旅行業界は、コロナ禍による最も深刻な影響を受けた業界の1つと言えるでしょう。その中で、いち早くWithコロナ〜アフターコロナの方向性を示し、全社をあげて対応してきた星野リゾート。代表の星野佳路さんが語る、インバウンドの消失よりもっと深刻な大問題とは――。

■社員に「自社の倒産確率」を毎月知らせる理由

私は社員だけが読めるブログを書いています。ここには社外に出しづらい刺激的なことを書くこともあります(笑)。

コロナ以降は、ブログの更新頻度を上げて、社員へのメッセージ量を増やしています。その中でもっとも人気だったのは、どんな記事だと思いますか?

星野リゾート代表 星野佳路さん(撮影=強田美央)

じつは社員にもっとも読まれたのは、「星野リゾートの生存確率」について書いた記事でした。企業が倒産するのは、社内に現金がなくなったときです。それを左右する要素は三つ。売上とコスト、資金調達です。そこで3つの要素について、それぞれコロナ後のシナリオを3つ用意しました。たとえば売上なら最良は前年比7割を維持、普通は前年比5〜7割、最悪は5割未満といった具合です。3つの要素に3つのシナリオを用意すると、ぜんぶで27パターンのシナリオができます。それぞれのパターンについて、モデルをもとに生存確率を計算したのです。

状況は毎月変わるので、生存確率も毎月計算し直しています。社員は、記事が更新されるのをワクワクドキドキして待っている。おかげさまで生存確率を書いた記事はいまも毎月ナンバーワンです。

倒産のリスクが示される記事を社員がワクワクドキドキ待つなんておかしいと思う人もいるでしょう。実際、コロナで予約のキャンセルが増え始めた3月は、不安を覚えた社員が多かった。ただ、不安になるのは、自分が何をすればいいのかわからないからです。

そこで私は3月末に18カ月の計画を立てて、生き延びるための方向性を示しました。方向が固まれば、社員はいま何をやるべきかを前向きに考え始めます。ブログで生存確率を明かしたのも、その一環です。数字を出して、みんなの取り組みでその数字が毎月変化していくと、ゲーム感覚で楽しみながらできると思いました。だからみんなワクワクドキドキして更新を待っているのです。

■3密回避で旅行業界の先頭を走ろう

3月末に出した18カ月計画では、次のような需要予測を出しました。まず緊急事態宣言でお客様の数は大きく減ります。宣言が解除されれば、需要が戻っていきます。その途中で第2波、第3波が来て、また需要が落ちては戻るというアップダウンを繰り返しながら、コロナ前の需要に少しずつ近づいていく。ゴールはワクチンと治療薬ができたとき。そのタイミングを18カ月後と仮定して計画を立てました(図表1)。

この予測に基づいて、まずは3密回避で旅行業界の先頭を走ろうと社員にメッセージを出しました。方向性が示されれば、あとは現場のスタッフが自分たちでアイデアを出して行動します。実際、現場からのアイデアでチェックイン・チェックアウトの方法を変えたり、IoTを活用して大浴場などの混雑度をアプリでお知らせするなど、星野リゾートの各施設では最高水準の新型コロナウイルス対策が行われています。

なぜ現場が自分たちで考えて動いてくれるのか。それは、昔からそのような組織文化を作ってきたからとしか言いようがありません。星野リゾートは、ケン・ブランチャードが90年代に書いたエンパワーメントの論文に従って、教科書通りの経営をしてきました。サービス業でお客様に近いところにいるのは、経営者ではなくスタッフです。現場にエンパワーメントして自分たちで考えながら接客してもらうことが重要であり、イノベーションはそこからしか生まれないと思っています。

■なぜいまビュッフェを再開したのか

いまも現場からは次々に新しい取り組みが生まれています。直近では、一時中止していたビュッフェを再開しました。もちろん前と同じではありません。人が触れるものには抗ウイルス抗菌効果のあるナノコーティングをするなど、3密回避と衛生管理を徹底した「新ノーマルビュッフェ」です。これを提案したのは、沖縄の予約センターのスタッフでした。顧客対応する中で、「お客様はビュッフェの中止ではなく、安全対策をしたビュッフェを望んでいる」と感じて提案をあげてきたのです。

最初に聞いたときは驚きましたが、そのスタッフが「ビュッフェを再開したら絶対に予約は伸びる」というので了承してプロジェクト化しました。現時点で私たちは最高水準のコロナ対策をしています。しかし、それで完成したわけではない。今後も現場はさまざまな取り組みをしてくれるはず。18カ月、私たちはつねに進化を続けるつもりです。

■インバウンドがゼロになるより深刻な大問題

今回のコロナで、インバウンドはゼロになりました。ただ、その影響はみなさんが考えるほど大きくありません。日本の観光産業は約28兆円の市場で、インバウンドは4.8兆円です。4.8兆円は小さくありませんが、じつは日本から海外に行く市場が約3兆円ある。これが国内に戻ると考えて差し引きすれば、2兆円弱しか失わない計算です(図表2)。

問題は、日本人による国内旅行市場です。ここが止まり続けると打撃が大きい。コロナが終息するまで第2波第3波で需要が落ちる期間がまたあるはずですが、緩和期にいかに需要を戻せるかが勝負になります。

国内旅行に関しては、アフターコロナも課題が残ります。いま国内観光を支えているのは団塊の世代です。団塊の世代は2025年に全員が後期高齢者に入りますから、旅行参加率はどうしても落ちていく。これはインバウンドよりずっと大きな問題です。

■必要なのはシニア割ではなく若者割

高齢になれば旅行しづらくなるのは自然なことです。私が懸念しているのは、20代が国内旅行をしていないこと。私の世代が学生だったころは、オートバイで北海道を一周したり、青春18きっぷで鉄道を乗り継いで旅行する人が大勢いました。しかし、いまの20代はLCCで台湾や韓国に行く。国内旅行の魅力を観光産業が伝えきれていないのです。

このまま若い世代へのプロモーションに失敗すると、日本の観光市場は減少に転じます。これを防ぐには、20代に国内旅行のおもしろさに気づいてもらわないといけません。星野リゾートは、20代をターゲットとするBEBというサブブランドを展開しています。20代はシニアと違う旅行ニーズを持っており、そのニーズに応える施設です。また、若い世代に温泉旅館に戻ってきてもらうため、界ブランドでは20代限定で特別価格の「界タビ20s」というプランをご用意しています。

日本の観光業界がやらないといけないのは、シニア割引ではなく20代割引です。それをきっかけに20代に国内旅行の楽しさを知ってもらい、30、40代になって家族をもったときに日本の観光市場を支えてもらうのです。コロナで海外旅行は難しくなったので、ある意味でいまは若い世代に国内旅行を知ってもらうチャンスです。この機会をしっかり活かしたいですね。

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星野 佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート代表
1960年、長野県生まれ。83年、慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院へ留学。91年、現職に就任。「星のや」「界」「リゾナーレ」の3つのブランドを中心にホテル・リゾート施設を展開。
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星野リゾート代表 星野 佳路 構成=村上 敬 撮影=強田美央)