Jリーグが開幕した1993年当時、Jリーグのスタジアムで拍手を聞くのは例外的だった。水曜、土曜、水曜、土曜……と試合に追いかけられていたなかで、スタジアムの光景として思い返すのはチアホーンである。どこのスタジアムへ行っても、甲高い音色が響いていた気がする。

 開幕初年度の93年は、チケットがプラチナ化していた。そのわりには若い女性の来場者が多く、スタンドは華やいだ雰囲気に包まれていた。サポーターと呼ばれる集団が「応援する」文化を作り上げていくすぐそばに、イベントに参加するような気軽さが漂っていたのも事実である。
ルールも分かっていない「にわかファン」が多かったというよりも、「カズが好き」とか「ヴェルディが好き」という人が多かった気がする。

 延長Vゴールというスリリングな仕掛けがまた、Jリーグのブームを加速させた。0対0の試合でも、最後にはドラマティックな結末が訪れるのだ。読後感ならぬ観戦後感はいい。

 ただ、サッカーの本質を理解してもらう意味では阻害要因となった。ホーム&アウェイのリーグ戦に欠かせない引分けという文化が、抜け落ちてしまうのだから。

 試合中は歓声とため息の繰り返しである。ゴール裏のサポーターが「好プレーに拍手をする文化」を広めようとしていたはずだが、これがなかなか広がっていかない。

 それもしかたのないことだっただろう。1993年当時の日本にはCS放送もライブストリーミングによる中継もなく、海外のサッカーを自宅で楽しむ機会はBSぐらいだった。GKやDFのインテリジェンスな対応に、セントラルMFの鮮やかなサイドチェンジに拍手が沸くヨーロッパのフットボールは、誰もが気軽に楽しめるコンテンツではなかったのである。

 リモートマッチから観客ありへ移行したJリーグを、7月11日と12日に取材した。11日はJ2の大宮アルディージャ対東京ヴェルディで、観衆は2271人だった。翌12日の湘南ベルマーレ対北海道コンサドーレ札幌は、3327人だった。

 お客さんは大変だっただろう。これまでのように旗を振ることができなければ、タオルマフラーを回すこともできない。仲間同士で声を合わせて応援することも、肩を組むことも許されない。

 主審の判定に「ファウルだろ」、「警告だろ」といった声がこぼれることもあったが、目の前で見ていると思わず反応してしまうのが観客心理というものだ。責めることはできなかった。

 静けさに包まれると思われたスタジアムには、拍手が響いていた。ウォーミングアップ、選手紹介、選手入場と、試合前から拍手で溢れていた。

 試合中も拍手は絶えない。

 ボールを失った選手が、すぐに切り替えて自陣へ戻る。

 タッチラインを割りそうなボールに、スライディングで食らいつく。

 サイドチェンジされたボールを追いかけて、数十メートルのフリーランニングをする。

 ファインゴールやグッドセーブではない小さな好プレーが、観衆の拍手によってスポットライトを浴びていった。選手は嬉しいだろう。ゴール裏を中心に声援がこだまするいつものスタジアムでは、拍手がかき消されてしまうこともあるからだ。

 93年のJリーグ開幕からゆっくりと、しかし確かにサッカーを観る文化が深まってきたことを、個人的には実感している。コロナ禍の超厳戒態勢(現在の試合運営を、Jリーグはそう呼んでいる)は何かと窮屈だが、スタンドの反応はとても心地好い。