2億円が紙屑…「父は間違っていた」退職金で株始めた男の末路

写真拡大 (全2枚)

大和証券、日興証券、野村證券を渡り歩いた筆者・原田茂行氏は、投資での成功を「父の反面教師」と明言しています。背景に潜む悲劇とは一体? 本連載では、『株オタクの現役IFAが指南!本当に儲かる「株」講座』(幻冬舎MC)より一部を抜粋。過去の波乱相場から学ぶ株式の正攻法や、投資に失敗する人の共通点、銘柄データのチェックポイントまで、「暴露話に近い」ノウハウを解説していきます。

元証券マンの筆者「証券会社を信用してはいけない」

■失敗の法則を知る

いくつかの証券会社を渡り歩いた者として、投資家である皆さんに一つ警告しておきたいことがあります。

それは「証券会社を信用してはいけない」ということです。

これまで、証券会社にお金をあずけ、証券会社の営業員に言われるがまま、株や投資信託などの金融商品を購入した経験があるかもしれません。その結果、営業員が当初提案してきた計画どおりに、あなたは利益を得ることができたでしょうか。

おそらく多くの方がそうなってはいないと思います。証券会社を信用しきって投資をしている方の大部分が損をしているはずです。

証券会社仲介での投資は「極めて慎重に」行わなければいけないことを、まずは断言しておきます。絶対、営業マンに言われるがまま、その場の勢いで首を縦に振るようなことのないようにお願いします。

書籍『株オタクの現役IFAが指南!本当に儲かる「株」講座』の講座1にあたる本記事では、私の過去の経歴を紹介するとともに、いかに証券会社が信用できないのか、その真実に迫っていきます。

なぜ証券会社に資産運用を任せきりだと儲からないのか。かつて証券会社に身を置き、現在は証券会社から離れている人間だからこそ明かせる実情を、赤裸々にお伝えする内容になります。暴露話に近い側面もあります。株で成功するための直接的なノウハウを明かしている章ではありませんが、失敗の法則を学ぶことにもつながるので、ぜひお付き合いください。

■父のように株にのめり込むと……

父は間違えていた

証券会社時代の話に入る前に、私が株に興味を持ち、実際に保有し、さらに証券会社に入ることを決めるまでの経緯について述べさせてください。

戦前、父方の祖父が満洲で事業をやっていました。終戦後、戦中の売上金の支払いを受け、それを元手に祖父は川崎で鉄工所の事業を始め、残ったお金で株を買っていました。わが家系の株式投資ライフはここからスタートしたのです。

退職金2億円を手にした父。投資を始めるも損が増え…

父も若い頃から株をやっていたようで、家には会社四季報やチャートブックなど、株に関する書籍がずらりと本棚に並んでいました。

父は祖父の鉄工所で働いていました。1960年ごろ鉄工所が倒産の危機に瀕したことがあり、父もだいぶ窮地に追い込まれたそうです。この時は「もう株だけで食べていくか」と心に決めたほどだったそうですが、幸いなことに、川崎に保有していた5000平米の土地が高騰し、難を逃れることができました。

バブルの絶頂期の1989年に鉄工所の土地を売却し、父は退職金として2億円の資金を手にしました。それを元に、本格的に株式投資へのめり込んでいったのです。

■「含み損」を抱えたままでは絶対に損をする

父の投資方法はいわゆる「逆張り」でした。株価が下落してきた銘柄を買い、1割上がったら売却する。これを繰り返し小さな利益を積み重ねていく手法です。1株500円に満たない低位株で多く取引していました。

1990年代の低位株は、バブルの弾けたあとで倒産する会社も多く、父の握っていた株券のいくつかは紙屑となってしまうものもありました。東洋製鋼、日本重化学工業、池貝といった会社です。

現物取引ばかりしていた父ですが、2000年に入るとリスクの大きい信用取引も始めました。みずほフィナンシャルグループの株をたくさん保有していたところ、2003年にかけて大きく下落していき、その過程で大きな損を生み出していました。

2004年ごろからはネット証券で取引をスタート。株式市場が開いている時間はパソコンに張り付きっぱなしの、立派なデイトレーダーへと転身していました。

しかし株にのめり込んでいく時間に反比例するように、父の資産は減っていきました。それでもなお、父は株式投資を続けていました。その執念はいわば趣味であり、ライフワークのようなものだったのでしょう。父も生粋の株オタクでした。

銘柄ごとに日々の株価を書き留め、そこに何か規則性を見つけることに熱中していました。食事中に突然「あ、規則性を思いついた」とひらめいては、ノートに何か記入していました。

私は何度か「頼むから信用取引だけはやめてくれ」と頼みましたが、父は頑なに拒み、信用取引をやり続けたのです。

「損をするのは必然」父の資金はついに底をつき…

株式市場が上昇しても下落しても損を出し続け、ついに2010年には資金が底をつく事態に。退職金として得た2億円は、父の間違った投資方法によって、丸ごと市場へ吸い取られてしまったのです。

父の逆張りの投資手法は、儲かることもそれなりにありましたが、長期的な目線で見ると必ず損を出していました。空売り(価格が下がる局面でも利益が出せる取引手法)をしても損を抱えているのです。相場に左右されず損をするのですから、ある意味すごい話です。なぜ父は常に損をし続けていたのか。

それは、少額でも利益が出せたものはすぐに売却し、損が出ているものは売却せずそのまま放置していたからです。利益確定で一歩進む一方で、含み損がどんどん膨れて三歩も四歩も後退していることが問題でした。

そして、その現実を真正面から受け止めない父の取り組み方が、一番の問題だったのです。

父の考え出した投資手法では、本来であれば購入時よりも株価が下がってしまった銘柄は損覚悟で売る(これを損切りといいます)べきなのです。しかしそのタイミングをいつも逸してしまい、含み損を抱えたままにし、なかには倒産に至ったものもありました。これでは絶対に儲かるはずがありません。

それはまるでもぐらたたきのようなもので、上がってきたら売って、上がってこないで下がっていく一方のものは放置という状態です。

長年投資の世界に身を置いて、そして父の投資を外側から見てきて、はっきりしていること。父は、投資に対する考え方がまず間違っていたのです。損をするのは必然でした。

■「根拠のない思考」は捨てる

人の当然の心理として「損をしたくない」という強い執着があります。「上がったものはいつか下がるだろう」という消極的思考からすぐに利益を確定する。そして「下がったものはいつか上がるだろう」という希望的観測から、損切りせずにそのまま保有する。このような思考が定着している人は、投資で成功することはまず考えられません。

「塩漬け=負けではない」根拠なしの自信が悲劇を生む

しかしながら、多くの投資家が、このような思考を携えて日々取引に励んでいると感じます。父もまさしくその一人でした。

誰もが負けること、損することを嫌います。損切りをすることは、負けを認めたも同然です。頑なに拒否反応を起こしてしまうのです。そして、損した状態で保有を続ける「塩漬け」状態なら、負けではない、損はしていないという錯覚を抱いています。

なぜ「上がったものはいつか下がるだろう」とか「下がったものはいつか上がるだろう」という、根拠のない思考を持ってしまうのか。その理由はまさに「根拠がない」からです。

根拠さえ持っていれば、上がっている銘柄は「まだまだ上がるだろう」という積極的思考で保有し続けることができますし、下がっているものは早々に見切りを付け手放すことができます。

ではその根拠はどこに転がっているのか。株価の動きをただ眺めているだけでは、決してつかむことはできないと私は思います。日々の情報収集はもちろんのこと、各企業の商品やサービスに触れることや、説明会や財務状況を知らせる資料に目を通したり、展示会などのイベントに参加したりすることで、根拠のピースをつかむことができるのです。これら一つひとつの行動が必ず結果に結びつきます。

上がっている投資先が今後もさらに上がり続ける可能性を見いだせるでしょう。下がっているものがまだまだ下がっていく悪材料を掘り当てることもできるでしょう。下がっていても今後は上がっていくだろうという道筋を探し出すこともできるはずです。これこそが、株式投資をしていくうえで絶対に欠かすことのできないメンタルと実践方法なのです。

父という投資の反面教師がいてくれたからこそ、私は現在正しい手法でもって投資に取り組み、結果を着実に出すことができています。そしてその具体的な手順を、余すことなく解説していくことが本連載の目的です。

次回は明日配信(7/16)。

※本記事は書籍『株オタクの現役IFAが指南!本当に儲かる「株」講座』を抜粋したものです。

原田 茂行

IFA/自由が丘財産コンサルタンツ合同事務所代表/一般社団法人シニアウェルスライフ協会代表理事