築地市場を視察する小池百合子都知事=2017年1月(C)日刊ゲンダイ

写真拡大

【恐怖の小池都政 知事から“クビ宣告”の元都庁OB幹部が語る】#2

<1>小池知事の逆鱗に触れると排除以外に生き延びる道なし

 小池百合子(都知事)という人物に関わってはいけない。関わった人間は押し並べて不幸になる。私はつくづくそう思っている。

 西新宿に君臨する「女帝」に初めて対面したのは、今から4年前の9月のことだった。崖から飛び降りて都知事選に圧勝した小池知事は目前に迫った築地市場の豊洲市場移転を延期した。その直後、あるべき盛り土がなく、豊洲市場の建物下に地下空間が広がっていることが判明し、市場移転問題は瞬く間に日本を揺るがす大問題としてクローズアップされた。

 問題の鎮静化のため、落下傘降下で投入された私の小池知事に対する第一印象は「な〜んや、関西のおばちゃんやんけ……」だった。

 今にもポケットから飴ちゃんを出しそうな感じ。が、その印象が大いなる間違いだったことに気が付くまで、そう長い時間はかからなかった。口元は終始笑っているのに目がぜんぜん笑っていない。ある時、私は気付いてしまったのだ。一度気が付いてしまえば、笑わないその目から逃れることはできない。毎日のように小池知事の恐ろしさがじわじわと心臓を締め付けてきた。

 私の見立てでは、小池知事は人間を敵と味方の2種類に分類している。敵と味方の中間はない。

■利用価値がなくなれば「味方」もポイ捨て

 一度「敵」と認定されたら最後、「敵」という認識を覆すのは至難の業で、挽回するのはほぼ不可能といっていい。一方、「味方」と認定されたからと言って決して安閑としてはいられない。なぜなら、小池知事にとっての「味方」とは、あくまで自分にとって利用価値があること(だけ)を意味しているからだ。

 利用価値がなくなれば、何のためらいもなくポイっと捨てられる。市場移転問題の反対派の皆さんが、まさにこの「味方」だった。さんざん築地に戻ってこられると喧伝しておきながら、しれっと豊洲市場に移転してしまえば、あとは一切お構いなしだ。

 都庁の役人だって例外ではない。なかでも、中央卸売市場の管理職は終始、「都議会自民党の回し者」と認識されていた。いくら役人が客観的で丁寧な説明をしても、知事の猜疑心が氷解されることはなかった。

 さらに、小池都政1期目の4年間、都庁では報復人事が繰り返された。知事の意に沿わない幹部、ヘマをやらかした幹部、都議会自民党に便宜を図った(と疑われた)幹部らが次々とパージされていった。

「敵」の烙印を押された役人は人生を大きく狂わされるが、小池知事はなんの痛痒も感じていないようである。

■有利か不利かの二者択一

 もう一つ、小池知事の典型的な行動パターンがある。目の前の状況について、自分の政治的な野心にとって有利か不利かの二者択一で判断するというものだ。小池知事にとっては都民のためであるとか、東京の街にとって、などはどうでもいいことであり、判断基準の埒外でしかない。

 移転延期後の2017年1月、最終回となる第9回地下水モニタリング調査で、豊洲市場用地の地下水から基準値の79倍のベンゼンが検出された。当時設置されていた専門家会議は「地上は科学的に安全、地下は対策が必要」と終始主張していたが、小池知事は専門家の意見には耳を傾けず、「都民の安心が第一」と耳触りのいい言葉を持ち出し、市場移転問題を迷路に引きずり込んだ。

「都民の安心が第一」とは、何も都民のことを心から思い心配して発せられたのではない。

 一にも二にも、半年後に迫った都議会議員選挙で自らが立ち上げた地域政党「都民ファースト」の会を圧勝に導き、仮想敵である都議会自民党を叩き潰すための方便にすぎなかったのだ。

 実際、最終的には専門家会議の提言通り、豊洲市場の地下に追加対策工事を実施して地上の安全を確保したのだから。移転延期で豊洲市場の開場は約2年遅れた。空費されたあの2年間はもう戻ってこない。そして、繰り返される報復人事に職員は口を堅く閉ざして嵐が過ぎ去るのをただじっと待っている。あと4年。それはあまりに長い時間というほかない。  =つづく

▽さわ・あきら 1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。現在、(公)東京都環境公社理事長。3月に「築地と豊洲」(都政新報社)を上梓。