【村瀬秀信】それでもミスドがコンビニドーナツに勝るワケ〜「持ち帰り用長いハコ」の魔力 この「最終兵器」がある限り…!

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『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』。そのタイトルに誘われ、一読すれば各店の「あるある」や「なるほど」に納得させられた人気“メシもの”エッセイ第2巻『それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』がついに文庫化!

誰もがきっと食べたことのあるおなじみのチェーン店36店を収録した本書の中から、今回は「ミスタードーナツ」を語ったパートを公開します。

イラスト:サカモトトシカズ

コンビニの大軍勢が攻めてきた!

ドーナツ戦争。

2014年、コーヒー界に革命を起こした“淹れたて珈琲”の成功に続いて、大手コンビニが新たに目指した大陸は、あのドーナツだった。

レジ横に設置された最新鋭のケースには、ひとつ100円程度のドーナツ。味、種類、値段ともに専門店並みのクオリティを提供します! という鼻息の荒さに「へー、ドーナツか。へー」と思うだけで、特に手を伸ばすこともなかったが、肉まんの蒸し器みたいに一定期間が過ぎてもなくならないところをみると、どうやらコンビニの定番商品として固定されつつあるようだ。

しかしこのコンビニドーナツ。専門店にとっては、突如現れた総店舗数5万店とも言われるコンビニの大軍勢が攻めてきたようなもので、シェアを奪われるのは必至。これまで平穏を保っていたドーナツ界は一様にざわめきだしたのも無理はない。

2006年にドーナツの本場、アメリカから鳴り物入りで日本上陸を果たした『クリスピー・クリーム・ドーナツ』。一時期は大行列を作っていたのも今は昔、2016年「10周年を機に事業見直しを図る」と大幅に店舗数を縮小することを決めた。

ならば豆腐とおからを使ったドーナツで、関西から上陸し話題になった「はらドーナッツ」は? え、「まいどおおきに食堂」を運営する会社の子会社になった? 

じゃあ、1970年に日本にやってきたアメリカの最大手ドーナツチェーン『ダンキンドーナツ』はどこだ。あれ、いない。20年も前に帰国しちゃったって。知らなかった……。

ドーナツに色と個性を与えたミスド

日本ドーナツ界はついに本丸にまで追い詰められた。しかし最後の砦はそうそう崩せないだろう。

長嶋茂雄、天龍源一郎ら、その世界の頂点に君臨するものだけに与えられし称号“ミスター”を名乗るトップ・オブ・トップ。面白き事も無き世を面白く。あたいの人生、穴だらけ。いいことなんかなんもない。それでも、喰らえばいいことあるぞ『ミスタードーナツ』。

その興りは『セブン−イレブン』や『マクドナルド』よりも早い。もともとが米国で人気を博していたドーナツチェーンだが、1971年に日本のダスキンと提携を結び、大阪へと上陸した。この国におけるチェーン店のパイオニアでもある。

1971年に大阪・箕面にオープンした「ミスタードーナツ 」1号店(写真:株式会社ダスキン)

その後、我が国のミスドは国内約1300店舗まで数を増やし、今日までドーナツ文化を引っ張って来た。その存在は、もはや老舗洋菓子店と言い替えてもいいだろう。

筆者の生まれる前の話なので定かではないが、ミスドの登場におそらく日本人は戸惑ったに違いない。オールドファッション、フレンチクルーラーにハニーディップ。それまで茶色い浮き袋の体でしかなかったドーナツという食べ物が、ミスドにより色を持ち、個性を得たのである。

レジ横一面にディスプレイされた色鮮やかなドーナツ。気の利いた小皿やバッグなどのプレゼントがもらえ、ドーナツだけかと思いきや「サンフランシスコのチャイナタウンの飲茶〜♪」なる珍妙な歌に乗って中華に進出。日本に飲茶を一般化させたのはミスドの功績によるものが大きいだろう。

さらに、所ジョージを起用した自虐的ともいえるCMも毎回エッジが効いていてなんかオシャレだった。ドーナツは甘く、無粋なブレンドだけでなくカフェオレまでお替わり自由。そしてドーナツ界のジャングル大帝ポン・デ・ライオンのかわいらしさよ。

90年代、女学生たちの花園だった

「甘くておいしくてかわいくて、なんかしらないけどオシャレ」というミスドは女学生たちの放課後のたまり場と化した。

筆者が学生時代を過ごした90年代。まだルーズソックスも履いていない、純情可憐と信じてやまなかった花の女子高生たちは、テスト勉強するにもミスド。友達との恋バナをするにもミスド。ため息まじりにポエムとか書いてしまっている時もミスド、と、各テーブルで女子っぽさの花を咲かせた。

「先生、花って漢字、10個書いたら花束みてぇだ。100個書いたら」「花園だな」「先生!」

そんな「スクール・ウォーズ」のワンシーンみたいなやりとりをしていた、当時の男子高校生。そう筆者のような“足を踏み入れられなかった”青春迷子のオッサンにとって、その圧倒的な女性領域感は、特別な秘密の花園だった。

イラスト:サカモトトシカズ

事実はそうでないとしても、脳みその深いところには「学校のかわいい女の子はミスドでバイトしていた」という概念が刻み込まれており、胸の奥には文化祭の打ち合わせと称して、クラスの女の子と行ったミスドの思い出を後生大事にしまっていたりする。おっさんだけど。44歳だけど。

今、コンビニドーナツの大攻勢を目前にし「それが直接的な原因ではない」と表向きには発表しているとしても、売り上げは苦戦し、店舗数も減少しているという圧倒的な事実がある。さらに2015年の4月に値下げを断行し、2016年の夏には一部店舗で禁断の1200円でドーナツ食べ放題まで解禁した。

……厳し目の現実だ。だが、この大帝国が崩れるはずがないと思っている。

コンビニではハートに響かない

ミスドには、我々が記憶の奥底に焼き印の如く刻まれた最終兵器がある。

持ち帰り用の長いハコ。

季節ごとにデザインも変わるという、あのポップでキュートなドーナツ箱。仕事の差し入れで、家族へのお土産で、女の子がアレを持ってきた時の“気が利く感”は、日本人なら思い当たるのが当然。

あのハコを開けた時の目に映る麗しいドーナツ群は、庶民的で飾らないながら女子の誇りを失わず「しっかり食べてもうひと踏ん張り頑張っておくんなまし」というメッセージ性も備えた完璧手土産。筆者は何度被弾したかしらない。

コンビニでも長いハコを採用している店もある。だが、響かない。味は遜色なくても、コンビニという究極の利便性が仇となり、小麦を揚げることはできても、ハートに穴を開けるまでは至らない。

背後に景色が見える食は強い。今でも筆者は、ミスドを食べる度に、あの頃を思い出す。ドーナツの穴を覗けば、その向こうに若かりしあの娘が見える。

甘酸っぱい思い出が口の中に広がる。もたれて逆流してきた胃酸なんだろうけど。

DATA 株式会社ダスキン(本社:大阪府吹田市)。全国に977店舗展開(2020年3月現在)。オールドファッション110円、フレンチクルーラー110円、点心3種(点心肉まん・エビ蒸し餃子・小篭包)260円、こだわり卵のカルボナーラ630円、胡麻担々麺450円。