Netflix『ストリート・グルメを求めて: アジア』感情移入不可避な屋台料理人たちのド根性半生

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Netflixが昨年4月より配信している『ストリート・グルメを求めて: アジア』は、アジアのストリートフード(屋台料理など)と、それを作る料理人を紹介する番組だ。彼ら彼女らが料理に人生を捧げた理由は、各々が育ってきた環境と各国の文化に深く関係している。また、「ストリート・グルメ」と称しているだけあって高級料理は登場しない。

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第1シーズンの舞台となるのは9カ国で、「タイ バンコク」「日本 大阪」「インド デリー」「インドネシア ジョグジャカルタ」「台湾 嘉義市」「韓国 ソウル」「ベトナム ホーチミン市」「シンガポール」「フィリピン セブ」の全9話だ。

みんな、やむなく屋台の料理人になっている


各都市につき1人の料理人を主人公とし、フォーカスする構成。他のグルメ番組と異なるのは、料理よりも人間にスポットを当てているところだ。各料理人に共通しているのは、他に進むべき選択肢はなく、やむなく屋台の道を選んでいる点である。

●第1話:タイ バンコク
見るからに活気のあるバンコク。同国で活動するフードジャーナリストは、現地の屋台の雰囲気について「いつもパーティみたい」と評したが、言い得て妙だ。その活気から、この地を“ストリートフードの本場”と呼んでも過言ではない。

1話の主役は、鉄鍋でどんなものでも作り出すジェイ・ファイさん。炭火の熱さに負けまいと掛けたゴーグルがトレードマークの、73歳のおばあちゃんである。彼女が料理の世界へ身を投じた理由は家庭環境だった。貧困街で育ったジェイさんは裁縫師として生計を立てていたが、20代のときに火事で全てを失う。

その後、麺料理を売る母の手伝いを始めるも、母の手際の悪さを見て自らも調理を行うように。すると、すぐに客に腕を認められ、いつしか自分で店を構えていた。高級な海産物を使うなど、メニューに一工夫加えることで町一番の屋台料理人となった彼女。2018年には日本のオムライスを参考にしたカニ入りオムレツでミシュランの一つ星を獲得する。

「常に最高を目指す。単なる屋台の料理人じゃない。シェフよ」(ジェイ・ファイ)

バンコクの文化に根ざし、成し遂げられたジェイさんの栄光は、まさにストリート・ドリームスだ。

●第2話:日本 大阪
日本人として誇らしい。2話に登場する大阪・京橋の立ち飲み居酒屋のご主人・TOYOさんの個性は全話でずば抜けているのだ。とても明るく、笑顔が眩しい彼だが、幼少期は酒に溺れた父親から暴力を受け、中学を卒業したら進学は許されなかった。大阪に働きに出て、生き延びるために料理の道へ身を投じた。


それにしても、屋台で出しているまぐろホホの炙りが凄まじい。お客さんを待たせないため、網に乗せたまぐろにガスバーナーで火を放射するのだが、冷水で冷やした素手を火の海にぶっ込んでTOYOさんは調理するのだ。この姿だけで彼が歩んできた半生が生半可じゃないと窺える。しかも、そのガスバーナーで煙草に火を点けたりしてるし。全話中、2話だけ異質な感じがするのは我々が日本人だからか? いや、TOYOさんのキャラクターはやっぱり桁外れだったと思う。

●第3話:インド デリー
揚げたジャガイモにチャツネや野菜、ヨーグルトをかけた「チャート」という料理がある。ムガル皇帝の宮廷料理が発祥とされる由緒ある料理だ。この屋台を営むダルチャンドさんが3話の主人公。店の前にはお金を持ったお客さんが群がっており、人気の程が窺える。もうけより食材にこだわる主人公の人柄が、屋台を繁盛店へ押し上げた。

映画鑑賞が趣味の主人公だが、彼の人生はそんじょそこらの映画よりドラマチックである。祖父が始めた屋台を父が継ぐも病に倒れ、家庭崩壊しかける寸前でダルチャンドさんが店を引き継いだのだという。


●第4話:インドネシア ジョグジャカルタ
「ジャジャン・パサール」なるお菓子を50年以上作り続けるサティナムさんというおばあちゃんが主人公。ジャジャン・パサールは地元名産の食材を使い、ジャワ島のソースを絡めていただくお菓子だ。彼女の作るジャジャン・パサールをスハルト元大統領が気に入り、それを機にパサールさんの名前はインドネシア中に轟いた。今では彼女のお菓子を食べるために大勢のお客さんが1〜3時間並び、混乱を避けるため整理券まで配られる程だ。

インドネシアでは、彼女のような高齢女性が屋台に立つことは珍しくない(サティナムさんの年齢は100歳超え)。何しろ、ジャジャン・パサールは8世紀から続くインドネシア最古の屋台料理である。


●第5話:台湾 嘉義市
「林聰明沙鍋魚頭」3代目店主・グレース・リンさんが主人公。揚げた魚と白菜を使った魚頭入り鍋はこの店のオリジナルで、とても一人前とは思えないボリュームだ。店舗存続のため台北から故郷に戻って屋台を継いだ彼女は、支店拡大やウェブサイト開設など両親の反対を押し切って業務改革を断行した。


●第6話:韓国 ソウル
広蔵市場に出店するチョ・ユンソンさんが主人公。母から子へ受け継がれる伝統的な韓国料理「カルクグス(刀削麺)」が売りのお店だ。

彼女がこの店を出した理由は、夫が作った借金を返すためである。しかし、市場の中にはいじめ、嫌がらせが存在した。新入りだったチョさんの店の前にはゴミ袋が積み上げられ、「お前のせいで市場が汚れた!」と糾弾された。あからさまないびりである。チョさんは何度も店をやめようと考えたが、家族の存在が思いとどまらせた。そして、自分が楽しめる状況を作ろうと彼女は心掛けるようになる。それは、母から教わったカルクグスを作ることだった。

家族のために図太く生きたチョさんは借金を完済し、子どもを育てながら今も夫と共に生活している。「恨」を抱え、家族のために戦ってきた彼女。市場での生存競争を勝ち抜いたのだ。


●第7話:ベトナム ホーチミン市
ホーチミンは人口1000万人のうち、その1割にあたる100万人が屋台で生計を立てている。言わば、屋台の本場だ。7話の主人公は、ウミニナという巻き貝をニンニクで炒めてココナッツミルクを加えたメニューを売るチュオックさんだ。カセットコンロと七輪のみで作るこの貝料理は、見た目が少々グロい。しかし、彼女にとっては父がよく作ってくれた思い出のレシピである。


チュオックさんの生活は過酷だ。市場での仕入れのため午前1時に家を出て、睡眠時間はたった2〜3時間程度。ホーチミンは共同体意識が強く、互いに助け合って生きる文化圏だ。日々の労働と地元の文化のおかげで彼女は借金を完済し、さらに息子を大学まで通わせた。そしてもう1つ、大きなポイントがある。それは、創意工夫。以下は、地元の料理人の見解だ。

「ホーチミンで生きるには創造力が必要ね。彼女のような人は他にも100万人いるから」

●第8話:シンガポール
アメリカでパティシエになる夢を持っていたが、家業の屋台存続のため泣く泣く故郷へ戻ったアイシャさんが主人公。彼女が作るのは、米粉の蒸しケーキの中にパームシュガーの餡を入れ、ココナッツをかけた「プトゥ・ピリン」という伝統菓子だ。

アイシャさんはベトナム教徒だが、親の意向に従順な生き方から中国的な文化を背景に感じる。つまり、儒教の精神だ。この辺は、台湾編(5話)のリンさんと共通している。2人とも受けた教育レベルが高く、旧態依然な親と衝突しながら業務改革を断行、店を軌道に乗せているのだ。屋台で菓子を売る店員が、アメリカの大学に通った才女だなんて日本人にはあまり想像できない。アジアのストリート・グルメをまさに体現している。


●第9話:フィリピン セブ
主人公は元漁師のエントイさん。漁に出ても人気薄のウツボばかり捕れた彼がウツボのスープを商品化すると、精力増強効果で話題になった。彼の屋台だけでなく、貧困だったコミュニティそのものを救う大ヒットになったのだ。9話で描かれたのはサクセス・ストーリーである。

しかし、波乱万丈でもある。順風満帆だったはずが、台風で全てを失い、脳卒中で手が不自由になり、そして愛する妻まで失った。エントイさんに不幸が立て続けに起こったのだ。

絶望に暮れた時期もあった。でも、今は大勢の孫に囲まれ、愛を感じながら生活している。

「25人の孫がいるんだ。近々、もう1人増える。つくづく思うよ。こんなに孫がいるのも、ウツボのおかげに違いないだろうとね。ハハハハハ!」(エントイさん)


ド根性の半生を観て、料理への印象が変わる


ただのグルメ番組だと思って観ていると、1話から感動で泣きそうになるから要注意。登場する料理人はみんな働き者で、基本的にド根性の半生ばかりである。なぜなら、ストリート・グルメだから。屋台料理なので、薄利多売にならざるを得ないのだ。睡眠2〜3時間だとか、どの登場人物も労働条件は厳しい。そんな日々を送って育て上げた子どもが、いつの間にか一流レストランのシェフとして活躍したりする。感情移入は不可避だ。


各話のストリート・グルメが一様に国の歴史を反映しているのも面白い。例えば、ホーチミンで売られているバインミー。ベトナムにはフランスに侵略された過去があり、パンの無い当時のベトナムに入植者がパンを持ち込んだ過去がある。だから、フランスのパンが多く流通する地になったのだ。さらに、現地の人が食べられるようパンに弾力をつけ、ハムや目玉焼きを挟んで独自の屋台メニュー・バインミーに変貌していった。こうした史実を地元の専門家が学術的に解説し、深く掘り下げる番組内容にもなっている。

もちろん、出てくる料理はどれもおいしそう。知らない料理が圧倒的に多いが、中には見慣れた料理も紹介される。後者に関しては、番組を観る前と後では印象が全く変わってくる。きっと、味も違って感じるはずだ。屋台飯は安くて助かるので、旅行先での頼れる味方である。だけど、こんなに魂込めて作られているとは考えもしなかった。料理人のバックボーンを知れば、親近感も湧くというもの。

ストリート・グルメは観光客のためでなく、地元の人たちのために作る料理だ。だからこそ、よそ行きではなく料理人の半生や地域の文化が如実に反映される。まさに、我々はそれを食べたい。「ストリート・グルメを求めて」の心境だ。コロナが収束したら、どこかの店へ実際に食べに行きたいものだ。
(寺西ジャジューカ)