハードブレーキングで前輪のトー角安定性が増しステアリングの応答性も高まりレースで優勝した。

 このセットアップはそれ以降、ネガティブスクラブの全てのレースカーで実践。グループAレースやF3000のフォーミュラカーでも同様だった。

 今季F1でメルセデス・チームがDAS(デュアル・アクシス・ステアリング)と呼ばれるシステムを開発し実装してきた。これは前輪のトー角を電動で走行中に変更できる画期的なシステムだ。多くの関係者は直線でトー角をゼロにして転がり抵抗を減らして直線スピードを稼ぐためだと解説していたが、僕は直線でトーインを強めタイヤ温度を上げること、ターンイン時の応答性を高めることが主目的だと直感した。予選のウォームアップラップ時にDASを作動したシーンが多かったので間違いないだろう。

 ワンメイクレースで学び、理論に基づいた中谷塾秘伝のセットップ理論がF1でも実践され証明されていることに誇りを感じた。