和歌山の「オンライン宿泊」がウケている理由
和歌山県熊野にある小さなゲストハウスWhyKumano Hostel & Cafe Bar。平時はオンシーズンで7割程度の客入りだという(写真:WhyKumano Hostel & Cafe Bar)
新型コロナで増えた新しい行動やサービスと言えば、「オンライン○○」。オンライン飲み会、オンラインウェディング、オンラインジムなどなどだ。
上記は比較的、どのような形になるかイメージしやすい。しかしどうにも、「オンライン」と「○○」が結びつかず、首を傾げるようなサービスもある。その1つが、「オンライン宿泊」だ。
オンライン宿泊は、和歌山県熊野にある小さなゲストハウスが、コロナによる予約ゼロ状態に窮して4月6日より提供を始めたもの。連日稼働率100%、予約がとれない宿になっているという。メディアでも注目を集め、「それならうちもやりたい」と、同様の手法を取り入れる宿泊施設も出てきているようだ。
実際どのようなものなのか。そしてなぜ、ここまで多くの人の興味を引くのだろうか。
「オンライン宿泊」を始めたきっかけ
「ヒントになったのは、4月5日の時点で2万回ぐらい再生されていた『オンライン銭湯』です。銭湯がオンラインで受けるなら宿泊もOKなんじゃないか。オンラインと宿泊、まったく反対のものを結びつけると、『どんなものなんだろう?』と興味を持つ人がいるんじゃないか。それが着想点でした」
平日休日問わず、稼働率100%のオンライン宿泊。写真は、画面の向こうのゲストをベッドルームに案内するオーナーの後呂孝哉氏(写真:WhyKumano Hostel & Cafe Bar)
くだんのゲストハウス、「WhyKumano Hostel & Cafe Bar」を経営する後呂孝哉氏はそう語る。
同ホテルは2019年7月にオープン。個人旅行のインバウンドがメインターゲットで、併設するカフェバー、ラウンジなどには地元客も集う。
ゲストハウスという形式の宿泊施設はみなそうだが、利用者の多くは、土地や人々との触れ合いに旅の喜びを求める人たちだ。ホテルオーナーには、客に気持ちよく応対しながら、互いの交流をスムーズにセッティングするスキルが求められる。
後呂氏のゲストハウスは、熊野古道のうち2つのルートの起点であり、温泉地でもある紀伊勝浦駅から徒歩1分以内という至便な場所に位置する。しかし競合も多く、コロナ前は、オンシーズンは7割、オフシーズンは1割の宿泊率。オープン前に予想していたほどではないが、赤字ではなく、経営は軌道に乗っていたという。
「2月末から押し寄せた予約キャンセルの連絡の中で、最も多かったのが『行きたいけど行けない』という声です。みんなステイホームで、旅や交流という楽しみが失われている。ゲストハウスは何ができるのか、休業以外の選択肢はないのか、と考えて、オンライン宿泊という可能性に挑戦してみようと」(後呂氏)
スタート時点では、利用者は知人やSNSのコミュニティーが中心。しかし、口コミで認知が広がり、やがてメディアで取り上げられるや、予約が殺到した。以来、連日満室状態が続いている。1回に募集する宿泊人数は6〜7人。週に5〜6日稼働しており、6月末時点で69回、約430人が利用している。リピーターも多く、中には4回もリピートしている人も。
「普段から旅でゲストハウスを利用しているような方が多いですね。でも一部、既存客とは違うニーズの方もいらっしゃいます。ペットを飼っているからとか、旅好きだったけど、結婚して子どもが生まれて行けなくなった、などの理由で、そもそも旅に行けない人。
若い頃はユースホステルによく泊まっていたというシニアの方もいらっしゃいました。今は若い人ばかりだから利用しにくいけど、オンラインなら気兼ねがないとのことで……。広い層に対し、利用するためのハードルがとても低いサービスだと言えますね」(後呂氏)
1泊1000円で、日に6000〜7000円の収入
1泊1000円で、日に6000〜7000円の収入になるが、これでは固定費を賄うのが精いっぱい。オンライン宿泊のビジネスは後呂氏とスタッフで行っており、オンライン宿泊の接待だけでも2時間を要する。そのほか準備にかかる時間を含めると、採算はとれない。
「将来のためのPR費だと考えています。利用料1000円には、実際に訪ねていただいたときに乾杯できるよう、ワンドリンクサービスも含まれています。旅行業界は全体が打撃を受けており、『未来の旅行チケット』といったサービスもありますよね。支援の気持ちから購入してくださるのですが、私は、純粋にポジティブな気持ちで訪ねてもらいたいな、と思うんです」(後呂氏)
しかし当初から気になっていたのが、説明を聞いただけでは、オンライン宿泊が魅力的に思えないという点だ。
その土地に足を運び、空気を感じ、産物を味わうことに旅の楽しみがあるのではないだろうか。パソコンやタブレット上に映る動画のみで、どうやってそれらを再現するというのだろうか。
それを検証するため、筆者自身が1泊してみた。以下、簡単にオンライン宿泊の流れをご紹介しよう。
別々の人がアップした写真すべてを1画面で共有できるアプリ「Livecanvas」を使ったおもてなし。リアルのコミュニケーションでは、大勢で写真を閲覧する機会は少ない。オンライン宿泊だからこそ、このような楽しみ方も可能になる(筆者撮影)
ミーティングアプリのZoomを利用しログインすると、まずはその日の宿泊者同士の顔合わせだ。ビデオをオンにしておき、互いに顔を画面で見ながら、軽くあいさつを交わす。後呂氏の案内で、宿泊スペースを見学。このあたりは想定範囲内である。
オンライン宿泊のメインイベントである、宿泊者同士の交流も、簡単に言えばオンライン飲み会だ。しかしサービスの特色は、オンラインならではの、さまざまなアプリを駆使した説明や司会進行、イベントなどにある。
まず画面にグーグルマップを表示し、ホテルがある場所をポイント。周辺の写真を提示しながら、熊野周辺の観光案内が行われる。またそれぞれの参加者が今いる場所もポイントされ、参加者が自ら、住む地域の観光案内をほかのメンバーに対して行う時間も設けられている。
参加者の交流タイムにおいても、「オンライン飲み会」で起こりがちな、会話のテンポが悪い、間が持たない、特定の1人だけがしゃべる、といった事態が起こらないよう工夫されている。
本来はコミュニケーションが難しいが…
オーナーの指示に従い、参加者はあらかじめ、自分のプロフィールをテキスト化したものと、交流ツールとしての写真を1、2枚、選んでおく。画面上に表示し、一人ひとりの「人となり」を視覚情報として印象づけるためだ。
こうした視覚情報の多様さが、本サービスを特徴づける1番のポイントと言える。また年齢も背景もバラバラな初対面同士、しかも画面を通じてのため、本来はコミュニケーションが難しい。そこは、後呂氏の流れるような司会進行が橋渡しする。
参加者メンバーの性格もものを言う。オンライン会議などでもそうだが、メンバーが表情だけでなく「声」で反応することで、会話が盛り上がる。集まる人によって、場の雰囲気はずいぶん違ってきそうだ。
「オンライン宿泊の時間を2時間に制限し、人数も絞っています。『話し足りない』というぐらいがちょうどよい。あとは将来、リアルに訪問してもらったり、参加者同士がつながってもらえたらと」(後呂氏)
筆者が参加した当日は、マラソンが趣味の人、「オンライン○○」を片端から試している人、自身もゲストハウスのオーナーである人など、筆者のほか6人が参加。性別、年齢もバラバラであった。
この日はさらにスペシャルイベントとして、ドイツ・ハノーヴァー在住のヴァイオリニスト杉村香奈氏のオンライン・コンサートが行われた。イベント料金として、宿泊料に加え1人当たり1000円が必要となるが、これはやはりコロナの影響で仕事がなくなり、困っているというアーティスト本人に送られるそうだ。
【写真上】ドイツから届けられたヴァイオリンのコンサート。フリーのヴァイオリニストで音楽講師の杉村香奈氏による演奏 、【写真下】スペシャルイベント「星空案内」のスクリーンショット画面。既存のアプリの機能を余すところなく活用し、サービスを提供している(写真:WhyKumano Hostel & Cafe Bar)
「杉村さんは最初、お客様として来てくれたんです。このように、宿泊者には海外在住の日本人も多いんですよ。海外は日本と違って外出制限が非常に厳しいということも、理由として大きいと思います。また『日本語がしゃべりたいから』という理由もありました」(後呂氏)
イベントは音楽のほかにもいろいろあり、例えば「ステラリウム」という天体を表示するソフトウェアを用いた「星空案内」は非常に好評だったという。これも平時、実際に星空ガイドを仕事にしている人に協力してもらった。
このように、結論としてオンライン宿泊は、リアルに似せようという発想はそもそもない、まったく新しい価値の提供であり、しかも細部までよく工夫されたインタラクティブ・エンターテインメントだということがわかった。
旅には、新しい人との出会いや新しい体験といった、ドキドキする「刺激」の要素と、土地の産物を味わいのんびりくつろぐ「リラックス」の要素がある。オンライン宿泊は、その前者を取り出したサービスと言えるのではないか。
筆者はその夜、高まった緊張のゆえか、眠りに就きにくくなってしまった。
「オンラインサービス」に必要なテクニック
レジャーなどに出かけにくい今の時期、こうした体験を求めている人は多いだろう。ほかのゲストハウス取り入れたいと考えるところが増えているのもうなずける。ただし、一筋縄ではいかないことが予測される。まずは、多彩なアプリを駆使し、スムーズにオンラインでのおもてなしをするためには、高度なテクニックが必要となる。また、オンラインでの人あしらい、コミュニケーションには、オフラインとはまた異なる要素が必要になりそうだ。
画像をクリックすると政治、経済、企業、教育、また個人はどう乗り切っていけばいいか、それぞれの「コロナ後」を追った記事の一覧にジャンプします
「オンライン市場はできたばかりで、テクニックを知らない人が多い。このビジネスで経験値を積むことができたのは私にとって大きなメリットでした。リアル宿泊休業中も副業と言えるものはしていませんが、一度、『オンラインアドバイザー』として、地元のイベントに協力したことがあります」(後呂氏)
7月1日からリアルでの宿泊も受け付けており、すでにオンライン宿泊をした人も訪問しているそうだ。今後もリアルとオンラインの双方を稼働する。実際に宿泊している人と、オンラインで宿泊する人の出会いなども生まれる。
旅、宿泊、人の出会い方にさまざまな新しい形をもたらすと思えるこのサービス、実はたくさんの新しいビジネスの萌芽を含んでいる。さまざまな業界において、ヒントになりそうだ。