ケリー・メイジーはいま、9年前に自分の店をオープンしたときと同じ、興奮と不安の入り混じった気分を味わっている。ロンドンのハックニー区にある彼女の小さなナイトクラブ「Ridley Road Market Bar」は、新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)で3カ月にわたって休業していたが、ついに営業を再開したのだ。

「ウイルスと共存するために姿を変えたナイトクラブは、その“本質”を保つことができるのか」の写真・リンク付きの記事はこちら

とはいえ、店内は以前とはさま変わりした。普段ならダンスフロアになるスペースにはテーブルが置かれており、ナイトクラブの売りのひとつであるDJのライヴパフォーマンスはない。ドリンクは、アプリをダウンロードして注文する。

「雰囲気はこれまでとは完全に違っています」と、メイジーは言う。「特に音楽がないことが大きいと思います。音楽があれば、席を移って見知らぬ人同士で会話したりもしますよね。この雰囲気だと、客は一緒に来た仲間同士でしか交流しないと思います」

Ridley Road Market Barでは、以前は映画の上映や専門家のレクチャー、ニッチな音楽イヴェントなどが開かれていた。しかし、収容可能な人数が130人から50人に減ると、店舗の賃料などの固定費を支払った上でイヴェントの費用を捻出することは難しい。

メイジーはしばらくは様子を見るつもりだとした上で、こう付け加えた。「本当のことを言うと、店を開けるほうが休業しているよりもリスクが高いんです。営業を再開すると、その時点で政府の(雇用調整助成金)システムが適用されなくなり、人件費をすべて負担することになりますから」

感染リスクの高い業態

新型コロナウイルスによって、ソーシャル・ディスタンス(社会的な距離)ならぬ“ソーシャル・ディス・ダンス”(ダンスの禁止)の影響を被っているのは、メイジーの店だけではない。パブやバー、ナイトクラブといったナイトライフ関連の店はどこも苦境に立たされており、再び客を迎え入れることのできる日を心待ちにしていた。

ところが、営業再開が許可されるやいなや、こうした店は新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の温床となっている。これは狭い店内で客同士の密接を避けられないことに加え、年齢層やアルコールといった要素が大きい。

ナイトクラブは一般に窓のなく換気の悪い密閉された空間で、店内は暗く狭い。このため、他人と物理的な距離を保つことは難しい。そしてアルコールの入った客は、バーカウンターやダンスフロアに集まって踊ったり騒いだりする。ナイトクラブというのは、そもそもが人と集まって騒ぐための場所なのだ。

また、音楽が大音量でかかっているなかで会話をしようと思えば、人は自然と互いに近寄って大声を出すようになる。そして、こうした行動は感染拡大リスクが高いとみなされる。距離をとらずに長い会話をすると、どちらかが感染していた場合はウイルスに接触する危険性が高まる。

判断力が鈍って起きること

大声を出す、笑う、歌うといった行為は、せきを1回する場合と比べて10倍の量のウイルスをまき散らす可能性がある。また、踊れば息が上がって呼吸回数が増えることから、換気の悪いナイトクラブの店内で空気中を漂うウイルスを体内に取り込んでしまう恐れも高まるだろう。

理由は不明だが、感染者のうちごく一部は通常より多くのウイルスを拡散することが明らかになっている。「スーパー・スプレッダー」と呼ばれるこうした人たちは、普通に話しているだけでかなりの量のウイルスをばらまいてしまう。ナイトクラブやバーに行けば、それだけで店内のいる人の大半を感染させる危険性があるのだ。

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さらに、酔っ払ってたがが外れれば、マスクをしたり物理的距離を保ったりといったルールを守る人は少ないだろう。ケンブリッジ大学で公衆衛生と疫学を研究するトルラー・オニは、「何かをやろうという意思の力が消えてしまうわけではないのですが、判断力が鈍ると、リスクに対する認識が行動に及ぼす影響力が弱まります」と説明する。オニは新型コロナウイルスに対する独自の指針を公開している科学者たちの組織「Independent Sage」のメンバーでもある。

スーパー・スプレッダーの危険性

夜遊びでは他人との接触の傾向も異なり、友達同士のグループだけでなく、まったく見知らぬ相手に話しかける人も多い。感染者がダンスフロアを歩き回ったり、公共交通機関やタクシーを使って移動して複数のナイトクラブをはしごしたりすれば、とんでもない数の人がウイルスに晒されるだろう。

韓国で5月初め、29歳の男性がソウルの繁華街である梨泰院(イテウォン)地区のバーやナイトクラブなど5店を訪れ、集団感染が起きるという事件があった。男性には新型コロナウイルス感染症の自覚症状はなかったが、あとから検査で感染していたことがわかり、最終的には梨泰院関連で246人の感染が確認されている。

こうした1人か2人のウイルス保有者(キャリア)が数十人以上を感染させてしまう事例は、スーパー・スプレッダーによる集団感染だと考えられている。ミシガン州では6月初め、営業を再開したばかりのバーに入店するために列に並んでいた客2人から170人以上が感染していたことが明らかになった。新規感染の8割は、感染者の2割に満たないスーパー・スプレッダーによって引き起こされているとの研究もある。

ナイトクラブやバーでのクラスター(感染者集団)の発生は、感染者は無症状でもウイルスを拡散してしまうという科学的な事実を裏付けている。スペインとイタリアで実施された臨床研究では、感染者の20〜40パーセントには症状がまったく出なかった。また、調査対象は115人と少ないが、英国でも検査で陽性反応が出た人の67パーセントは無症状だったという報告もある。

商売と感染抑止との難しいバランス

一方、店に来た客が感染していたことが明らかになったときは、通常は店の所有者が店内にいたほかの客への連絡義務を負うが、感染者がひと晩で複数の店を訪れていた場合は悪夢のような事態が生じる。シェフィールド大学で公衆衛生を教える医師のアンドリュー・リーは、「感染者が店内で誰と接触したのかわかりませんし、そもそもほとんどの店は客の連絡先を把握していません。つまり接触追跡は事実上不可能なのです」と指摘する。

スイスでは国の接触追跡アプリの提供が始まる1週間前の6月19日から、バーなどが営業を再開した。スイスではナイトクラブで入場料を払うことが多く、営業再開後はこの時点で指定のフォームに連絡先を記入するシステムになっている。

ただ、これまでにナイトクラブ4軒で集団感染が起き、600人以上が自主隔離となった。結果として収容人数の規制強化が実施されたが、わざと偽名や嘘の連絡先を記入する客も多い。このため店側はIDなどで名前と連絡先が正しいか確認しなければならないほか、チケット制も導入されている。ほかのすべてのビジネスと同じで、ナイトクラブも今後は商売と感染拡大の阻止との間で難しいバランスをとることが求められる。

年齢制限では解決しない

アムステルダムで夜間の公共政策などに助言をする「ナイトメイヤー(夜の市長)」を務めた経歴があるミリク・ミランは、現在はベルリンの業界団体Clubcommission Berlinの広報担当ルッツ・ライヒセンリングとともに、「VibeLab」というプロジェクトを進めている。

「誰もが『50パーセントの情報で100パーセントの決断をしなければならない』と言っていますが、ナイトクラブをはじめとする深夜営業の店に関しては、これは本当に大きな問題です」と、ミランは説明する。ミランとライヒセンリングは世界各地のナイトメイヤーやナイトクラブのオーナーのほか、ハーヴァード大学、ペンシルヴェニア大学の都市研究の専門家と協力して、業界の再生に向けた計画を立てようとしている。

一般にアルコールを提供する店には、一定の年齢以上でないと入れない。だがオランダでは現在、入口での検温以外に客の年齢に35歳という上限を設けることが検討されている。それでも無症状の感染者という問題が解決するわけではない。

「ナイトクラブの客には一般的に若者が多いと思いますが、COVID-19の場合、若年層では症状が出ない感染者の割合が高いと言われています」と、シェフィールド大学のリーは指摘する。また、症状がまったくないか、あっても軽ければ、検温をしても無意味だろう。

コミュニティの将来に不安

物理的な距離の確保も、言うのは簡単だが実践は難しい。1m離れて踊るのは奇妙だし、ほとんどのナイトクラブは収容人数が3分の1の状態で店を開けても利益は出ない。ベルリンの「SchwuZ」はドイツ最大かつ最古のゲイクラブだが、オーナーのマルセル・ウェーバーは、ナイトライフ産業だけでなくそこに集うさまざまなコミュニティの将来が心配だと話す。

「特に性的マイノリティーにとって、いまは人に会う機会があまりありません。相談窓口などのサーヴィスも中断されたままで、インターネットではなく実際に人と触れ合うために利用できる場所がないのです」

Ridley Road Market Barのように、ダンスフロアに椅子とテーブルを置いて営業を再開した店も多い。また、例えばオランダとオーストラリアでは、着席しているかテーブルから離れない限りは踊ることが許されている。ブリズベンのITコンサルタントのヴィンセント・ヤオは、ダンスフロアで踊ることにはそれほどこだわっていないと話す。

36歳のヤオは週末にブリズベンの「Birdees」に足を運んだが、とても楽しかったという。「人の流れをコントロールするのは本当に難しいと思います。ただ、テーブルと椅子をうまく配置すれば、ダンスフロアに好き勝手に集まるのではなく、グループごとにまとまっているという状態をつくり出せるのではないでしょうか」

不動産会社で働く25歳のサヴィーナ・シマトヴィッチは、やはりブリズベンにある「Laruche」で友人と飲んだという。「外で飲むのは楽しいけれどルールは厳しいですね。ほかの男性と話したりカウンターで飲んだりしたいなら、いままで通りにというわけにはいかないでしょう」と語る。

ナイトクラブの本質をどう保つか

ナイトクラブではなく、バーとして再オープンする手もある。だが、例えばSchwuZの最大収容人数は1,100人で、最低でも600人が入らなければ赤字になってしまう。オーナーのウェーバーは、それでも秋からバーというかたちで営業再開する方向で動いている。性的マイノリティーのコミュニティーが安心できる居場所を提供し、スタッフの解雇を避けることが目標だという。

社会的な距離の確保、濃厚接触の追跡、アプリからの注文システム、換気の改善など、ナイトクラブは店を開けるためにさまざまな手段を模索している。だが、リスクを完全に排除することは不可能だ。それにスタッフが店内を歩き回って、客に笑ったり歌ったりしないよう呼びかけるといったことは、まずされないだろう。

VibeLabのミランは、「どの店も客に大声で話さないよう注意するようなことはしたくないはずです」と言う。「感染に気を遣うあまり死んだような無機質な空間になれば、ナイトクラブの本質は失われてしまいますから」